芥川龍之介
海なるや秋の夕日の黍畑
秋立つ日うろ歯に銀をうづめけり
献上の刀試すや今朝の秋
山羊の毛も刈らでくれけり秋の牧
砂にしる日のおとろへや海の秋
砂遠し穂蓼の上に海の雲
葡萄噛んで秋風の歌を作らばや
ぎやまんの燈籠ともせ海の秋
秋雨や大極殿の雨の漏
明眸の見るもの沖の遠花火
君が俥暗きをゆけば花火かな
水暗し花火やむ夜の人力車
ひとはかりうく香煎や白湯の秋
ちる花火水動けども静なり
夜をひくき火の見やぐらや遠花火
銀漢の瀬音聞ゆる夜もあらむ
みかへればわが身の綺羅も冷やかに
革の香や舶載の書に秋晴るる
雁は見ず墜落せと声を聞く夜にて
天の川見つつ夜積みや種茄子
たそがるる菊の白さや遠き人
白菊や匂にもある影日なた
町行けば思はぬ空に花火かな
亢として柚味噌静かや膳の上
秋雨や庭木植ゑつく土の色
しどけなく白菊散るや秋の雨
蘭の花碁鬼となるべき願あり
月今宵匂ふは何のすがれ花
稲妻や何ぞ北斗の静なる
雨や来る空すさまじき花火かな
雲飛んで砧せはしき夜となりぬ
朝寒やさざ波白き川の上
園竹のざわと地を掃く野分かな
野分して屋根に茅なき庵かな
椋鳥を礫に打つて野分かな
篠懸の花さく下に珈琲店かな
野分止んで一つ啼き出ぬちちろ虫
一痕の月に一羽の雁落ちぬ
夕紅葉人なき縁の錫の茶器
新しき畳の匂ふ夜長かな