若者は片手をひらひらさせて山崎を見送った。挨拶代わりに裏門の前でブレーキランプを三度、点滅させて山崎は車を出す。
車は静かに休日の江戸の町を走る。下町へ向っていた。
ごちゃごちゃした細い通りには不似合いな高級車が、停まったのは一軒のスナックの前。
「……なに?」
「降りてください。後ろの荷物持って」
「オレが持ってくの?」
「そうです。他に置き場がない」
しらっとした表情で山崎は隣の、白髪の旦那を眺める。
「俺は始末は、もう勘弁です。前に片付けた土方さんと旦那の家の荷物、土方さんの実家に送れば事態がバレちまうし、隊にもって帰ったら隊士にバレちまうし、どうするわけにもいかなくって沖田さんと二人、山行って崖から捨てました。もうあんなのはゴメンなんですよ」
記憶が痛い。不法投棄した夜間。服やカーテンを捨てながらまるで持ち主の生身を投げ捨てている気になった。月夜で、箱が転がり落ちて行く音が切ないから中身を取り出して捨てれば、今度は白の小袖が長々と月光と風を受けながら谷を漂う。ゆっくり止みに沈んだ瞬間は追いかけたくなった。またそんな思いをするのがイヤで、沖田はどう誘っても、今日は来なかった。
「旦那は、土方さんが羨ましかったんですよね?」
ハンドルに肘をかけ、カラダを捩りながら向き直った山崎にそう話しかけられ、万事屋は苦笑。
「いいよ、なんでも罵りなよ。真撰組の方々にはなに言われたってしょーがないよ」
「嫉妬して裏切ったでしょう。羨ましかったんでしょう、土方さんが持ってる家族とか仕事とか仲間とかが。……俺はそんなタイプじゃないと思ってられますね。でもホントはムカついて、だから土方さんを売ったんでしょ?」
「山崎君」
「ヒトはヒト、自分は自分。旦那は隣人と自分の境遇を比べるタイプじゃない。でも土方さんが自分より恵まれてんのには原がたった、どうして?答えは簡単、夫ってのは女房が自分よりチヤホヤされんのが、ガマン出来ないらしいから」
「……」
「ってのが、オレの結論です。で、目の前の人は『元も子もない』の見本みたいだと思ってます」
「……」
「降りてください。トランク開けますから、箱とってください。お達者で」
「トシから連絡あったらさ」
「旦那にはお知らせしませんよ」
「……仕方ないね」
珍しく大人しく、白髪頭の万事屋は車から降り、山崎が開けたトランクからダンボールを二つ下ろす。バックミラーで作業を見守っていた山崎がそっと、左手でギアを握りこんだ。バックにいれてアクセルを踏めば、怪我くらいはするだろう。
でもしなかった。服の入った軽い箱を持つ背中が万事屋の中に消えるのを待って、そして。
「もしもし、俺です。とり戻してきましたよ、刀と手紙」
電話を掛ける。仕事用ではない私的な携帯で。
「届けに行っていいですか、今から。……分かってます。土方さんが嫌がることはしません」
あんな男を、そんなに好きだったの。
「ご存知でしょう、俺はこの世で二番目にあんたに優しい男です」
もう、誰ともセックスはしたくないんだけどいいか、なんて。
あの口からそんな台詞が出ることがあるなんて。
「一緒に何か欲しいものありませんか?買ってきますよ?」
いっそもう、オレのオンナになっちゃえばいいのに。
灰になるまで、尽くすのに。