少年は大人しく、そして無口だった。父親によく似た端正な顔立ちだが、澄ました無表情は冷たい印象を与える。
「ンだぁー?オマエもしかしてオレのこと嫌いかぁー?」
繊細にして美麗な容姿と裏腹に豪快な銀色の鮫だが鈍くはない。鈍くはないが、本人の気質上、いつでも剛速球の直球勝負である。
「ううん。好きだよ」
少年は銀色の気性に慣れている。剛速球を戸惑いもせずに胸の前で受け止めた。淡々とした無表情のままで。
「アンタが元気なさそうに見えるから、心配してるだけ」
そうして投げ返す。返された銀色の鮫はニカッと笑った。
「そーかよ。んじゃお互い、元気出すとしよーぜ」
「オレはいつでもこんなだよ。アンタ並みのテンションは期待しないで欲しい」
「おー、オマエそーゆーハキハキの口の利き方は、ソルとよく似てンなぁー」
「父さんがまた、あんたに悪いことしたの?」
「……」
「あんたが甘やかすからだよ。あの人が好き放題なのは」
「オコトバだがなぁー、アイツがそーなのは昔からだぞぉー」
「昔からあんたが甘やかして来たんだろ」
「あーぁ。オマエのこと、一瞬でもおとなしいヤツなのかと思ったオレがバカだったぞぉー」
「大人しいよ、オレは」
「どこがだ、言いにくいことばっか、ハキハキ喋りやがって」
「アンタが甘やかすからだよ」
本国イタリア、ベネチアの、海を見渡すトラットリアで、シーフードたっぷりのピザを食べながら、そんな会話を交わしている二人を。
「ふきゅ……」
一人の幼児は不思議そうに眺める。柔らかなパンで作ってもらったハムとチーズのサンドイッチを食べながら、見慣れない少年を不思議そうに見ている。
子供心に何かを感じているのかもしれない。
「食べるの遅いね。可愛いな」
少年は銀色の鮫の膝に乗せられた女の子を眺めながら言う。言葉と裏腹に表情は動かず、見られてじっと見返す幼児は、この人を知っているかもしれないと思っている。
「あぁー?そっかぁー?」
「ソルはごはん食べるの早くて、いつもオレ、先にごちそうさまされるんだ」
「あー、まぁ、ばくばく食ってたなぁー」
先日は女の子の方が少女になって迷い込んだ。たいへん元気で活きが良くて可愛らしかった。そして、実に食いっぷりは良かった。ばくばく、たいへん美味しそうに、健啖に皿を空にしていた。
「オレよりたくさん食べるし」
「あー、確かになぁ。よく食ってた」
くすくす、銀色の鮫は笑って、給仕を呼んでカフェのお代わりを頼んだ。銀色の皿はとっくに空になっているが少年の前のピザは三分の一が残っている。用事がサンドイッチを一生懸命、食べているのと多分、同じくらいに食べ終わるだろう。
「で、オマエは何しに、十年前に来たんだ?」
銀色の鮫は尋ねる。
「内緒」
テンションは低くて口調は平面。けれど確固とした意思があることを悟らせる声で、少年は答えた。