和歌と俳句

飯田蛇笏

家郷の霧

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眼ほそめて春日仰ぐも尼の君

幽情をここに草生の女院像

老鶯も過ぎし女院の膝の前

鏡見ゆ尼の閨窗白つばき

新尼のまなざし澄みて目借時

石楠花に聚碧園の樟落葉

樟落葉濶唐ノちりて歩々の苔

石楠花に三千院の筧水

門限を出て翠黛の春ふかむ

夕焼けて空の三日月鞍馬路

正月のこころわかきはわれのみか

渓流に雲こそあそべ年新た

アルプスに雪をむかへて初鼓

大嶺よりやまびこかへす薺打

雪峡にしづもる家族薺粥

年新た龕に灯す雪の屋

雪やみて官衙に強き初御空

春の雷地の執着に誰となく

麦青し近嶺遠嶺のたたずまひ

春の風邪うつうつと書く懺悔禄

リラ咲きて旅懐しく春の風邪

墓の上に嘴太鴉雪解

雪解山奥めく雲のたたづまひ

やまなみのくらき雪光春祭

死火山の陽は青々と鴨引けり