和歌と俳句

與謝野晶子

何すやと遠方に居て知ることもこの世ばかりのことに終るな

草むらのうらがれしをば見るやうに瓶の薔薇見ゆおもひなしらし

香木の朽ちし香ひを立つるなり黒き茸も白ききのこ

紀の国の粉河の寺の巡礼が歌ひし声に似たる風吹く

何ごとによらず心は貫くと云へどわれにも秋は身に沁む

秋風は泉に衣を揉むごとく芙蓉の花をもてあそぶかな

紅の菊やはらかきかたまりをつくる日となり君に文書く

軒ながく斜めに垂れて月の夜は地の底にあるここちするかな

なつかしき薄紅の菊たそがれとなりてわがごと痩せにけるかな

綱とりて飛ぶたはぶれを子等すれば蜻蛉めくとよろこぶわれは

ついと去りついと近づく赤とんぼ憎き男の赤とんぼかな

自らを障子の中に置きなれぬ白けし秋の雲を見じとて

酒の香をなつかしとして思ふかなしら菊の花白き朝かな

ある男深夜の家に帰りしと書けば長しや桐壷よりも

三言ほど責めたるのちに階上へ漂ふごとく一人こしかな

幼き日船より塔を見つること二十の夏に君を見しこと

源氏をば十二三にて読みしのち思はれじとぞ見つれ男を

草庵のこほろぎよりもしはがれし加茂川千鳥一羽のみ啼く

白き猫しのび足するめでたさよ笛などとりて吹きもやらまし

菊咲きてまだらになりぬ早くよりもみぢしつるもまじる草むら

青桐は耳あるごとし遠方に風の起るとふためくごとし

風吹けば山のやうなる大木のうるしの紅葉目に見ゆるかな

叔母達と小豆を選りしかたはらにしら菊咲きし家のおもひで

霜の降る大地を思ひわが涙零るるものか夜のつくゑに

晴れわたる星の夜空の下にして刺青のごと立てる杉かな