和歌と俳句

久保田万太郎

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月の潮しきりに走りよりにけり

さかなやの八百屋の通帳秋の雲

つりばしのゆれても秋の夕かな

つり橋にかゝりて強し秋の雨

夕焼のあへなく消えし案山子かな

溝ノ口神社の銀杏黄葉かな

残菊に似る身の運をおもひけり

地にみてる空のひかりや今朝の秋

夜に入りて残暑退りぬまはりまち

あさがほのやたらむらさき八重葎

野分まつ宿を銀座にさがしけり

あきくさやかくはおさへし憤り

月いとしたまのをばしといふ名さへ

月やさし黄ばみそめたる藤の葉に

襟しかとあはせて秋の袷かな

あきかぜや人形とてなき目鼻立

みづひきの朱ヶ日に透けり秋の風

夢とのみ一字にのしろきかな

ゆく秋やわれとわが知る身のやまひ

鎌倉の山々秋の暮るゝかな

東をどりみに東京へ暮の秋

桐一葉芝生の雨にうたれけり

桐一葉空みれば空はるかなり

七夕やをりからパリの空の下