初恋・16

 

 

 

 

 二日間、寝込まれた。

 知恵熱でも出しやがったのかと思って好きにさせていたのが間違い。

三日目、突然、姿を消した。

「……」

 逃げたのか、と、内心で真っ青になっていたら、電話がかかってきて。

『オレだぁ。今日は帰らねぇ』

 しらっとした口調でそんなことを言われる。ブチ殺したくなった。

「何処に居る」

 オトコの声が低く掠れる。威嚇のうなり声に、なる。

「オレから逃げられると思ってンのか、てめぇ」

 草の根分けても探し出してみせる。

『逃げやしねぇよ。ってーかよぉ、オレがオマエから離れて生きてけっと、オマエ思ってンのかぁ?』

 告げた言葉を逆手にとられて問い返される。

『十四の時にオマエのこと選んで、それっきり他を全然、知らねぇで過ごして来たオレだぜぇ?』

 ボスと部下では確かにその通り。けれどオトコはその時、銀色のことを部下として喋っているのではなかった。

「戻って来い」

 陽はやがてくれる時刻。

「一旦戻れ。用があるなら、オレに話をしてから行け」

 事後承諾のこんな電話だけで、勝手な真似を許す気のないオトコが怒鳴りつける。気の弱い人間なら魘されそうに凶悪な声で。

 しかし。

『オマエにも、話、あんだけどよぉ。こっちの用事が終わったら聞いてくれ』

「おいっ」

『朝には帰るから。じゃあな』

 回線が途切れる。オトコはすぐに警備室に掛けたが、記録はボンゴレ本邸からの直通回線になっていた。発信もとの偽造などあの銀色にはお手の物だ。否、本当にボンゴレ本邸から掛けていないとは限らない。そこにはボンゴレ十代目と親しいドン・キャバッローネがしばしば出入りするし、全ての切っ掛けになった刀のガキも、滞在しているのだ。

「カスザメが……」

 呻くオトコの口調には真剣な憎しみがあった。

 

 

 

 翌朝。

 朝もやの中、砦の麓からの道を歩いてくる細い人影は、幾つかのカーブを曲がった霧の向こうにスモークガラスの幹部用の送迎車を見つける。

「よぉ、ルッス」

 運転席に座っていた仲間に声を掛ける。今週、警備当番のサングラスのオカマは硬い表情で、お乗りなさいと、助手席ではなく後部座席のドアを開けた。

「わざわざ迎えかぁ。わりぃなぁ」

 深刻そうな表情のオカマと違って銀色の態度はさばさばしていた。ただしそれも、車に乗り込もうとした瞬間、瞬時に凍りつく。

 後部座席の奥には彼らのボスが、深夜の気配を纏ったままで、そこに座っていた。

「……、ヨォ」

 驚きすぎて思わず尋常に挨拶をしてしまった、返答は。

「ッ……、てぇ……」

 勢いをつける距離がなくとも、オトコの拳は深々と銀色の腹にのめりこみ、悶絶させる。シートに倒れこんだところを、髪を掴んで起こして、横面を張る。

「ぅ……」

 歯を食いしばる余裕を与えなかったから唇が切れる。血がぼたぼたと革張りのシートを汚していく。揺れる細いカラダを強引に引き寄せ、抱きしめるというよりは拘束した。

「車を出せ」

 苦痛の声を漏らす銀色を押さえつけたまま、ルッスーリアに、オトコは静かに命じる。唯々諾々とオカマは命令に従った。ひどいことをしないであげてと銀色の為にボスに頼みはしなかった。ひどいことをしているのは銀色のオンナだった。

 

 

 痣が長く残る体質であることは昔から知っていた。

 セックスの痕跡が残りやすい肌だということはごく最近になって知った。

 無抵抗のオンナを殴るのは三発で飽きた。服を引き破って無理に指を捻じ込み、悲鳴を上げさせることは飽きなかった。苦痛の声にゾクゾク鳥肌が立った。自分がサド気質であることをオトコは久しぶりに思いだした。

 しなやかな背中にはキスマークが散らばっていた。どんな姿勢で抱かれて繋がれたのかを物語るように。抱いたオトコの愛情と執着を物語る痕跡は、真っ白な肌に桜色の鬱血で美しかった。爪で掻き毟って滅茶苦茶にしてやりたいくらい。

「……、って……、キタ……」

 自分自身の痛みにも構わず男はオンナを痛めつけた。ぎしり、ギシリと軋むカラダを割り裂く。セックスというよりも暴行。オンナの蕊は痛みに竦んだまま。

 それでも狭間は男の蛇を呑み込む。それがどういうことなのか、男にも分かっている。別のオスを咥え込んで綻びているから深く呑むのだ。でなければもっと、痛いと泣き喚いて竦んで手を焼かせるはずだ。

 それでも、脳震盪を起こしているらしく真っ青な顔をしつつ、銀色の鮫が口を開く。何かを伝えようとして。

「わ、かれて……、来た……」

「あぁ?」

「……跳ね馬と」

「……」

 男は正直だった。そう聞いた途端、腰の動きを攻撃的な突き上げから緩いうねりへと変えた。犯されるオンナがふるっと胴震い。その細腰を、男は掴んで引き寄せた。

「……」

 そうか、と。

 優しく言ってやろうかどうか、考える。

 別れて来たのが本当ならばそれは歓迎するべき事態。褒めてやっていい。けれども自分以外に抱かせて帰って来た事は許せない。……許せない、が。

 もしかしたらそういうもの、なのだろうかと、考えた。

特定の相手と継続的な関係を持ったことのないザンザスは、そういう相手に対してどう振舞うものなのか知らなかった。もしかしたら、そういうのと別れる時は名残に寝るのが普通なのだろうか。世間ではそういうのがお約束なのだろうか、と。

 考えながらオンナを抱いた。昨夜からの鬱積を思う存分、注ぎ込む。熱にオンナが細い声を上げてのたうつ。細いがしたたかなカラダの手ごたえを愛おしみながら、うなじに顔を埋める。かすかな汗の匂いを嗅ぐ。興奮、した。

 繋がったカラダを一旦は解く。けれど勿論、その程度で開放してやるつもりはない。

「……、ン」

 銀色のオンナは協力的だった。オトコがそうしたがっている手の動きを察して、自分からカラダを返してオトコに向き合う姿勢になる。脱ぎかけたスラックスと下着をベッドの下に落とす。乱暴な抱かれ方でもそれなりに興奮していたらしいオンナの、胸の飾りが、やけに赤いのが気になって。

「や……。歯ぁ、たて、ン、なよぉ……。ぁ……」

 噛み付いた。しゃぶりついた。指先と唇で交互に苛むと、マゾの傾向がない訳ではないオンナが透き通った嬌声を上げる。

「あ……、ン、ぁ……、ぁあ……」

 その声を聞きながらオンナの膝を掬う。胸に付くほど折り曲げさせて、自分を向かえるかのような角度で腰を浮かさせる。

「や……」

 見られていることを恥ずかしがってオンナが身じろいだ。男はそれを許さない。指で肉付きの薄い尻を割り広げる。

「……美味そうだな」

性感が絡めば人間の感覚はおかしくなる。くちづけをして、唇と舌でソコを、舐めしゃぶりたくなってしまう。冗談ではなくひどく美味そうだ。自分を欲しがってかすかに伸縮を繰り返す場所が食べ物のように見える。

「バカ、ヤロ……。すんな、よぉ……」

 銀色のオンナが半泣きで訴える。オトコはそれを我慢した。代わりに指を咥え込ませ、オトコの唇はオンナの蕊を含んだ。

「あ、ぁ、あ……、ぁ、ン、……、ぁあ……」

 オンナが白い喉を反らす。恥ずかしそうに、でも気持ちがよさそうに喘ぐ。オトコはだんだん楽しくなってきた。ヨがられるのが一番面白い。何もかも忘れて夢中になる。いとおしんで繋がって、抱きつくした。

 

 

 能動的な興奮と受動的な陶酔の差がある。どうしてもオトコの方が、疲れる。

「……タフだな、てめぇ……」

 朝食どころか、すでに昼食にも遅い時間。分厚いカーテンで薄暗い部屋の中、呟いたオトコはだるそう。けれど勿論、機嫌は悪くない。

「ヤワいと思ってたのかぁ?」

 裸にオトコのシャツを引っ掛けて銀色は居間のバーへ。そこで瓶入りの飲み物を冷蔵庫から二本、取り出して戻ってくる。自分にはベルニーナの冷水。オトコにはスプリューゲンのストロングを。ビールは、このオトコにとってジュースのようなもの。

「来い」

 ビールを受け取り口をつけながら男はオンナをそばに呼ぶ。未練があった。手離したくなかった。子供がお気に入りのぬいぐるみを抱くように、肌を触れ合わせていたい。

 素直に銀色はオトコに横に来る。ベッドの上で隣にカラダを伸ばす。男が笑った。嬉しそうに。嬉しかった。とても、ひどく。

「跳ね馬と会ってきたのか」

「うん」

「話を、してきたか」

「うん」

「別れてきたのはウソじゃねぇな?」

「ねぇよ」

 シンプルに答えられる。オトコはまた笑って、銀色のオンナに優しいキスをくれてやった。

「刀のガキはどうする」

「アレは別に、どーもしなくっていいだろ。ナンにも義理はねぇ。次の約束もしてねぇ」

 はきはき答える銀色を、オトコが本当にいとしそうに撫でる。

「ザンザス」

なんだと、言葉でなく指先で、オンナの唇に触れることで尋ねる。なんでも言え、という気持ちだった。どんな願いでも叶えてやる。やっとオマエが手に入った祝いだ。

「オマエともこれっきりだ。二度とセックスしねぇ」

「……」

 オトコの指先の動きが止まる。

「ごめんな。もう決めた。代わりにオレぁもう、誰とも二度としねぇ」

「……あ?」

「オマエをこの世で一番愛してるぜ、ザンザス」

 そういえば。

「証拠に他のは、全部、棄てる」

 コレはそういう気性だった。

「でもオマエとも、もうセックスはしたくねぇ。ナンか、やっぱ、ムリだ。オレには」

 思い切りがいい。すぱりと切り落とす。

「せっかく、色々、気ぃ使ってもらったけどよ。ごめんな」

「……」

 オトコは女と『付き合った』ことがなかった。

 だからこんな時、どんな態度をとればいいのか、全く知らなかった。