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「成人型アトピー性皮膚炎」の治療上の工夫  
近畿中央病院皮膚科 佐藤健二
「成人型アトピー性皮膚炎」の本態が明瞭に定義されていないこととアトピー性皮膚炎の原因が今でも不明であるために、「成人型アトピー性皮膚炎」の治療に対して驚くほどの混乱をもたらしている。
疾患の定義
 成人型アトピー性皮膚炎とは、ステロイド依存性皮膚症(皮膚が外用ステロイドなしには普通に機能しない状態)を合併するアトピー性皮膚炎で、その9割の患者は保湿環境に適応した皮膚の状態である保湿剤依存症(MD)を伴う。従って、ステロイド外用剤の副作用を伴ったアトピー性皮膚炎であり、ステロイド外用剤を中止しない限り本症からの離脱はあり得ない。離脱に当たっては上記の通りほとんどの場合に保湿剤依存症からの離脱も必要である。

 しかし、この二つの離脱が終了してもアトピー性皮膚炎の残る場合がある。なお、「成人型アトピー性皮膚炎」患者では、時に、外用剤からの離脱開始前には肘窩膝窩などに皮疹が無く外用剤からの離脱開始後にその部に皮疹の出現することがあることに注意する必要がある。罹患年齢は成人に限らず、乳児から老人にまで認められる。使用中の外用剤に接触皮膚炎を有する本症患者は1割程度である。本症は社会の諸矛盾を反映する疾患であるため予防治療において解決すべき多くの問題が存在する。本稿では皮膚に関連した問題を中心に述べ、その他の問題の一部は列記するに留める。

 アトピー性皮膚炎(AD)の原因についても一言述べる必要がある。AD患者には免疫学的異常が多く示されている。しかし、乳幼児期の一部の症例の一時期に皮疹を増悪させていることは確実であるが、アレルギーがADの原因であると考えさせる臨床的観察事実はほとんど見受けない。従って、原因は不明であるという観点で再度ADを見直し、個々の症状から病気の全体像を組み立て直し原因を考察していく必要があると考えられる。この為にはADのアレルギー説への呪詛から解放される必要があるし、治療においても2歳以降の患者については、臨床的に明らかな蕁麻疹やアナフィラキシーを除いてアレルギーをまず除外して考える必要がある。
脱保湿の徹底

 MDからの離脱には、皮膚が直接大気に接触する必要がある。このためには軟膏だけではなく、化粧水・オリーブ油・頻回の水分噴霧を避けることは勿論、ボディーシャンプーやアトピー性皮膚炎に良い、あるいは肌に優しいと言われている全ての固形石鹸の使用を止め(現在、約8種類の商品の安全性を確認している)、昼間布団に入り続ける・晒しを巻く・長時間の入浴などの保湿状態を避ける必要がある。

 最近発売された免疫抑制外用剤プロトピックはステロイドの代用品とはなりうるが、ステロイド外用剤と同じくこれもやはり中止することができない。中止する場合には激しい離脱症状を示す。ステロイドの離脱現象を抑えていたのか、免疫抑制剤の離脱現象が出現しているのかは不明であるが、長期間のプロトピック外用は避けることが安全なようである。ステロイド離脱を行おうとして保湿剤のみを外用していたある患者が離脱症状から抜けきれなくて別の免疫抑制剤を長期間内服していた。その患者が保湿剤離脱を行うと免疫抑制剤の内服も中止できたことは象徴的な事実である。
口渇と滲出液対策

 抗ヒスタミン剤を内服していなくても起こる原因不明の口渇がある。ステロイドあるいは保湿剤離脱開始期には、浸出液や落屑が多く血液中の蛋白質が不足する。この時に口渇が蛋白不足を増悪させる要因として働き、低蛋白血症を助長し、皮膚の治癒障害が生じる。水分摂取増加→低蛋白血症→治癒障害→漏出増加→痛みや倦怠による食欲低下→水性食物の摂取増加→低蛋白血症進行の悪循環がいずれを出発点としても生じてくる。

 従って、水分制限が必要で、体重や季節により異なるが、普通の食事の水分以外に1000ml/日程度の水分摂取とする。果物、プリンなども計算に入れる。睡眠前3時間や睡眠中の水分摂取を避ける。薬物の副作用の治療として点滴や水分摂取を多くして体内から毒物を洗い流すという発想は多く見受けられる。「成人型アトピー性皮膚炎」の場合にはこの考え方を捨て去る必要がある。しかし、高尿酸血症や喘息、尿路結石症の場合には厳密に調整する必要がある。
細菌感染対策

 掻破によるビラン面と細菌感染によるビラン面を早期に鑑別し、感染の場合、直ちに抗生物質を投与する。細菌感染ではビラン面の境界近くが中央と同じ深さを示している。掻破によるビランは配列が掻破の方向に一致している。細菌培養を行い、感受性のある抗生物質を探す。MRSAの場合は、多くは顔面に生じるが、ゲンタシン(40mg/A)あるいはイセパシン(200mg/A)注射液を蒸留水で5-10倍に希釈し、ビラン面の形に切った1ー2重のガーゼを用い1日2回、1回30分抗生剤湿布する。たとえ耐性株であっても高濃度であるため効果がある。

 ブドウ球菌毒素やスーパー抗原が疾患の増悪因子になっているのでこれらに対する対策が必要であるといわれる。しかし、皮膚や皮疹部に寄生しているだけの細菌では特に何の対策も必要としない。入浴で十分である。表在性皮膚感染症が生じたときにも伝染性膿痂疹(とびひ)の時に訴える痒み程度のものであり、ワイワイ騒ぐほどのものではない。感染症の治療を行えばよい。ステロイドや保湿剤からの離脱時に皮膚は極度に過敏であり、イソジンやヒビテンなどの消毒剤にしばしば一次刺激性皮膚炎を起こし治癒を遅らす原因となる。
入浴の積極的利用

 脱ステロイド脱保湿剤中の皮膚は刺激に対して極端に弱く、イソジンやヒビテン等の消毒剤にしばしば刺激反応を示すため、細菌感染に対しては消毒を避け、保湿作用の少ない石鹸を使用し、入浴による皮膚の洗浄を行う。皮疹の安定化しない間は入浴時間を30分以内とする。皮疹安定化後には理学療法として入浴を利用しる。
鱗屑痂皮をはぎ取る癖をなくす

 美容上鱗屑や痂皮が目立つのを嫌がる人が多い。また、鱗屑や痂皮を取りたくなる癖のある人が多い。完全に角化するまで角層を保存しておかないと落屑現象を繰り返す。この悪循環を避けるため、この癖をなくすよう指導する。掻破で鱗屑痂皮が取れることは問題としない。
周囲の人間は「掻くな」と言わないこと

 痛みは精神力で我慢できるが痒みはできない。痒い患者に「少しだけ掻くのを我慢」と言ってもいいが、「掻くな」と言ってはいけない。信頼関係が崩壊する。全外用を中止し皮疹が安定化すれば掻いても傷の付かない皮膚になる。おのことを患者に告げ、掻いたことを悔やまないように言い励ますことが重要である。
昼型生活に戻すこと

 多くの本症患者は痒みや睡眠中の掻破予防のため、夜起きて朝から昼に寝る生活習慣となっている。昼夜が逆転している人は皮疹の改善が遅いように見受けられる。このずれを戻すように努力することは、多くの点で皮疹改善につながる。
脱ステロイド・脱保湿剤療法中の問題点
1)ステロイド外用剤など

・ADにはステロイドが第一選択(日本皮膚科学会編「アトピー性皮膚炎治療ガイドライン」)。ADとして治療された患者の十分の一の人達が「成人型アトピー性皮膚炎」になり苦しんでいることを全く意図的に無視したものである。治療者の一割がこのような症状になるという観点から、また、ステロイドを使用しなくても多くの患者は軽快治癒していくことから、できるだけステロイドを使用しないようにすべきである。
 
 ガイドラインに従う医師は、今後、ガイドラインに従ったということではステロイド訴訟で負けることになるが、その責任はガイドラインを作成した委員長と皮膚科学会の最高責任者にある。

・何かを外用していないと治療していないと考えること
・脱ステロイド療法の未熟さ
・喘息・アレルギー性鼻炎・アレルギー性結膜炎でのステロイド使用
・局所的外用剤の使用は全身への影響はないという考え
・皮膚科医は、自分たち(も)が作った薬疹には寛容である


2)アトピー性皮膚炎の学説

・ADはアレルギーが原因と考えることの誤り(食事、ダニなど)
・白色皮膚描記症のある患者は治りにくい


3)精神的

・種々のストレスの発見の努力
  仕事、友人関係、家族、父の無関心、嫁姑の関係
・離脱失敗に陥りやすい患者の性格
  こだわり型、短気、ぐうたら型、論理的判断が感情に負ける型、不安が強く出る型


4)全身状態との関係

・心不全患者では皮疹の改善を期待できない
・感冒での皮疹の悪化は9割程度で1割の患者では改善が見られる
・女性では鉄欠乏性貧血が多く、症状の改善の阻害要因となっていることが多い
・メンスの周期に一致した皮疹の悪化
・生理不順は皮疹の改善抑制因子である
・体力増強が必要、皮疹安定化後の理学療法


5)生活

・夜勤による皮疹の悪化
・労働時間による食事時間の調節困難


6)民間療法の評価と指導内容

・プラセボ効果とホーソン効果は否定できない
・高額の出費が無く、悪化が考えられない場合は許可
・アトピービジネス興隆の原因は、皮膚科学会の治療ガイドラインのようなステロイド中心の治療しか行なわない医療側にあり、従って、ステロイド中心の治療の批判を伴わないアトピービジネス批判論は有効性を持ち得ない。


7)幼小児の問題

・ミルクと離乳食
・掻破の自制不可能
・湿潤皮疹には外用、乾燥傾向ではガーゼ保護、乾燥皮疹は放置
・親の見栄を捨てること
・結婚女性の主婦化と少子化、子供への過度の関わり


8)その他

・医師患者間の皮疹評価の違い(色素沈着、鱗屑・痂皮の大きさ色の変化、病変部の皮疹の程度の固定化とそれ以外の皮膚の正常化の時期)
・季節、湿度、温度の変化による皮疹の悪化改善
・夜間顔面浸出液の軽減のために頭部を挙上
・離脱漸減法(入院、外来、仕事等で柔軟に対応)
  外用面積・量・時間(入浴との関係)を種々に変える
  ステロイドと保湿剤の離脱順序
・脱ステロイド療法の改善(薬疹と考えるならば原因薬を中止して皮疹が改善するはずである。ステロイド外用剤が強力なホルモンであるため多くの困難があるがこれを証明するための努力)
・現在の社会状況は、ステロイド外用剤をどのように捉えるかが問題となっている。この点の意見を避けた種々の問題点の指摘はどこかにごまかしを伴っている。
文献

1. 佐藤健二他:アトピー皮膚炎とステロイド依存性皮膚症、The Informed Prescriber(正しい治療と薬の情報)9(4):31-34, 1994
2. 南 宏典他:重症成人型アトピー性皮膚炎患者のステロイド外用剤離脱、皮膚 38:440-447, 1996
3. 佐藤健二他:脱ステロイド療法を受ける「成人型アトピー性皮膚炎」の患者さんへ、1996.10.24、http://www.iijnet.or.jp/cosmos/SEMINAR/datsu.html

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