一人っ子の筈なのに山本武は子供の扱いに慣れていた。
「だってほら、うちランボ居るし、町内会の行事でガキんちょたちの群れを引率したりしてたし」
山本の車は途中で何度も『迷子』になった。子供たちが目覚めた後で公園に突っ込み、山本が双子を連れ出してトイレと散歩に行った。車の中で待っていた二人は、長い散歩から山本が帰ってきても、遅いと文句を言わなかった。
二人きりの、車内で。
「……どうなんだ」
先に口を開いたのは、またしても無口な筈の男。
「なにがぁ」
「欲しいのか?」
「馬鹿言うなぁ」
「欲しくないのか?」
尋ねる男の、バックミラーに映る視線は真面目だった。基本的に、コレは冗談や戯れを言わない男。強がりながら明らかに戸惑った様子の銀色の鮫も同様。
「ンなこと、出来るわけねぇだろぉがぁ」
「欲しいか欲しくないか答えろ」
無口な男が珍しくコトバを重ねる。一度の問いでは本当のことを言わない強情なオンナだと知っている。オンナは答えない。フン、と、男が鼻先で笑った。
「戻る前に考えとけ」
猶予を与えて口を閉じる。銀色の鮫は唇をかすかに震わせる。何かを確かに言おうとしたのだが、どう言えばいいのか分からない、という様子で。
やがて山本が戻ってくる。二人の幼児は公園の屋台でなにやら買い与えられたらしく顔色がいい。芝生の上で思い切り駆け回ったらしく、うれしそうに疲れて、またすぐに銀色の腕の中で眠った。
一時間と少しで到着するはずのボンゴレ本邸にたっぷり三時間かけて到着した。大理石と御影石に囲みまれた、その重厚な正面玄関では。
「おせぇ」
ボンゴレ十代目の腹心、獄寺隼人が苛々とタバコを吸いながら待っていた。さすがに吸殻は足元に落とさず携帯灰皿を使い、そのせいで本数は分からないが、ザンザスの座る助手席のドアを開けた髪の毛からは紫煙の気配がした。警視庁に就職するに当たって、せっかく、相当、減らしていたというのに。
「ごめーん」
迷子になってさ、という言い訳を山本武は、アッシュグレイの髪の相棒にはしなかった。眦の見事に切れ上がった流し目でジロリと睨まれ悪びれず肩を竦める。
「バカモト、てめぇは後でシメる」
「あははー。お手柔らかになぁー」
「ガキは裏に回って下ろせ。ナイフ野郎が待ってる」
助手席のドアを閉めながら、獄寺は山本にとも銀色の鮫にともつかない、微妙な音程で話した。
「分かった」
返事をしたのは山本武。実にほがらかに。サテハコイツ、と、その場の全員が気づく。師匠筋にあたる銀色と車に乗ってくれるザンザスに親切にする以外にも目的があったらしい。自分ひとりがヴァリアーに『出された』のが、実は気に入らなかったらしい。地顔が笑顔でも中身はお人よしから遠い、気性のキツく、激しく、したたかな若い狼。
「お歴々がオカンムリだぜ。ゆったり振舞えよ」
いつもの挑戦的な表情で周囲を睥睨するなと獄寺が、ザンザスのコートを受け取りながら言う。そのまま先導するようにボンゴレ本邸の奥へと姿を消す。
「どする?」
素直に裏手へ廻るかと、山本は銀色の鮫の意向を尋ねた。そうしろと頷き促したあとで。
「てめぇ、アレ、ちょっと気にしてろよ」
「なぁ、ザンザスと話し、したか?あいつアンタに子供たち、くれるって言ったか?」
「ウチのボスさんは結婚でソッチがちったぁヘタレたがなぁ、もともと、手クセは、すっげぇ悪ぃんだぞぉ」
「ザンザスの奥さんって超美人なのなー。んでもさ、パーティーでお喋りに夢中で、子供にごはん食べさせないのは、どーかと思うんだよなぁー」
「……」
「立食の最中、オタクの王子様がナンかナプキンに包んでて、脂がしみてっからパンに挟んだ方がいいんじゃないかって俺が言って、ちょっと話したんだけど」
「ここはヨーロッパだぜ」
「子供が控え室で腹すかせてるから持って行くんだ、って、聞いてびっくりしたなぁ。俺さぁ、ハハオヤいねーんだけど、親父は寿司屋でメシ作るの上手いし、ツナのお袋さんとか獄寺のねーちゃんとか、オンナはみんな、ガキにメシ食わせんのがスキなんだって、思い込んでたから」
「ガキにパーティードレス着せて喜んでるお子様天国のジュポネやUSAと一緒にするんじゃねぇ。社交界にデビューしてねぇガキはベッドの中に隔離すんのが、当たり前ナンだ」
銀色の鮫はそう言ったがコトバを仕草が雄弁に裏切っていた。優しい掌が子供たちを撫でている。母親の付属物として母親に与えられた控え室にとり残され、そこで空腹を抱えていた子供たちを心から可哀想にと思っている仕草。
「まぁでもナンか、話し聞いたら、奥さんもザンザスのこと愛してなくて、それで子供もどーでもいーのかな、って」
「余計なことに、口を出すんじゃねぇ」
「それってけっこー好都合じゃん?いっそ子供も引き取っちゃって手ぇ切ればって、ザンザスに言おうとして二人になれるチャンス待ってたら、すっげーツナに怒られた」
「だぁから、てめぇ、余計なコトに、口出しすんじゃねぇッ!」
「シュクノコドモー」
「おぉい!気色わりぃぞおっ!」
「って言われてあんなにデレとして、照れんなよ、スクアーロ」
「てめぇ、ドタマの中身は寿司飯か?」
「オレはアンタの味方だよ。だって大好きだし」
すらりとそんな戯言を口にする面の皮の厚さに、銀色の鮫はうんざり、匙を投げかけた。
が。
「オレも二人きりになったら、言おうと思ってたんだがよぉ」
「獄寺とザンザスのこと?」
「おぅ。アレちょっと気ぃつけとけ。オマエのカノジョはあいつの、モロコノミだ」
「へー。いー趣味してんのな、ザンザス」
「そうでもねぇ。アタマとツラとカラダがイイのがいいっていう、ただの贅沢だぁ」
「でも獄寺にはナンにもさせねぇから安心しろよ、スクアーロ」
「別に心配はしてねぇけどよぉ」
「指でも差したらツナと輪姦してやる」
「……」
誰をマワすンだ、ナンの話だと、銀色の鮫は混乱する。分かっているのだが想像したくなくて、理性が理解することを拒否した。
「……わりぃオトコに育ちやがって」
そんないやみを返すのが精一杯の、銀色の鮫の口は。
「悪い男を嫌いとは言わせないぜ。あんな男とあんなに別れ難い顔しといて」
若者のとんでもなさに、負けて閉じられてしまった。