和歌と俳句

齋藤茂吉

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閑居吟

焼けあとに 草はしげりて 蟲が音の きこゆる宵と なりにけるかも

極楽へ ゆきたくなりぬ 額より したたる汗を ふきあへなくに

尋常のごとく われはおもへり 羽蟻が羽おちて 畳まよひありくを

焼死にし 霊をおくると ゆふぐれて さ庭に低く 火を焚きにけり

ひぐらしは 墓地の森より 鳴きそめて けふのゆふぐれ わが身にぞ沁む

ひぐらしの 心がなしく ひびくこゑ 五年ぶりに 聞きて我が居り

偶像の 黄昏などと いふ語も 今ぞかなしく おもほゆるかも

馬追の すがしきこゑは このゆふべ 変りはてたる 庭より聞こゆ

比叡山安居會

比叡山の いただきにして 歌がたり わがともがらは 飽くこともなし

をりをりは 光る近江のみづうみを 見おろしにけり 恋しむごとく

赤き雲 すぐまぢかくに 棚びけり 比叡山の上に 目ざめしときに

白壁の うへにさしたる 入りがたの よわき光を 吾は見てゐる

わが受けし 火難ののちの 悲しみを この夏山に やらはむとする

蝉のこゑ 波動をなして 鳴きつぐを 聴けども飽かず 比叡の山

むらぎもの 心さだまりて 讀みつげる 萬葉びとの 歌のかなしさ

うろくづの 香のたえて無き 食物を 朝な夕なに 残すことなし

夜もすがら ねむりがてなくに 明けくれし 吾れこの山に あらたまりける

ある時は あわただしくも 雲まよふ 佛の山に その雲を咏む