「へぇー」

 黙って大人しく、二人の会話を聞いていた獄寺がにやにや、面白そうに笑う。

「三階に上がる階段が部屋にあるのかー。ふぅーん」

 それがどういうことなのかは分かりきっている。偉い人間は上階に住むものだからつまり、ザンザスの部屋と繋がっていた、ということ。

「ケッコー仲良くしてたんだなぁ。外から見てたカンジじゃもっと、アンタ、苛められてたのかと思ってたぜ」

「うるせぇ、ほっとけぇ」

「お部屋にベッドは客間から運ばせているの。案内するところは色々あるけれど、最初にボスにご挨拶に行きましょうか」

「よろしくー」

 獄寺は度胸がある。毒蛇の巣穴に差し出された身の上を全く気にせず、導かれるまま、奥へと歩いている。必要以上に周囲を見ないよう意識しているが、たまにチラッと、見張り台や詰め所の方角を確認する視線は鋭い。

「ボス、日本支部から、獄寺クンが遊びに来てくれました」

 砦の居館の散会にあるボスの部屋へ招き入れられる。

「どーもー」

 かなりいい加減に挨拶をした。珍しくネクタイを締めて来客を迎えたザンザスは、世話になるぜと告げたボンゴレ十代目嵐の守護者に向かって頷く。シンプルな意思表示だが、仕草ひとつでもこの男の場合、しただけ歓迎といえなくもない。

「んじゃーな、オレぁ帰るけどよ、くれぐれも、こいつのこと丁寧に扱ってくれよぉー」

 久々の再会と久々のヴァリアー本拠地への来訪という、気を緩めれば感傷的になってしまいそうなのを銀色のオンナはぐっと我慢する。対面を短く切り上げてボロが出ないうちに帰ろうとする。懐かしさに切なくなっていることを悟られないうちに。ヴァリアーの制服姿の昔の男が、眩しいくらいハンサムに見えて息苦しいほどだということを隠して。

「てめぇは、出てくるのか?」

 銀色のオンナの気持ちを少しも察せず平静な声で、ヴァリアーのザンザスは、さっさと背中を向けようとする銀色に声を掛けた。

「当たり前だろぉ。オレぁ主力だぜぇー」

 ジェッソの謎の本拠地の在り処ヴァリアーが掴んだ。急襲を、最初はヴァリアーだけで遂行するつもりだったが、相手がファミリー全体の敵なので一応、ボンゴレ十代目である沢田綱吉に通達した。沢田綱吉は日本支部メンバーを含んでの同行を申し入れ、数度の折衝の後、その協力は受け入れられたのだった。

「ここに居ていいぞ」

@Aー?なぁに言ってやがるぅー!」

 吠える銀色の剣幕に怯みもせず。

「ジェッソの巣穴はこの世じゃねぇ」

 極秘情報を男は喋った。ボンゴレを挙げて捜索しても見つからなかった『敵』の本拠地の在り処をヴァリアーは掴んだが、その内容まではまだ、沢田綱吉にも知らせていないのに。

「だからぁ、ナンだぁー?」

 復讐者(ヴィンディチェ)の牢獄に代表される異界じみた空間を、知らないでもない銀色は怯まない。

「そいつと一緒にここに居てもいい」

 同じ言葉を男は繰り返した。つまり来るなと言っている。

「バカ言うんじゃねぇぞぉーっ!」

 銀色のオンナは断固とした拒否。戦場に来るなと言われ戦力外通知を受ける筋合いはないと、剣帝の自尊心に賭けて自己主張する。

「……そうか」

 三度は告げずに男は黙る。椅子に座りなおした男に、それじゃあと一同は辞去した。

「なぁ」

 にやにや、獄寺は銀色に笑う。

「なんだぁ?」

「あんたのモトカレ、すっげーハンサムだよなぁ?」

「知らなかったのかよ?」

 ふん、と鼻の先で銀色は笑う。生意気なガキが自分をからかおうとするのには負けなかった。けれど心の中に風が吹いて柔らかな場所が揺れてしまうのは、防ぎようがなかった。

 長い時間を一緒に過ごしてきた。相手のことをよく知っているつもりだった。けれども語彙を一つ、理解していなかったかもしれない。いいぞ、と言われた。居てもいい、と。

 普通の人間にとっては消極的な許可。まぁいいだろう、という程度の容認。でももしかして、あの男にとっては積極的な提案だったのだろうか?

 連れて戻ってきてもいいと言われて、その言い方をなじったことがあったのを思い出してしまう。分かってやれずにひどいことをしてしまったのだろうか。

「ボスはスクちゃんのことを好きだから」

 危ない場所には連れて行きたくないんでしょう、と、続けようとしたオカマは。

「なぁに言ってんだぁ、イマサラぁ」

 まだ少年だったゆりかごの頃から戦場ではあの男の脇を固めてきた。それが誇りで、生きる意味でさえあった。今更、危ないから来るなといわれるのは不本意。

「いまさらでもよ」

 愛していたのは昔からでも色々と変わった。自分の子供の母親になった銀色のオンナを、過酷な戦場には連れて行きたくないと、考えている男の気持ちがオカマには分かる気がする。

「あなたに生きてて欲しいのよ」

 それだけは分かってやって欲しくてオカマはしつこく言葉を添えるけれど。

「いまさらだなぁ、ぜんぶ」

 覚悟のいい銀色のオンナは、自身の気持ちの揺れを含めてそう評した。

 

 

 

 奇襲をかけ、あわよくばトップの首を狙う。

それが無理でもジェッソの本拠地を破壊して最大限の被害を与え戦力を削ぐ。

襲撃の目的はシンプルで、時間もそうかからない筈だった。食料や水の携帯もせいぜい、二・三日分といったところ。

なのに、帰ってきたのは、三ヶ月も経ってからで。

「……よぉ」

 ただいま、と、薄汚れた服のままヴァリアーに、留守をまもってくれていた獄寺を迎えに来た山本武は随分と痩せていた。

「おかえり」

「うん。遅くなってごめんな」

「おぅ」

 詳しいことをその場では、獄寺は尋ねなかった。若い男の抱擁を受け唇にキスをされても大人しくしていた。埃と汗の匂いがかすかに鼻先を漂う。学生時代に嗅いだ覚えのある懐かしい感触。

 思わず、腕を上げて、ぎゅっと抱き返した。

「あのさ」

「なんだぁ?」

「ごめん」

「なにがぁー」

「オレ、行かなくちゃ、なのな」

「何処にだよ」

 かなりボロッとなって帰ってきたばかりなのに?

「スクアーロのこと探しに」

「あぁー?」

「置いてきちまったんだ」

 あぁ、だからかと、獄寺は納得した。帰ってきたのに嬉しそうではなく再会に笑顔もなかったのはだからか、と。

「おぅ、行って来い」

 ポンポン、背中を叩いて、獄寺は若い男を送り出す。

「うん、ごめん」

「頑張って来いよ」

「うん」

「要るモノがあったら連絡しろ」

「うん」

「タケル元気だって言っといてくれ」

「うん」