「テメーが来るってーからベリーのタルト焼いてんだぜ。ブランデーたっふり効かせてよぉ。何回、焼き直しさせる気だよコンチクショウ」
やや伝法に、今時の言い方をするならビッチ系に尋ねる。獄寺の声を聞いた電話の向こう側の男は明らかに対応が変わった。
「出入りを張られてンのがイヤってか?まーた今度はなーに悪ィこと企んでンだぁ?」
沢田綱吉には告げなかった、来訪を拒んでいる理由を告白したらしい。
「んじゃさぁ、コッチから押しかけてくのはどーだぁ?タルト持ってかせろよォ」
お前の為にタルトを焼いたと獄寺に言われて、男は断わる口上を述べなかったらしい。ホテルのダイニングで、夕食の時間を打ち合わせて電話を切る。
「と、いうわけで、今夜、七時に並盛グランドホテルです」
「あ、うん……、ありがとう。
「じゃ、オレはこれから、タルト焼きますんで」
「あ、うん。ありがとう」
口から出任せで、気難しい年上の身内との約束とりつけてくれた片腕に沢田綱吉は礼を言った。そうして部屋を出て行く獄寺を見送る。ちょっと浮かれているように見えるのは気のせいだろうか?
「山本武が居なくて良かったね」
衝立の向こう側から声。うん、と、返事をして沢田綱吉は壁際に回りこんだ。ふかふかソファには昼寝から目覚めたばかりの雲雀恭弥が美形にあるまじき大あくび。
そんな姿さえステキだと目尻を下げる沢田綱吉はたいそう目出度い。惚れて眺めれば喉の奥まで見せるようなあくびも寝乱れてぐしゃぐちゃの髪も魅力的だ。いつもキチンと身仕舞いをしているヒバリだから、その落差にドキドキする。
「ヒバリさんもそう思った?なんか、獄寺クンが楽しそう過ぎるの心配だよ」
沢田綱吉はタメイキ。まだ二十歳を越えたばかりで仲間うちの人間関係、それも色恋沙汰に気を配らなければならないのはしんどい。自分自身のことにまだ必死なのに。
「そう。ボクはキミがしょんぼりして見えるのが気になるかな」
確かにしゅんとしていた沢田綱吉は、でも、恋人にそんな言葉を言ってもらえてパッと顔を上げた。
「優しくしてくれるの?」
「どっち?」
「え、何が?ダッコとチューなら両方がいいでーす!」
えへへ、と、沢田綱吉はしまりなく笑う。
「なんかね、ちょっと、やっぱり寂しいよ。オレが好きになる人がオレより、山本や獄寺君と先に仲良くなっちゃうのは。いつものことではあるんだけどさ。オレって面白くないヤツかな?」
見た目もあの二人ほどキラキラじゃないしね、と、ため息をつく沢田綱吉を、じっとヒバリは、切れ長の流し目で見つめる。
「ボクはキミよりおもしろいヒトを知らないけど」
「えへ、そ、う、かなぁ?」
「それで、どっち?」
「ヒバリさんがそう言ってくれるなら嬉しいや」
「獄寺隼人とザンザスが仲良くしていて面白くないのは、どっちがキミのお気に入りだからなの?両方?」
「……え?」
思わぬことを、尋ねられ。きびしい視線で、じっと見つめられて。
「な、なに言ってんのヒバリさん。オレはあなただけだよ」
沢田綱吉は背中に、嫌な汗をかいた。
約束した時刻、男はホテルのメインダイニングの個室へ先に来て来客を待っていた。男が日本支部の面々を夕食に招待したということになるから。もちろんヴァリアーの制服姿ではなく、ブラックタイの礼服を小粋に着崩して、椅子に斜めに腰掛け食前酒代わりのテキーラサンライズに口をつけている姿は実に、婀娜めいて格好がいい。
来客が獄寺だけでなく、ボンゴレ日本支部全員集合なのを見ても文句は言わなかった。最初から分かっていたらしく椅子も人数分が用意されていた。
「ザンザス、こんばんは。久しぶり」
と言って手土産のウィスキーを差し出す沢田綱吉には頷いただけ。
「よーぉ。蜜月旅行の邪魔するぜぇー。って、あれ?銀色ドコに隠してんだ?」
ベリーのタルトが収まった菓子箱と、花束とワインを抱えた獄寺が室内を見回したのには言ったのには少しだけ笑って、そして。
「置いておけ。渡しておく」
かすかな笑みだけでなく声まで聞かせる対応の良さだった。ケチケチしやがって、とふざけ半分に文句を言いながら、獄寺は給仕に差し入れを手渡す。
「あ、これも」
と、横から山本武が持っていた寿司の折りを給仕に手渡す。なんだそれはと、視線で尋ねた男に。
「押し寿司。スクアーロ好きなんだぜ。桜鯛っていって、今、鯛が一番、美味い時期なのなー」
にこにこ愛想よく笑いながら山本は答えた。
「で、ナンで今回は空港にお迎えさせてくれなかったのかなー?」
続けて尋ねる。給仕が引いた椅子に腰掛けながら。
山本の愛車、RX7をザンザスはちょっと気に入っている。格好と走りはいいが乗り心地の悪いその車に自分から乗ってくれるのはザンザスだけで、山本は成田空港への『お迎え』を、言いつけられるのを楽しみにしているのに。
「ギンザメが居たからだろ」
今度は獄寺が横から口を出す。それには複数の意味を含んでいた。オマエの狭い車に三人は乗れないだろう、という意図もあったし、物騒だから近づけたくなかったんだろう、という意味も、ある。
じゃれつくようなからかいの台詞にも笑みを漏らして、ザンザスは立ち上がり、自分の隣の雲雀恭弥の椅子だけは引いてやった。今日の主賓はヒバリということになる。全員が着席して、黒服の給仕頭がコースの献立をヒバリに差し出す。
「何か食べられないものはあるか?」
ごく真っ当に紳士的にザンザスに尋ねられ、否と雲雀恭弥は答える。気難しいペルシャ猫のような見た目のわりに好き嫌いのない性質だ。春野菜と桜鯛のカルパッチョから始まるコースを、全員が健啖に食べる。夜桜のホテルの庭を見下ろしながら。
会話は弾むというほどでもなかったが、仕事はどうだとザンザスが獄寺に尋ねて、獄寺は日本の警察機構のことを話した。実に美しい春の宵。
「ザンザス」
スプリング・ラムならぬ乳飲み子の子牛の、ムチムチでいてさっくりしたフィレを食べ終えた沢田綱吉は、辞去する間際、わりと真面目な顔をして年上の『身内』の名を呼んだ。
「おごちそうさま。大勢で押しかけて、ごめんね」
食事代は請求されなかったし、払うよとも、沢田綱吉は言わなかった。無理やり強引に招待させてしまったことを笑い混じりに詫びる。
「べつに」
かまわない、という後半をザンザスは省略した。そんな喋りのクセにようやく慣れて、言葉が短いのは機嫌が悪いからではないとやっと分かってきた沢田綱吉は、すっと、そのそばに寄って。
「なにをしに来たのかは聞かないでおくけど」
「……」
「オレはいつでも、オマエに恩を売れるチャンスを待ってる」
その言い方が気に入ったらしい男は声を出さずに笑う。今夜、の怖い男は本当によく笑った。
「じゃあね、おやすみ」
ひらひら、手を振る一行を中庭まで見送って、男は滞在している本館へと戻る。その頭上で桜の枝が揺れ、花々が囁く。
思わず見上げた男の瞳には、夜空を背後に従えた桜たちが、笑っているように見えた。