武門の男同士ではよくあること。元服前の仲間同士の悪ふざけは本当によくあること。その味を忘れないまま成人しても両刀の男も多いけれど、それも大した醜聞にはならない。

あまりにも露骨な『恋人』がいる場合は結婚に差し支えることはないでもない。けれど、手をつけた侍女との間に既に私生児が、などという行儀の悪い真似よりはよほどマシだと、嫁方も考えるのが常。

 だから大した罪悪感もなく手を伸ばした。どんな風なんだろうという好奇心は前々からあった。ほんの十四で、まだ若葉の頃。セックスなんざ殺人と同じような、一人前になる為の通過儀礼に過ぎないと思っていた。

 伸ばされた側は少しだけ驚いた。でも大して抵抗なく、体験してみるかよ、くらいのノリで易々と応じた。筆おろしを、抱き方を、教えてやるのは年上の義務、のような習慣が田舎は確かにあった。

ごく軽い気持ちだった。バチアタリな話だ。でも若かったから、自分たちが何をしているのか分かっていなくて、何も怖くなかった。ヤったらムチャクチャに気持ちがよくて少年はクセになった。ヤられた方も、生意気で小癪な天才児が一途に欲しがるザマが面白くて、手乗りの雛に餌を与えるような気軽さで好きなだけ好きなように、させた。

 総髪時代の二枚目は地元で実にもてていて、複数存在した別の遊び相手からのクレームは何度もあった。けれど風きり羽根の生え揃う前とはいえ鳳凰の雛に田舎のチンピラが敵うはずも無くて、道場の門もくぐらないうちに沖田総悟に返り討ちにあった。

 そんな風に、ある意味で執着されるのは愉快で面白かった。こそこそ情を交わしていることを、仲間たちは気がついていたけれど知らぬふりをしてくれた。それが礼儀だったからだ。ある程度までは。

 頭のいい二枚目は許容される『程度』を超えることはなかった。幼い雛をずいぶん可愛がっていたけれど、江戸へ出て幕府の嘱託組織となる過程で関係を解消した。別れ話は一方通達で、少年だった沖田は納得できた訳ではなかった。

「やっほー、沖田クン。こんちはー」

 その時も、今も。

「ちょーどいいや。あのさぁ、ちょっと、頼みがあんだけど」

 馴染みの団子屋の奥、人目につきにくい席で仕事をさぼって昼寝のフリをしながら考え事をしていたら、ちょうど考えていた相手に見つかってしまった。

「へいー」

 被っていた緋毛氈を外して起き上がる仕草に、万事屋のオトコがちょっと見惚れたのを感じた。人間そんなことには気づく。寝乱れた髪を片手でざっと撫でつける。さらさらの茶髪は指先で軽く梳けばそれだけで格好良く整う。

「まー、やだねこのコは、直毛でニクイねー」

「羨ましいンですかい?おぉーい、団子と茶ぁ、二人分、頼む」

「羨ましいに決まってるダロコンチクショウ。沖田クンはぁ、朝、ドライヤーなしで人と会えないとか考えらんないデショ」

「ヤローがドライヤー持ってるってことからして理解できませんねェ」

「えぇー、持ってるモンでしょフツー」

「オレぁ持ってませんぜ。物心ついてからこっち、使ったこともありやせん。タオルで拭いたら、あとは自然乾燥でさぁ」

「ああもー、憎いなぁー」

「さいですかぃ。ま、団子でも食って落ち着いてくだせぇ」

「奢ってくれんの?ありがとー」

 甘党の万事屋は饗応の申し出を素直に受けた。漉し餡とみたらしとずんだという三色の団子の串が皿に載って、寿司屋の湯のみにたっぷりの茶と運ばれてくる。

辻に位置するこの茶屋は人の行き来を見張るのに適していて主人はもと幕府の息がかっている忍びのもの。沖田がよくそこで昼寝しているのは、もちろん単にさぼっているのだが、一割くらいは仕事の時もある。

「あー美味しい。美味しいねぇ、銀さんクリームも好きだけど小豆もダイスキだよー」

 はむ、はむという感じて片頬を膨らませ、団子をもぐもぐ、租借している万事屋をじっと、若者は眺めた。

「んー?なに?」

「頼みってのは、ナンですかィ?」

「ああ、うん。大したことじゃないんだけど」

 ごそごそ、袂を探って、取り出されたのはちょっと皺になった封筒。何日も袂の中で出番を待って、待機していたと知れた。

「これ、オタクのフクチョーさんに渡しといてくれる?」

「中身なんなのか利いても構いませんかい?」

「見てもいいよ、領収証。この前、お仕事の代金を持ってきてくれたとき、オレが居なかったから」

 へらっ、と笑った万事屋の目の前で、失礼しますと断って起きた総悟は封筒の中を引き出した。封はされていない。確かにそれは領収証。万事屋の屋号と代表者である坂田銀時の署名がある。

「お預かりします」

「ヨロシクー」

「美味かったですか?」

「うん、おごちそうさまー」

「団子じゃありませんぜ」

「うん?」

「あの人、美味かったでしょう」

「……」

 機嫌よくニコニコ笑っていた万事屋が、しずかに、ゆっくり、表情をさましていく。

「オレの仕込みです」

「……」

「二年前、までですが、他の男の手はついてない筈です」

「沖田クン」

「そういう約束で別れましたから。俺に不満があるんでも嫌いになったんでもないって。そっちの遊びはもう止めるから、って」

「それ、ホント?」

「そんなふーに言われちまうと、オレはナンにも言えなくて、あの人のユートーリになりましたねぇ。今よりもっとガキだったし、今もそうだけどバカだったし。遊びじゃないって一応は言ってみましたが、笑われてオワリでした」

 淡々と、少しだけ寂しそうに、昔のことを話す横顔に虚偽は見当たらなかった。

「……マジかよ……」

 正直な驚きに男が漏らした声はうめきに近い。

「マジでさぁ」

 ニカッと、笑う沖田は実に可愛い。顔はものすごく可愛い。中身を知っていても尚、とても可愛らしい。

「逆じゃなくってかい?」

 年齢容姿から推測される関係に一抹の希望を見出そうとした万事屋の質問は。

「オレのオンナでしたよ」

 あっさり、はっきり、きっぱりと切れ落とされてしまう。

「わーぉ」

「まぁそれは、昔の話なんですが」

「銀さんびっくり。ウッソー、って、キモチー」

「ダンナのお陰で夕べ、久々の夢を見まして」

「……オイ」

「口直しってヤツで。おかげですっげー、眠たくて」

「沖田クン、いま、ナンテッタ?」

「まぁそれも、自業自得なんですがねぇ」

「いまなんて言ったかって聞いてンだよ?」

「確かにちょっと頑張りすぎたんですが、終わってぐーぐー、寝ちまって、仕事の続きを代わってもらったのは、オトコとしてムチャクチャ情けなくって、今朝からちょっと落ち込み中です」

「……、あのさ」

 万事屋の声が低く掠れる。血の色をした瞳の奥が底光するのを、怖じずに、睨みつけられた沖田はじっと見つめて。

「ダンナがマジで何よりです」

 しらっとした顔のまま、言った。

「……キミね……」

 こんな、ガキに、カマを。

 かけられたことに気がついて臍を噛んでももう、遅い。

「けど土方さんは酔い紛れの事故だって」

「……そーかよ」

「だから相手に迷惑かけられないからって、それがダレなのは教えてくれなかったんですけど」

「けど、ナンだよ」

「旦那かザキだって、分かってやした」

「あー、そーですか。ふーん」

「口直しってのはウソですけど、オレを最後のオトコにするって約束で別れたのはホントです。だから夕べ、上書きしたのも、オレにとっては正当な行為でさぁー」

「あーそーですか。好きにすりゃいいだろ」

「でもナンか、すんげぇ辛くなって。いえ愉しかったんですけど最中は。けど、その後が」

「ごちそうさま。じゃあね」

「こんなに好きな人となんで別れたんだろうって思って、やめたのは間違いでしたって何べんも言ったのに、朝になったら全部なかったことにされて、そんなことあったかって顔で、しらっとされると、スッゲー切ない、ですねェ」

 席を立とうとする男をじっと見つめたまま、テーブルにひじを付いた行儀の悪い姿勢で、さらさら茶髪の沖田総悟は淡々と喋る。

「遊びじゃないってことはどーすりゃ伝わるんでしょうか。教えてくだせぇよ、旦那」

「……なんでオレに聞くの」

「教えてくれそーな気がして」