日本のカブトガニは今?

(1)日本にいるカブトガニ(Tachypleus tridentatus)

 日本には一種が生息している。この種ではもっとも北の生息地となる。
 幼生の時には、雌雄の形の区別はつかないが、成体になると前縁部、縁棘の数や歩脚の形などに違いがみられる。また、大きさにも違いが現れるがこれは脱皮回数の違いであると思われる。つまり、雌は一まわり大きく1回多く脱皮するものと思われる。

    
雌(標本) 雄(標本)

                              つがいの標本(前が雌 後ろが雄である)

(2)現在の生息状況

 日本では、瀬戸内海全域、九州北部にごく普通に生息していたが、現在繁殖が確認されているのは、九州では大分県杵築市、福岡県北九州市、福岡市、佐賀県伊万里市など5、6カ所に過ぎない。長崎県については詳しい報告を知らない。また、瀬戸内海では、山口県を除けば岡山県、広島県、愛媛県などでわずかに成体、産卵、幼生が確認されているが、とても豊かに繁殖しているとはいえない。むしろ絶滅寸前である。ここ数十年の間に我々が行ってきた海岸の埋立、コンクリート護岸、水質汚染などが2億年も生き続けてきたカブトガニを絶滅に追いやりつつあるのである。

(3)日本のカブトガニの生活

 産卵は、6月中旬から8月の大潮の満潮時(夜に限らない)に行われる。雌の後ろに雄がつながったつがいで波打ち際までやってきて、雌が砂を20cmくらい掘りそこに300個ほどを産卵する。数カ所で産卵して、潮が引き始めると沖へ帰っていく。潮が引くと砂を掘った跡が残されている。産卵には、泥の混ざらないあまり粒の小さくない砂場が必要である。泥や微粒の砂では、卵が酸欠からか発生せずに腐ってしまうからである。コンクリートの護岸は産卵に適したきれいな砂場を消滅させている。
 卵のある砂場は、満潮時以外は海水から出ており、卵は夏の適度の高温、適度の湿度と十分な酸素のもとで約50日でふ化し1齢の幼生となる。
 発生はかなり変わっていて、2〜3mmの卵はふ化する頃には7〜8mmに大きくなっている。卵膜の中で4回も脱皮し、そのたびに大きくなるのである。3回目の脱皮をすると胚は後ろ向きにくるくる回り回転卵といわれる。4回目の脱皮の後にはまた大きくなりもう回れない。ふ化は水を入れたビニール袋が破れて水が出てくるといった感じである。

 1齢幼生(左図 前体幅6mmほど)は、8月下旬から秋にかけて、満潮時に砂から泳ぎ出る。夜、海面に光を当てると、走光性があるのかそこからわき上がるように集まってくる。泳ぎ方は背泳ぎである。潮が引くとともに砂泥質の干潟に移動する。そして餌を食べることなく休眠し、春を迎えるようである。

幼生ははじめ黒っぽく、砂泥質(黒く見え泥質の方が強い)の干潟で脱皮を繰り返して成長する。干潮時前の2、3時間ほど泥から出てきて這いまわり採食する。干潮時刻頃には活動をやめ泥に潜ってしまう。こうならるとどこにいるのかわからない。つぎの潮まで泥に潜ったままである。したがって、幼生の調査ができるのはこの活動時間だけである。調査は、下の写真のような独特の這い跡をたよりに幼生を見つける。
 脱皮の回数は成長段階で変わってくる。2年目は1齢から4,5齢まで3,4回ほど脱皮する。水温が下がる11月から3月は休眠している。10齢頃から体色が黄色っぽくなり沖(砂質)の方へ移動するようである。10年ほど(多分もう少し短い)で14、5回の脱皮を経てやっと生殖可能な成体になる。他の動物に比べると、大変長い時間を要するのである。養殖などはほとんどできないのである。

 成体の生活については、発信器をつけた調査など行なわれているがあまり明らかになっていない。1年をとおして沿岸域におり、ある程度の移動はするようである。底引きの網にかかったり、産卵期には砂浜まで移動してくるので網にかかりやすい。大分県杵築市で標識された成体が山口県の上関で網にかかった記録がある。寿命についてもまだはっきりしていない。

泥をかぶったままはい回っている5齢幼生(前体幅23mm)

黒っぽい7齢幼生(前体幅36mm)

 (参考)幼生の成長

 成長のようすは、いくらかの研究者による卵からの飼育や干潟での幼生の調査でかなりのことがわかってきている。1999年、笠岡市立カブトガニ博物館では日本のカブトガニを卵から成体にまで初めて人工飼育に成功した。11年目16齢で雌であった。自然の干潟ではもっと早く成体になると考えられる。幼生は1回脱皮すると約1.3倍に成長する(体積は2倍以上になる)。
 私が自然産卵された卵を持ち帰り、以後飼育しているものについては次のとおりである。飼育条件下では、親になるまでに雄は10年かかり、13回脱皮したものと14回脱皮したものが現れた。また、雌は10年と12年で14回脱皮した。しかし、これらの雌は自然のものの多くより1回脱皮数が少ないと思われる。15齢で親と同じ色になり脱皮しなくなったが、雌雄の特徴がはっきりでていない個体もいる(雌的ではある)。
   ・'92年産卵個体の成長は次のとおりであった。    

'92年   −− ふ化 −→ 1齢 −− 休眠
'93年 −− 1齢 −− 脱皮 −→ 2齢 −− 脱皮 −→ 3齢 −− 休眠
'94年 −− 3齢 −− 脱皮 −→ 4齢 −− 脱皮 −→ 5齢 −− 休眠
'95年 −− 5齢 −− 脱皮 −→ 6齢 −− 脱皮 −→ 7齢 −− 休眠
'96年 −− 7齢 −− 脱皮 −→ 8齢 −− 脱皮 −→ 9齢 −− 休眠
└− −− −− −− −− −− 休眠
'97年 −− 9齢 −− 脱皮 −→ 10齢 −− −− −− −− −− 休眠
−− 8齢 −− 脱皮 −→ 9齢 −− 脱皮 −→ 10齢 −− 休眠
└− −− −− −− −− −− 休眠
'98年 −− 10齢 −− 脱皮 −→ 11齢 −− −− −− −− −− 休眠
−− 9齢 −− 脱皮 −→ 10齢 −− −− −− −− −− 休眠
'99年 −− 11齢 −− 脱皮 −→ 12齢 −− −− −− −− −− 休眠
−− 10齢 −− 脱皮 −→ 11齢 −− −− −− −− −− 休眠
'00年 −− 12齢 −− 脱皮 −→ 13齢 −− −− −− −− −− 休眠
−− 11齢 −− 脱皮 −→ 12齢 −− −− −− −− −− 休眠
'01年 −− 13齢 −− 脱皮 −→ 14齢 −− −− −− −− −− 休眠
−− 12齢 −− 脱皮 −→ 13齢 −− −− −− −− −− 休眠
'02年 −− 14齢 −− 脱皮 −→ −− −− −− −− −− 休眠
└− −→ −− −− −− −− −− 休眠
└− −→ 15齢 −− −− −− −− −− 休眠
−− 13齢 −− 脱皮 −→ −− −− −− −− −− 休眠
└− −→ 14齢 −− −− −− −− −− 休眠
'03年 −− (すべて脱皮せず) −− −− −− −− −− −− 休眠
'04年 −− 15齢 −− 脱皮せず(成体と同色) −− −− −− 休眠
−− 14齢 −− 脱皮 −→ −− −− −− −− −− 休眠
−− −┐ →つがい→産卵→卵→1齢
−− −┘

   丸10年で、15齢の(4個体)が誕生した。・・・日本のカブトガニで卵から飼育した個体とすれば、初めてである。
      また、15齢の(1個体)も誕生した。・・・日本のカブトガニで卵から飼育した個体とすれば、2例めである。

脱皮中の幼生


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