和歌と俳句

橋本多佳子

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鹿の斑の夏うるはしや愁ふまじ

菜殻火のけむりますぐに昏るるなり

田植季わが雨傘もみどりなす

ほととぎす髪をみどりに子の睡り

ほととぎす夜の髪を梳きゐたりけり

灯のもるる蕗真青に降り出しぬ

簾戸入れて我家のくらさ野の青さ

雨の沼蛍火ひとつ光り流れ

ひと日臥し卯の花腐し美しや

夜光虫舳波の湧けば燃ゆるなり

枇杷買ふて舷梯のぼる夜の雨

仄かにも渦ながれゆく夜光虫

花栗の伐らるる音を身にし立つ

樹々伐られ夏嶽園に迫り聳つ

月燦々樹を伐られたる花栗

花栗の枝ふりかぶり斧うちうつ

生々と切り株にほふ雲の峰

炎天の清しき人の汗を見る

炎天の清々しさよ鉄線花

紫蘇しぼりしぼりて母の恋ひしかり

もの書けるひと日は指を紫蘇にそめ

蛍火のこぼれて小石照らさるる

濃き墨のかはきやすさよ青嵐

青芒月いでて人帰すなり

青萱に月さして尚雨はげし

蛇いでてすぐに女人に会ひにけり

蛇を見し眼もて弥勒を拝しけり

吾去ればみ仏の前蛇遊ぶ

ゆきすがる片戸の隙もの金

手に拾ひ金色はしる一と穂

北庭に下りて得たりし蝸牛

仔鹿駆くること嬉しくて母離る

万緑やおどろきやすき仔鹿ゐて

袋角指触れねども熱きなり

袋角神の憂鬱極りぬ

袋角森ゆきゆきて傷つきぬ

いたどりの一節の紅に旅曇る

いそがざるものありや牡丹に雨かかる

旅の手の夏みかんむきなほ汚る

花栗に寄りしばかりに香にまみる

敷かれたるハンカチ心素直に坐す

驟雨の中歩幅あはされゐたりけり

夕焼に柵して住む煙突を出し

死が近し翼を以て蝶降り来

旅了らむ燈下に黒き金魚浮き

枕せば蚊ごゑ横引くひとの家

言葉のあと花椎の香の満ちてくる

花椎やもとより独りもの言はず

花椎の香に偽りを言はしめし

夜の雨より飛び入りし蛾の濡れてもゐず