和歌と俳句

藤原定家

文集百首

たまきはる命をだにも知らぬ世にいふにもたへぬ身をば嘆かず

浦風や身をも心にまかせつつゆくかたやすきあまの釣舟

起き臥しも人のとがめぬ床の上は長きも知らず秋の夜の霜

世の中も厭ふ心も軒に生ふる草の葉深く霜や置くらむ

下むせぶ色やみどりの松風のひとひやすまぬ身をしぼりつつ

武蔵野の草葉のつゆもおきとめず過ぐる月日ぞ長きわかれぢ

かへらぬもとまりがたきも世の中は水行く川に落つるもみぢ葉

見しはみな夢のただちにまがひつつ昔は遠く人はかへらず

老らくのあはれわが世も白露の消え行く玉と涙落ちつつ

鳥部山むなしきあとはかずそひて見し故郷のひとぞまれなる

咲く花もねをなく蟲もおしなべて空蝉の世に見ゆるまぼろし

世の中は木草もたへぬ秋風に靡きかねたる宵のともしび

淵となるしがらみもなきはやせ川浮かぶみなわぞ消えて悲しき

みどり子をありふるままの友とみて馴れしは疎き夕暮の空

つかふりてその世も知らぬ春の草さらぬ別れとたれしたひけむ

大空のむなしき法の心にて月にたなびく雲も残らず

つらき身のもとのむくいはいかがせむこの世の後の夢は結ばじ

さとり行く心のみずに洗はれて積もりし世々の塵も残らじ

舟の中に憂き世の岸をはなれてや知らぬ薬の名をばたづねむ

大空にただよふほどもありがほにうへなる塵を何かいとはむ