エンドレス・ラブ 10

 

 

 

 

 望みどおりにぐちゃぐちゃにされて、夢もみずに眠って。

 物音に気がついて目覚めると、目の前には昼下がりの光と、金髪の部下が居た。

「勝手に入りました。取引の時間になったので、確認させていただいています」

 怒っているらしい。声も態度も固い。まぁ普通怒るだろう。昨夜ははしご酒につき合わせた挙句に一晩、待ちぼうけさせて、しかも翌日の俺がこのていたらくじゃ。

 ハダカのまま、薄いタオルケットを掛けられてベッドの中、うつ伏せで、まだ身動きも出来ない。

「……、」

 声もうまく出せなかった。喉がからからに乾いてる。俺に背中を向けたまま、部下はスーツケースの中身を数えてる。昨夜、ヒューズが持って来てくれた、現金。海外旅行用のハードケースにぎゅうぎゅうに詰っている。

「約束より随分多いです。余分はどうしますか?」

 数え終わった部下が背中を向けたまま尋ねてきて、答えないわけにはいかなくなって。

「東に持って帰る」

「イエッサー。裏の機密費に足しときます。一晩の代金にしちゃすげぇ高価ですね」

 投げつけられた嫌味に、

「……偽札だがな……」

 自嘲とともに返事をした。俺の代金としては相応の代価だ。

金髪の部下は黙り込む。自分から嫌味を言ってきたくせに、俺が落ち込んでいると悟ると優しくなる、その甘さが俺を増長させていることに気付いているのか、いないのか。

 事を成すには、金が要る。俺は軍の機密費をかなり使えるが、肝心の軍を探るのに必要な金は別のルートから調達しなければならない。憲兵隊が押収した偽札をまわしてくれと、そんなムチャな頼みを二つ返事で叶えてくれた親友で戦友で、愛しくて憎い、俺をぐちゃぐちゃにしていくあの、男。

「やめられ、ないんだ」

 俺に甘い部下はスーツケースの蓋を閉めて、俺が横たわるベッドに歩いてくる。細い声で呟けばほだされて髪を撫でてくれる、この若いヤワさに、俺はつけこんでる。

「止めたいのにやめられない。どうしてなのかは、自分でも分からない」

 夕べこいつに、繰り返し誓った。今夜あいつと別れてお前とやりなおしの初夜だと。結果はこうだ。殴られても罵られて仕方がないのに、こいつは優しく俺を撫でる。

「俺わかりますよ。あんたがあの人とやめられないワケ」

「教えてくれ」

「やめたくないからだ。でしょ?」

「違う」

「オトコはしたくないことなんか絶対にしないよ。あんたホントはあいつを好きで、でもあいつに奥さんが居て口惜しいから、俺のことも横に置いておきたいんだ」

「ちがう」

「違いませんよ。証拠に、俺もここに居るし」

 部下の腕が伸びて、タオルケットごしに抱き締められる。あいつと違って苦味のない腕だ。裸の肩から布を振り落として、俺も部下を抱き返した。

「こんな人のことを、どーして待ってるんだろうって時々自分でも呆れるけど、俺も多分、好きで待ってんですよ。いつかあんたがあの人と抱き合えなくなるのを」

 耳元で囁かれる言葉に竦んだ。いつかその日が来ることは分かっている。あいつはもう、俺よりも妻と家庭をすでに選んでいて、そのうち絶対に、俺は棄てられるだろう。

 今はまだあいつにだまされてる。でも、浮気相手でいることに、じきに俺は耐えられなくなって、きっと泣きながら、俺からさようならを。

 あいつは俺の望みを叶える、ようなフリをして、俺を上手に始末するだろうさ。邪魔になった情人を、そうやって切り離しすのを何度もそばで見ていた。絶対自分には失点をつけない頭のいい男。

でも愛してる。多分もう、俺だけが愛してる。

「泣かないで」

「抱かないのか」

「あんた泣いてるし」

「お前が慰めてくれないからだ」

「あんたがあいつと別れるまでは、もうね」

 何もしないと囁く、それがこの男のプライドらしい。実はもう何度かセックスした。俺とヒューズの関係にこいつが気付く前に。

「あんたにだまされてもキライになれない、俺のギリギリのプライドです」

「お前が抱いてくれれば思い切れるんだ」

「嘘ばっかり。……行きます」

 キスもしないで離れていく腕を引きとめようとしたが。

「取引の時間だから、行きます。ナンにも言わずに、渡せばいいんですよね?」

「……あぁ」

「帰って来るまでに服を着て、しゃんとしていて下さい。俺の『大佐』でいて下さい。お願いします」

「妊娠中の妻の代わりに、使い棄てられた馬鹿者はお前の好みじゃないか」

「爆弾仕掛けたいですよ。あの人の車に」

「止めておけ。返り討ちにあうから」

「憎らしいなぁ。俺が負けると思ってる?」

「使える権限がな……」

 違いすぎるから。

「愛情じゃ負けませんけど、それだけじゃあんた足りないんでしょうね」

 溜息を残して札束とともに部下は出て行った。