和歌と俳句

夏目漱石

帰ろふと泣かずに笑へ時鳥

聞かふとて誰も待たぬに時鳥

峰の雲落ちて筧に水の音

さみだれに持ちあつかふや蛇目傘

蛍狩われを小川に落しけり

藪陰に涼んで にぞ喰はれける

涼しさや昼寐の貌に青松葉

あつ苦し昼寐の夢に蝉の声

とぶ柳の枝で一休み

聖人の生れ代りか桐の花

鳴くならば満月になけほととぎす

時鳥あれに見ゆるが知恩院

時鳥たつた一声須磨明石

五反帆の真上なり初時鳥

裏河岸の杉の香ひや時鳥

猫も聞け杓子も是へ時鳥

湖や湯元へ三里時鳥

五月雨ぞ何処まで行ても時鳥

時鳥名乗れ彼山此峠

夏痩の此頃蚊にもせせられず

御死にたか今少ししたら蓮の花

亡き母の思はるる哉衣がへ

便なしや母ない人の衣がへ

卯の花に深編笠の隠れけり

卯の花や盆に奉捨をのせて出る

細き手の卯の花ごしや豆腐売

時鳥物其物には候はず

時鳥弓杖ついて源三位

罌粟の花左様に散るは慮外なり

願かけて観音様へ紅の花

塵埃り晏子の御者の

銀燭にから紅ひの牡丹

叩かれて昼の を吐く木魚哉

馬子歌や小夜の中山さみだるる

あら滝や満山の若葉皆震ふ

夕立や蟹はひ上る簀子椽

尼寺や芥子ほろほろと普門院

時鳥馬追ひ込むや梺川

夕立の野末にかかる入日かな

草山や南をけづり麦畑

駄馬つづく阿蘇街道の若葉かな

月斜め竹にならんとす

ぬいで丸めて捨てて行くなり更衣

衣更へて京より嫁を貰ひけり

かたまるや散るや の川の上

一つすうと座敷を抜るかな