二枚目は山崎の意見を素直に受け入れた。つまらないことに拘るのは止めて、白髪頭の万事屋とそれ以上、会おうとするのは止めておいた。

「土方さん、コレ」

 留守番のガキに渡した金額の領収証は総悟が持たされて帰ってきた。

「……会ったのか」

 領収証を受け取りながら胡散臭そうに沖田を見る。

「へい」

「会いに行ったのか」

「いえ。街で偶然」

「てめぇ余計なこと喋ってねぇだろぅな」

「まぁ、色々」

「いろいろナンだ。おいっ、総悟ッ」

 襟首掴んで引き寄せたガキに、間近でまじまじと顔を見つめられて。

「あんた罪作りですねェ」

 諭すようにそう言われてしまう。

「ダンナの方は酔い紛れでも、出会いがしらの事故でもなさそーでしたぜぃ?」

「ンなこたぁ、ねぇ」

「あるよ。ダンナはマジだって。あんたのこと好きなんだって」

「そりゃあ後だしジャンケンだ」

「へい?」

「事故った後で気に入って、そーゆーコトを言ってやがる」

「いけませんですかい?」

「いけなかねぇが、それでオレに責任とれってのは筋違いだ」

「オトコ、ですから」

「ですから、なんだ」

「しょーがねーんじゃないですかねぇソレは。セックスが気に入ったから惚れちまいましたってのは、正々堂々、立派な恋じゃありやせんか?」

「気色の悪いことを言うな」

「ダンナにねぇ、オレぁすっげぇ、睨まれちまいました」

「オマエが余計なこと言ったんだろ」

「土方さん」

「なんだ」

「オレと付き合ってくだせぇ」

 夕べ散々繰り返した言葉を。

「ばぁか」

 夜中と同じ返事で拒まれる。

「オレみたいな若くてピチピチの極上がモノになってやるって言ってんのにアンタ、ナニが不満なんでぃ」

「自分で言うな」

「オレのこと可愛くてしょーがねーのに、無理しなくってもいいですぜぃ?」

「そーゆーのはもう、やめるってなんべん言わせる気だ、総悟」

「ンなタワゴトじゃ逃げられないって分かってくれるまで、ですかねぇ。手抜きの逃げ口上繰り返すんじゃねェよ」

「マジだぜ、心の底からだ。オレを幾つと思ってる。恥かかせるんじゃねぇ」

「次にソレ言ったら、オレがどんだけ気持ちよかったかスピーカーで屯所中を喋って回りますぜ」

「総悟」

「脅しじゃあねぇよ」

 それは分かっている。このガキはいつでも真剣、馬鹿馬鹿しいくらい本気。

「ンな辛そうな顔されっとナンか、オレが苛めたみてぇ」

「苛められてるぜクソッタレ」

「チューしてやっから元気だせや、ヒジカタぁ」

「ンなことしされたら舌噛むぜマジで」

「自分の舌を?アンタさぁ、もうそんなに、一人で抱え込まなくったっていいんですぜ?」

 わりと真面目に、沖田はそんなことを言った。

「あの頃ほどは、オレもうガキじゃねぇし。今からスタートならアンタだけが悪者にならなくっても済むんじゃないですかい?」

「あー、ガキの頃のオマエ、可愛かったなぁ、ツラは」

「今でも可愛いですぜツラは」

「中身はサドが星の王子様だけどなぁー」

「それで女は大抵ヒくんでさぁ。たまーにヒかねぇのも居るけど。そーゆーのははいいメス奴隷になりやす」

「なんだその二択。女にゃ人権はないってか」

「安心してくだせぇ、男にもありやせん」

「まったく安心できねーよ。何処でこう歪んだかな」

 それも自分のせいかと、二枚目が悔いているのが伝わってきて。

「会ったときにはもう歪んでただろうが。忘れてンじゃねーよ」

 そんな言い方で、若い沖田はアンタのせいじゃないよと慰める。そんな微妙な優しさを、分かってやれればこのサディストは、酷いばかりでもない。

「セックス嫌ならキヨラカな関係からでいーですぜ?」

「ヤルこた全部、とっくにヤっちまってんのにか?馬鹿らしいじゃねぇか」

「つまり、オレとかダンナとかの、行儀が悪ぃのはマトモに相手にしねーってコトですかィ?」

「悪意に解釈するんじゃねぇよ」

「山崎みてぇに、行儀がいいのが、いいの?」

「なんでそこにザキが出てくる」

「気になるンでさぁ。アンタが珍しくお気に入りでそばに置いてるから。オレも最初にあんなふーにお行儀よく、アンタに尽くして好きって伝えねーと、信じてもらえねーんですかねェ」

「想像も出来ねえことを言うな」

 生意気を形にしたようなガキだったくせに。

「オレねぇ、やっぱ、アンタのこと好きみたいなんでさぁ」

 畳にそっと、若い剣士は膝をつく。ずいっと距離を詰めても

二枚目の副長は避けようとはしない。

「ケッコンしてくだせぇよヒジカタさん」

 睫毛が触れそうな近さで真剣に言った。

「おいおい」

「死ぬまで、他のダレとも、ヤらなきゃ信じてくれますか?」

「万事屋にナンか言われたのか?」

 二枚目の副長は我慢強くて、そして優しかった。

「別に、ナニも。ただ」

「うん?」

「あのダンナが執着するぐらい、やっぱりアンタは、いいオンナなんだなって、思って」

「なあ、総悟」

「他に手ぇ伸ばす気になれねぇ理由が、やっと分かりました」

「オレもちょっと考えたんだけどな」

「あんたのこと好きみたいなんです」

 若い沖田のそんな言い方に、真撰組の副長は笑ってしまった。自分のコトなのによく分からず、事実を伝えて判断を委ねる素直さが子供の頃を思い出させたから。頭痛いみたいなんです、腹が痛いみたいなんです、湿疹が出てるみたいなんです、しらっとした顔でテテテと歩いてきて伝えることがあった。そういう時は大抵、一大事だった。

「遊びに来ても、いいぜ」

 そうして更なる一大事を、二枚目は、視界の限界を超えるほど近づいた若い沖田に告げる。

「へい?」

「夜中に遊びに来てもいい。たまーにな」

「……はい?」

「人にみつかるなよ」

「なんで?」

「無理な抑圧は逆効果たからだ」

「なに言われてんのかよく分かりません」

「馬鹿に我慢は身体に悪い」

「はきはき答えンなィ……」

「ザキに見つかるなよ」

「うんって言ったら話が終わると思ってンじゃないでしょーね」

「テメェに空手形きる度胸はさすがのオレにもねぇ」

「そうじゃ、なくて」

 口先で誤魔化されようとしているとはさすがに沖田も思わない。けれどカラダでセックスで求愛を曖昧に済まされようとしていることははっきりと感じた。

「ヒジカタさん」

「なんだ?」

「ぎゅうって、してください」

 誤魔化されると分かっていても目の前に釣り下げられた罠は甘くて、拒むことはとても出来ないけれど。

「ぎゅうー、って」

 自分がしたら嫌がられる、けじめをつけろと怒られることは分かっていたから敢えて、目の前の相手に要求した。

「してください」

「……」

 あきれ果てた様子で、でも、二枚目の副長は目の前の肩を抱いてぎゅっと抱きしめてやった。

「夕方からの勤務、オレが代わります」

 昨日の深夜から連続で働いている激務の上司にそんなことを言ってみた。

「おぅ」

「色々困らせて、ごめんなさい」

「いきなり素直になんな。キモチ悪ィ」

 憎らしい台詞とは裏腹に、抱いた腕からほっとした様子が伝わってくる。要するにこの人はオレが苦しんでいるのに耐えられないんだと、抱きしめられた沖田に悟らせる。

「んじゃ、夕方まで、昼ねしてますんで」

「おぅ」

 腕を解かれた沖田は縁側から出て行く。文机の上から煙草の箱を手にした二枚目が、一本咥えて火を点けて、ふーっと煙を美味そうに吐き出した、瞬間。

「オレが聞いてんの分かってて、なんでオレに気づかれるなとか言いますかね、このヒトは」

 すーっと奥のふすまが開き、控えの間に詰めていた腹心の監察が現れる。

「アイツはイマイチ、身内に警戒が甘ぇ」

 その監察の質問に副長はてきぱきと答えた。背中を向けたまま、紫煙をくゆらしつつ。

「気づかれるなって総悟に言うより、気づくなってお前に言っとく方が確実だ」