必殺遊び人・1(?)

 

 

 大きな執務机の上に座って、しりが書類の端を敷いてることは分かってたけど、退いてやらなかった。

「鋼の」

 困った顔で馴染みの大佐が俺を見上げ、わざとらしい溜息をついても。

「君に、怒る権利はないと思うんだが。むしろ私は、お礼を言われてもいい立場じゃないかな?」

「気に入らねぇんだよ」

「君が留守の間」

「好きで留守したんじゃねぇ、アームストロング少佐に誘拐されてたんだ」

「君がセントラルに置いていった」

「好きで置いてったんじゃねぇ。そもそも、あんたの差し金だろう、全部」

「君の弟と恋人の面倒をみていたのが」

「恋人じゃねぇよ」

「どうしてそんなに気に入らないんだか」

「……気にいらねぇんじゃ、ない……」

 思わぬ長い留守になって、俺の口座からは銀時計がないと金が引き出せないから、途中でアルとウィンリィは困った。二人の様子を見に来てくれたホークアイ中尉にそのことを聞いた大佐が宿代を融通してくれたことには感謝するべきだし、その金を返すために、中央司令部に出向いてきたのだが。

「ナンで毎日、メシまで食わせたんだよ」

「レディーが友人の居ないセントラルで、退屈しておられたからだよ」

「服まで買ってやってさ」

「食事に行く前のショッピングはコースに含まれるだろう」

「狙ってんのか、あんた」

「君が何かを誤解しているのなら、レディーの名誉のためにはっきりと言うが」

「女の子なら誰でもいいわけだ?」

「美しい、という形容詞を挟んで答えはイエスだが、君の幼なじみには何もしていないよ。わたしの守備範囲は十八歳以上だ。キスもしていないことを誓う。手は繋いだが、それくらいで不機嫌になるほど、君も了見の狭い男ではなかろう」

「あいつももう、それなりに年頃だし、一応、俺が預かってるよーなもんだからさ」

「責任感の強さは立派だが、過ぎると過干渉で、女性には嫌われるぞ」

「あいつにナンかあったら、故郷のばっちゃんに顔向けできねーんだよ。ゆーあんだすたん?」

「アイ・シー。三年後にデートを申し込むときはまず、あの祖母君に花を贈るとしよう。で?」

「……なに、この手」

「君をデートに誘うには、どなたの許可が要るのかな?」

「なにふざけてんだ?」

「やきもちをやくんじゃない、鋼の」

 万年筆を指先で廻しながら、黒髪の大佐は金色の少年に流し目をくれた。胴震いするほど艶な。

「君の大切な弟と恋人だから親切にしていた。……それだけだよ」

「……コイビトなんかじゃねーよ……」

「服がいいかな、それとも花が?」

 なんでも買ってあげる、と微笑まれて。

「モノは要らない。メシは、俺が奢ってやる」

「嬉しいが、珍しいな」

「アルとウィンリィのこと、気にかけてくれ              た礼に」

「そうか。時間は、19時でいいかね?正門の車止めで」

「……うん」

 

 乗り込んできた行きとは別人のような大人しさで鋼の錬金術師は、焔の大佐の執務室から退室。定時には大佐も退勤して、鼻歌まじりのその上機嫌な横顔には、これからデートだと大書されていた。

「どーするツモリなンすかねぇ、アレ」

 にこやかにまだ少年の相手と、並んで公用車に乗り込む上官を二階の窓から、指に挟んだ煙草の先で示しながら『仲間』に問う。

「大佐って、オトコもイケるヒトでしたっけー?」

 たちの悪い遊び人にハマってヌけないでいる、仲間に。

「美味しいという形容詞をつけて、大佐は殿方も好物よ。あなたはよく知っているでしょう?」

「オトコノコを女の子の代わりにする趣味も?」

「さぁ、どうかしらねぇ」

 落ち着き払って、射撃の上手な女性士官は書類から顔も上げず答える。

「食事だけで帰ってきたら三年後に向かっての撒き餌。帰ってこなかったら、食後に自分を食べさせるつもり」

「……鋼の大将、まだ十五ですよ?!」

 咥えて火をつけかけた煙草を落しそうな勢いで金髪の少尉は目を剥く。

「十六歳以下とのセックスは合意の上でも犯罪のはずです!」

「あの人はあの人の法に忠実に生きてるわ」

「ゆるせないー、そんなの許せないー」

「オンナは十八、オトコは十四で解禁」

「んなムチャな、なんですか、その差は!」

「自分がそうだったんですって」

 さらっと言われた言葉の意味に、煙草の少尉は衝撃を受けて。

「……、じゅーし……?」

「そう。オトコになったのは十四、オンナを経験したのは十八」

「……俺、負けました……」

「安心なさい。……私もよ」