和歌と俳句

中村草田男

火の島

喪の家ちかくミルクホールの日覆古る

焚火火の粉吾の青春永きかな

裾長の寝巻の子佇ち庭の月

道の虫正午もつとも人絶ゆる

馬多き渋谷の師走吾子と佇つ

谷の家の冬日へ掃き出す埃見ゆ

黒き肩掛年経し指環ゆるやかに

鰯雲真なき人を電話で逮ふ

蒼かりき月下の地震のたたずまひ

頭をふりて身をなめ粧ふ月の猫

若き大工一つ灯冴ゆる鉋屑

戦記なれば殺の字多き冬日向

寒さ見詰めて妻あり次子の生れんとす

街角の産院なれば寒月浴び

次子生れぬ舌ふくみ鳴く寒雀

湯気立ちつ舞ひつ産後の髪撫でてやる

あかんぼの舌の強さや飛び飛ぶ雪

あかんぼに紅き唇雪明り

冬日手に足にねむごろ怠け者

はるか冬の稲妻左右の雲刺せり

火見櫓曇天を冬の刻移る

人あり一と冬吾を鉄片と虐げし

教師立ちて茶色の光大試験

友病臥わづかの竹に寒雀

月ゆ声あり汝は母が子か妻が子か