和歌と俳句

齋藤茂吉

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犬吠の 海のいろ見れば 暫くは おほにし濁り 沖へうつろふ

一ときに 飛びあがりたる 鴎らは うれのうしろに また降りたちぬ

砂の上に おりゐる鴎 ちかぢかに みれば豊けき ものにしありける

鴎らが 心しづかに 居るらしき 汀をわれは 乱し来るかな

うつくしき いろに染まりて 冬の海の うへ片寄りに 雲をさまりぬ

目のまへの ただひろらなる 利根河の みなとを見れば 白きしき浪

わが心 なごましめつつ 利根川の 川口かけて 白浪ぞたつ

街なかの 甍のうへに あかあかと 夕かぎろひの 見えてわれ行く

きさらぎに 入りしばかりの ゆふまぐれ 一時ちかく 日延びけらしも

新宿に かへり来しとき 午ちかく 春のはだれは 間なくし解けぬ

代々木野を 見はらし居れば 夕靄は けむりのごとく かた靡きすも

ほそき月 おちて行きたる 二月の 虚しき空を われはあふぎぬ

ひとりして われの入り来し 山中の 落葉おとする きさらぎの雨

うつつにし もののおもひを 遂ぐるごと 春の彼岸に 降れる白雪

くれなゐに 咲き足らひたる 梅の花や 触れむばかりに 顔ちかづけぬ

かぎろひの 春逝きぬれば われひとり 楽しみにして居る 茱萸の青き實

くれなゐの こぞめの色に ならむ日を この鉢茱萸に 吾は待たむぞ

もえぎたつ 若葉となりて 雲のごと 散りのこりたる 山櫻ばな

春の日は きらひわたりて みよしのの 吉野の山は ふかぶかと見ゆ

春の日は 午を過ぎつつ みよしのの 山の杉生は 陰をつくりぬ

のぼり行く 道のべにして むらぎもの 心足らはむ 山さくら花

奥ふかく 櫻の花を たづぬれば 河内の山に 日はかたぶきぬ

われらどち 励みあひつつ 命をはりしものあり 生きて老ゆるものあり

君みまかりし あとのアララギを まもりたり 世界大戦を あひだにおきて

二十年あまり 三年の時の 過去や わが眉の毛も かすかに白し

赤彦と 泣崖と三人 汽車のなかに なげきしことも すでにかそけく

わが友の 棺にすがり 泣きしことも 山の上にて おもひいづるなり

亀井戸の 普門院なる おくつきに 水そそがむも あと幾たびか

山のうへに 起臥すわれは けふ一日 山を下りて 君を偲びつ