和歌と俳句

齋藤茂吉

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なだらなる 国土白く おきふすを おもおもと駱駝の 列が越え行く

いろいろの 国語車房に 聞きながら 吾も東方に 向ひつつあり

かすかなる 心とぞおもふ 雪のうへに 枯草の穂の なびくを見れば

吹く風は 断えざるものか たまゆらも 形常なき 沙漠の上の雪

たちまちに 人の世のさま 蒙古人 紅き衣を著て 汽車に近づく

この丘を 越えつつゆかば 乾草を 貯ふ部落に 行かむとすらむ

うちわたす 曠野見えつつ 雪白き 山の間に 黄なる山あり

かの山に おのもおのもの 谿ありて 雪解あふるる 水ながれむか

黒々と 乱れしものに 雪降れり 札来諾爾に 軍は破れき

二箇師団の 露国の兵の せまりたる あとにも雪は 降りつもりけり

露国兵 迂回し来り 忽ちに ここに炎は あがりけらしも

わが乗れる 汽車の煙の かたまりは をりをり雪に 触れてなづさふ

雪降りて なべて障らふ もののなき 国土の涯に 黒きは何ぞも

かささぎは 寂しき鳥か 人住まぬ 野の低木にも 啼きとまりけれ

汽車のおと 過ぎ行きしかば 冬の野に 羊の群は かたまりうごく

車房にて 幾度まどろまむと したりしか 赫爾洪得駅にも たたかひありき

松生ふる 丘のおきふし 見つつゆく 汽車は南へ 走るがごとし

おきふしの あやしき色の 原中を 汽車の窗より 眼さへ放たず

札羅木特に すでに近くて 窗の外を 吹雪吹き過ぐる ありさま見たり

とりとめの なき平野をば 並車 乾草つみて 幾日かかよふ