花を見てなごり暮れぬる木の本は散らぬ先にと頼めてぞ立つ
山ざくら頭の花に折り添へて限りの春の家づとにせん
ながむながむ散りなむことを君も思へ黒髪山に花咲きにけり
滝にまがふ峰のさくらの花盛りふもとはかぜに波畳みけり
散りまさむ方をや主に定むべき峰を限れる花の群立
これや聞く雲の林の寺ならむ花を尋ぬる心休めむ
花の火をさくらの枝に焚き付けて煙になれる朝霞かな
命惜しむ人やこの世になからまし花に代りて散る身と思はば
山ざくら咲けばこそ散るものは思へ花なき世にてなどかなりけん
雪分けて外山を出でし心地して卯の花繁き小野の細道
山里は雪深かりし折よりは茂る葎ぞ道は止めける
あやめ葺く軒に匂へるたちばなにほととぎす鳴くさみだれの空
ほととぎす曇りわたれる久方の五月の空に声のさやけき
むまたまの夜鳴く鳥はなき物を又たぐひなき山ほととぎす
夜鳴くに思ひ知られぬほととぎす語らひてけり葛城の神
待つはなほ頼みありけりほととぎす聞くともなしに明くるしののめ
うぐひすの古巣より立つほととぎす藍よりも濃き声の色かな
さみだれの雲重なれる空晴れて山ほととぎす月に鳴くなり
足引のおなじ山より出づれども秋の名を得て澄める月かな
あはれなる心の奥を尋めゆけば月ぞ思ひの根にはなりける
秋の夜の月の光の影更けて裾野の原に牡鹿鳴くなり
葎しく庵の庭の夕露を玉にもてなす秋の夜の月
憂き世とて月澄まずなることもあらばいかにかすべき天のまし人
月宿る波のかひには夜ぞなき明けて二見を見る心地して
秋の野を分くとも散らぬ露なれな玉咲く萩の枝を折らまし
山里はあはれなりやと人問はば鹿の鳴く音を聞けと答へむ
年高み頭に雪を積らせて古りにける身ぞははれなりける
新古今集・雑歌
更けにけるわが身の影を思ふまに遥かに月の傾きにける