寒ざむと ゆふぐれて来る 山のみち 歩めば路は 濡れてゐるかな
山ふかき 落葉のなかに 光り居る 寂しきみづを われは見にけり
しづかなる 眼のごとき ひかりみづ 山の木原に 動かざるかも
われひとり 山を越えつつ 見入りたる 水はするどく 寒くひかれり
都會の どよみをとほく この水に 口触れまくは 悲しかるらむ
天さかる 鄙の山路に けだものの 足跡見れば こころよろしき
なげきより 覚めて歩める 山峡に 黒き木の實は こぼれ腐りぬ
寂しさに 堪へて空しき 吾の身に 何か触れて来 悲しかるもの
ふゆ山に 潜みて木末の あかき實を 啄みてゐる 鳥見つ今は
かぜおこる 木原をとほく 入つ日の あかき光は ふるひ光るも
赤光の なかの歩みは ひそか夜の 細きかほそき こころにか似む
しろがねの 雪ふる山に 人かよふ 細ほそとして 路見ゆるかな
赤茄子の 腐れてゐたる ところより 幾程もなき 歩みなりけり
満ち足らふ 心にあらぬ 溪谷つべに 酢をふける木の實を 食むこころかな
山遠く 入りても見なむ うら悲し うら悲しとぞ 人いふらむか
紅蕈の 雨にぬれゆく あはれさを 人に知らえず 見つつ来にけり
山ふかく 谿の石原 しらじらと 見え来るほどの いとほしみかな
かうべ垂れ 我がゆく道に ぽたりぽたりと 橡の木の實は 落ちにけらずや
ひとり居て 朝の飯食む 我が命は 短かからむと 思ひて飯はむ