初恋・2
ヤバイ、ということは、銀色のオンナにはよく分かっていた。
「スクアーロ……」
これはヤバイ、マズイ真似だ。色々と支障がある。相手はまだガキで、自分には別の情人が居る。それだけではなく、立場上もマズイ。リング争奪戦でかつて敵対した陣営に属する相手と、必要以上に馴れ合う事は、お互いの身内が喜ばないだろう。
「ずーっと、あんたのことダイスキ、だった」
あぁ、でもこのガキは可愛らしい。若くて健康で一途に懐いてくる。子犬みたいに真っ直ぐな、こういうガキに弱いのは昔からだ。長年の仲のあいつも、金の跳ね馬も昔はこんなガキだった。キャバッローネのボスになって、金と地位と実力を手に入れていつも間にか、堂々とした男になってしまったけれど。
「あんたに憧れてるぜ、ずーっと」
ボンゴレ日本支部にほど近い山の中。テントっていうより天幕を張っただけの野外。春と秋にこの場所でこのガキと、山篭りするのは数年越しの習慣。
だけど。
夜になってそばに行っていいかと尋ねられたことも、いいぜと答えたことも初めて。少し離れた場所で転がっていたボンゴレ雨の守護者はひっかけていた毛布ごと、銀色の隣に移ってきた。枕元に置いていた愛剣を自分ではなく銀色のオンナのそばに置いた、ところがひどく可愛かった。
危害は加えないよ、という意思表示。今さらの律儀さに銀色はクスクスと笑う。ひどく機嫌がいい。
「大好き」
気の利いた口説き文句をまだ知らないガキが、それでも一生懸命に好意を伝えようとして、囁いてくる声が心地よかった。寄り添った体温も、そっと背中に添えられた掌も。水の波動がゆったりと流れ込んでくる。安らぎと沈静、ゆったり自分の心身が、心地よく弛緩していくのを銀色は感じていた。
「すっげぇ、スキ」
傷のついたCDみたいに繰り返される言葉に少し笑う。笑ったが、不愉快ではなかった。単純な口説き文句さえ久しぶりに聞いた。最近アイツとマンネリだかんなぁと、別の男を思い出す。
「キスして、いい?」
髪にそっと触れられながら尋ねられる。エアーマットが地面の冷たさを防ぐ天幕の下で、いいぜと銀色の鮫は答えた。約束だったし、それにこのガキは可愛らしい。雨の波動がひどく心地よくて、そばから離すつもりにはなれなかった。
「あんた、ディーノ、さんに、怒られね……?」
頬を寄せながら今さらそんなことを心配するガキに、首を傾げて自分から唇を重ねてやる。触れた瞬間、たまらなくなったらしいガキはすぐに身体を重ねて、覆いかぶさってきた。
「……、ん」
喘ぎ声は誘い文句。可愛いガキを、そっと抱きしめてやる。ガキの体温が上がったのが分かった。本当に可愛らしい。昔はアイツもこんな風たったなぁと、また、別の男のことを考えてしまう。あいつもガキの頃は可愛かった。
寝巻き代わりのスウェットの腰紐が解かれる。銀色は目を閉じた。手つきは落ち着いていて手際がいい。信頼して、好きなようにさせようと思った。
「アンタを、オモチャに、する気は、ないよ」
キスの隙間で囁かれる。服を脱ぎながらそういうガキを、自分はオモチャにしようとしているのかもしれないと、銀色はふと、悪いことをしている気分になってしまう。
「ディーノさんに、バレて怒られて別れたら、つぎ、オレと付き合って。……な?」
セックスを始める前に責任をとると告げてくる律儀さに銀色はまた笑った。でも言葉では答えずに膝を緩めてやる。誘う仕草にガキは敏感に気づいて、殆ど必死で、むしゃぶりついて来る。
「……、ッ、は……、ぁ……!」
擦り付けられて、身悶える。くねるカラダは演技ではないがサービスではあった。
火遊びしようとしている自分を銀色は少し笑った。危ない真似だ。でも危ない真似が好きだ。若い頃から強い相手に噛み付くことを繰り返し、いい齢になってからも百番勝負という馬鹿げた武者修行を強行した自分の嗜好を銀色は分かっている。
「ん……」
キスをされながらの愛撫。掌も指先も意外なくらい硬い。カラダの重みもけっこうなもので、あー、案外ともう、ガキじゃねぇなぁと、そんなことを思った。
「なに、考えてる?」
下着の中に手を差し入れられて、狭間の生殖器に触れられながら尋ねられる。ビクン、と揺らした肩に服の上からだが噛み付かれる。けっこう本気の力で。痛い。痛いけどその痛みにゾクッとした。
「なんか言ってくれよ、なぁ」
噛まれた場所に顔を押し付けるガキから懇願される。言葉を要求されて、愛撫に正直に喘ぎながら、銀色は笑ってやった。そうして。
「りっ、ぱに」
「ん?」
「なった、なぁ……。オマエ……」
「そ、かな?」
「……おぅ」
月明かりの中、小首を傾げるガキの頭を、銀色は撫でてやった。
「才能、に」
「肌、すっげぇキレーだね、アンタ」
「ほれ込まれる、専門だったんだオレぁ」
「ナンか吸いつく……。あー、キモチイー……」
「わざわざ寄ってきて、オレに喰われる連中を、バカだと、思っていた、ぜぇ」
「なぁ、脱がせていい?寒いかもしんねーけど」
「照れてねーで、真面目に、聞けぇ、ガキぃ」
自分からスウェットの上と、その下に着ていたTシャツを脱ぎながら銀色がまた笑う。ガキのガキらしい羞恥心が可愛くて、本当に愉快だった。
「てめぇを見込んでるぜぇ。惚れてるかもなぁ、マジで」
裸の腕で抱いてやりながら銀色が、告げた言葉は、恋の告白に似ている。
「ボンゴレの雨の守護者にはオレがなるんだと思ってた。ガキの頃から、そう信じてた」
「……、ごめん」
「謝んなぁ。運命だ。しょーがねぇこった」
仕方がないのだ。あの男をボスに選んだのは自分自身。正当なボンゴレの後継者ではないと知った後も愛情は少しも醒めなかった。出会って愛した、それ自体がさだめ。
「オレの……、代わりじゃなくて、跡取りってぇ訳でもねぇなぁ。どーゆーんだか分かんねーけどよ、オマエで良かったぜ」
「スクアーロ」
「ちゃんとふさわしいぞぉ」
自分がなるつもりだった役目を、自分ではないガキが務めている。けれどそのガキの才能は素晴らしくて、磨いてやるのが楽しくて仕方がない。
「オレぁ強いヤツを食い散らしてばっかりだっただけどなぁ、オマエになら、喰われてやっても、いいと思ってるぜぇ」
銀色の告白に。
「アンタ、ディーノさんと別れねぇ?」
少年はキスを繰り返しながら答える。
「別に付き合ってんじゃぁねぇよ」
「じゃー、オレと付き合ってよ」
「止めとけ。ガキの甲斐性じゃムリだ」
「ガキだけど、ボンゴレ雨の守護者だぜ?」
それはイタリアンマフィアの世界にあって堂々とした地位。弱小ファミリーのボスなど足元にも寄れない権威と実権を備えている。
「……こんな甘ったれのガキは嫌だ」
銀色の美形はそう言ったが、言葉と裏腹に仕草はそのガキを、可愛くてむたまらないと告げている。前戯の指先を積極的に受け入れて、とろり、甘い蜜を分泌する。
「あ……」
敏感な先端を弄られて思わず漏らした声。呼吸はそろそろ浅くせわしくなっている。目の前のまだ成長途中にある肩に思わずしがみ付くと、ぶるり、その肩の持ち主が胴奮いしたのが分かった。
「ん、ッ……、ぅ……」
熱っぽい息を吐きながら、抱かれるセックスに慣れた銀色が腰を浮かす。つるんとした肌と薄い腰骨、狭間で芽吹いた蕊を擦り付けるようにされて。
「アンタ、って」
若いオスが、もつ筈もなかった。
「ゆ」
「けっこう」
「ゆ、っくり、な……。な?」
不安そうに自分を見上げる銀色の表情を、欲望に霞んだ視界の中、月明かりだけで、でも、雨の守護者ははっきりと見た。普段はキツイ目つきが淡く揺れてひどく若く見える。幼い、といっていいくらい。いっそ可憐なくらい。
「ムチャすん、な、よぉ……?」
「なぁ、どっち?」
「あ、ぁ、あ……。あ、っち……。ぁ……」
「ワリィの、それとも、ホントは、さ」
「ん……っ!」
「もしか、して」
「ヒ……ッ」
若いオスの楔が捻じ込まれる。齢若さに似合わず優しい愛撫を、けっこう気長に与えていた裏側で興奮しきっていたことを証明する質量。先端を押し込まれただけで細いカラダは慄き、反射的に逃れようとする。それをこちらも、反射で捕らえて押さえつけた。
「あ……、ぁ……」
ガクガク、口もきけずに震える様子に若い男は困ってしまって、それが慰めになるのかどうかも分からぬまま、頬を擦り寄せた。
「す、き」
精一杯の努力でそれだけ、唇から搾り出した。言葉を紡ぐのに多大な努力が必要だった。ケダモノになりかけている身では。
「ん……、ン」
屈んだオスの動きにビクッと、跳ねたオンナのしなやかな手応え。内部に包まれたオスの先端もクニクニとした感触と熱にとろかされそう。
「……うん」
ごくり、とオスは、生唾を飲み込んで、そして。
ヒトの理性を放棄した。