後悔・18
辛うじて乱暴ではなかったけれど、それだけ。
無我夢中で貪り食らうような一度目。
二度目はシーツに這わせた姿勢を引き起こして膝に座らせ、胸元や狭間を獄寺にも味あわせてやりながら、それでもかなり強引に、抱いたというより犯した。
「ん……、っ、ン……ッ」
オンナは弱かった。愛撫されると感嘆に感じて喘いで鳴き声を漏らしながら泣いた。唇を震わせながらぽろっと、涙を零された時には、あんまりな姿にどうしてやろうかコイツと男『たち』は思った。
娼婦の凄腕とは異質の蠱惑だ。娼婦たちは自分自身の芯は冷静なまま男を愉しませようとする。そういう意味でこのオンナは娼婦にはなれないだろう。自分が先に快楽に崩れて夢中になって、たぶんもう正気を保っていない。
「ん……、っ、ぁ……」
証拠におかしな仕草をした。自分の胸に顔を寄せて、お気に入りの乳首を舐めしゃぶる獄寺早との頭に腕を廻した。生身の右腕を下に、冷たい金属の義手が直には触れないようにして、ぎゅ、っと。
獄寺の頭を抱きしめ、自分の懐に、押し付けるように。
「……、へへっ」
されて獄寺がくすくすと笑う。吸い付いた左側に軽く歯をたてると、あぁっと一層、甲高い声を漏らして背中を仰け反らす。浮き上がろうとした腰を山本が指先を腰骨に埋めんばかりに強く握ってさせなかった。逆に引き寄せられる。にちゅっという粘液を介在にして粘膜の擦れ合う隠微な音がオンナの嬌声に紛れて聞こえた。
「あ……、っ、ふ、ぅ……、あぁ……」
可愛いオンナをかわいがってやりたくて、胸を舐めながら狭間の蕊と袋を掌で、獄寺は転がしてやった。鳴き声にいっそう色がつく。山本が揺らすリズムにさりげなく合わせる。細いカラダを捩って、ガクガク全身を震わせて、オンナが発情に揺れている。それが素晴らしく愉しい。粘膜を擦って得られる肉体的な刺激だけではない。オスの本能を揺さぶる堪能という満足の甘さ。
「ん……ッ」
二人がかりで愛された可愛いオンナは可哀想なくらい熟れて開いた。受粉のために雌しべはとろとろ、粘液を溢れさせる。山本武が息をついた。もたない、と、伏せた目と寄せられた男らしい眉の間の皺が物語っている。
「……」
それに、思わず、背伸びして。
「え……?」
獄寺はくちづけを、した。無意識だった。キスも、驚いて目をパッと開いた山本に笑いかけたのも。可愛かったからだ。抱いたカラダに夢中になって一生懸命に、腰を動かす男の必死な一途さが獄寺の気持ちの柔らかな場所を擽った。
「……、ッ!」
山本は何かを言おうとした。でも興奮しきった、長く噛み締めていた口はうまく動かなかった。結局、カラダで強引にそれを伝えてきた。腕に抱いている銀色の鮫ごと、その前面に座り込んでいた獄寺を押し倒して、重ねた二人を密着させて、上のオンナを揺らすことで下になった獄寺までも抱こうとする。
「おいおいー、手抜きだぜー、重いー」
文句を言いながら、でも獄寺は明るく笑った。悪い気分ではなかった。銀色の美形は攻め立てられ突き飛ばされながらも無意識に受身をとり、シーツに肘をついたからその隙間があいて、そこに獄寺は嵌り込んでいたから本当はそう重たくもなかった。
狭間が銀色の美形の濡れそぼったソレといい具合に重なって、泣きじゃくっているオンナが突き上げられるたびに蠢いてひくついて気持ちがいい。そしてばら、っと、オンナの長い髪の毛が獄寺を覆うように落ちてきた、瞬間。
獄寺隼人は目を閉じた。幸福に酔いながら。幼い頃の記憶が蘇る。こんな風に長い髪に覆われたことがあった。ぼんやりとしかおぼえていない母親に抱きしめられた時の、記憶と言うよりも感覚。確かに、こんな風だった。
「いいから」
何を自分が口走っているか獄寺には自覚がない。けれど手は的確に動いてシーツについたオンナの肘を払う。ちょうど背後の山本が深く腰をいれたところで、細い声を漏らしながらオンナは、ずるっと、シーツの上で手を滑らせて上体ごと獄寺に崩れてくる。
「うん」
受け止め、抱きしめようとしたが山本の腕ががっちり、オンナの背中を自分の胸に抱き寄せているせいで隙間がない。仕方がなく胸元に両手を押し当てる。もう馴染みきった突起が指先に触れる。充血して、凝ってプクンと根元から勃って、撫でてやると漏れる細い声を、うっとり聞きながら。
「……、ひん、ぃ、ヒュ……」
オンナの背後で男が盛り上がっている。最後に向かってガンガン打ち付けている腰に動きが、しなやかな肢体ごしだといい具合に中和されて心地よかった。とろとろ蜜を零す蕊に自分のも押し付けて、肌理の細かな肌に顔を押し付けて触り心地を堪能。
「う……、ぁ……、ッ」
そうしてうまれてはじめての、嫌悪感のない、幸福な吐情を味わう。
二度目に果てた後でようやく、男はまともに口を開く。
「……、すげ……」
囁かれる銀色の鮫は返事を出来なかった。しゃぶられながら犯されたのは初体験で、たまらず透明な鳴き声を上げ続け喉がかれていた。余韻にびくびく、震わせ続けている背中を男に抱きしめられうなじに唇を押し当てられる。噛みたい衝動を男は我慢していた。奥歯をぐっと噛み締めて。
誰にでもそうしたいと思う訳ではない。娼婦にはそんな真似をしたこともしようとしたこともない。ただ、好きな肌には痕を残したくなる。自分が触れたというしるしを。
「すけぇよ、スクアーロ。……すげ……」
山本武の語彙は少ない。でも感嘆は本物。表情と情熱が表現力の不足を補う。カラダはまだ繋がったまま、吐き出して固さを失った蛇をさえ、くにゅんと包んで離さない。素晴らしい弾力と柔軟さのあわさったカラダだった。
「締まるし、撓むし……。すげぇ……」
このスタイルと身体能力でゆるい筈はないし、あのザンザスに気に入られドン・キャバッローネを夢中にさせているオンナが情の深い、蜜の甘い性質でない訳がなかったけれど。
「すっげー、キモチよかった……」
「……どーかん……」
男に抱きつかれるオンナのカラダの下から抜け出しながら獄寺隼人が呟く。ベッドから降りて、脱いだ下着で股間を拭い、裸のまま煙草に手を伸ばして火を点ける。すーっと胸に吸い込む煙はいつもより何倍も美味い。
「……」
背中に、というよりもやや下の尻に、獄寺は視線を感じたが無視。山本がベッドからじっとり自分を眺めていることを承知で部屋を横切り、奥のクローゼットへ。扉をあけてすぐの横手に畳まれているバスローブを手に取り、纏っても一着を、銀色の美形に着せてやろうとしたのだが。
「……、や……、め……、ッ」
ベッドの上はそれでころではなかった。
「い、ってぇんだよもぉ……、イヤだッ」
オンナもやっと正気づいたらしい。カラダを一旦は外して、今度は正面から自分を抱こうとする男の肩を押し返し、離れようとする。力の入らない姿勢と、ガツンガツン揺らされた後の手足では無駄な抵抗だったけれど。
「サルか、てめぇッ、ヤ……ッ」
オンナがかぶりを振るたびに見事な銀髪がぱさぱさと跳ねる。光を弾くその動きに獄寺は目を細めたが、邪魔はしないでおいた。
山本にとってこれは数年越しの恋。最後くらいは二人きりにさせてやるつもりでベッドから少し距離を置いて、椅子に腰掛け煙草を吸う。視線はもちろんどうしても、素晴らしいショーに向いてしまうけれど。
「マジ、ヤメロ……、ムリ……」
組み敷かれて膝を拡げられて、男に圧し掛かられて、力では抵抗できないことを察した銀色は拒絶から哀願に声の色を変える。やるなぁと思いながら獄寺は聞いていた。
少女みたいな肌をして、セックスの反応は敏感で初々しくさえあった。けれど男に抱かれることに慣れている銀色は、男に向かってオンナの口を利くことにも馴染んでいる。自分がどうしても上手くできないことごく自然にやってのける様子をじっと、先達に学ぶキモチで獄寺は見ている。
「擦れて、もぉ、いてぇんだ……。な、カンベン……。オマエも、もぉ、ヤってもたぶん、ヨくねぇよぉ……」
んー、と、男は労わるように肌を寄せる。汗で湿って輝くように白い細腰を抱き寄せながら。
「も一回だけ。あんたの顔、見ながら抱きたいのな」
下手に出ながら、でも思い通りにするつもり。
「ヤメロぉ……、イゃ……」
「だいじょーぶ、ほら、俺もうフニャってっから痛くねーよ。触ってみろよほら。フニャフニャだろ?やわらかいから、大丈夫だから、チカラ抜いて?」
「ひぃッ」
オンナの唇から悲鳴が上がる。そっとする、だからチカラ抜いてくれよ、そんな風に男が宥める。オンナはイヤイヤという風にかぶりを振るが、今夜散々に棲家にされてしまったカラダは大蛇の侵攻を拒みきれず、全身を波うたせながら繋がれてしまう。
「う……、ぇ、うぉ……」
苦しんでいるのは分かる。分かるのだが、上気した目尻からぽろっと、涙を零すのは逆効果だ。男の蛇が鱗を固くしたのだろう。
細い悲鳴を上げていた唇がわななく。
「ん……」
ちゅ、っと、りっぷ音をたててその唇を男が吸った。さっきから背中から抱きしめるばかりでくちづけが出来なかったのが寂しかったらしい。ちゅ、ちゅっとしつこく重ねては吸い上げていく。やがてオンナも根負けして観念し、手首をシーツに押さえつけられながら男のキスに応えて目を閉じた。
「……えへ」
男は本当に嬉しそうだ。オンナが嫌がりながらも真剣な嫌悪ではなく、痛いと言いながらもそれより快楽が上回っているのがミエミエだから安心して抱きしめることが出来る。
「あったけー。きもちいー」
蕩けそうな声で男が呟く。そうしてそっと、ちゃんと今度は、優しく、動くというよりカラダを擦り付ける。掴んでいたオンナの手首を自分の背中に廻して、抱きしめてくれよと伝える。
オンナはもう、疲れてどうでもよかったのかもしれない。促されるまま自分を抱く男の背中に腕を廻してやった。男が喜ぶ。顔をほころばせ、頬をオンナのすべすべしたそれに嬉しそうに擦り付ける。
「……」
獄寺は煙草の煙を吐き出した。嫉妬はあまりなかった。むしろ山本が幸せそうなのを見て安心した。
よかった。
ちゃんと愛情の通い合うセックスをさせてやれてよかった。
外で娼婦を買うたびに荒れていく男がずっと悲しかった。あんなに明るくて健康的だった横顔が荒んでいくのが凄く悲しかった。つまり自分は自覚しているより遥かに、山本武という男に惚れているのだと認識せざるを得ないほど悲しかった。
惚れた男が寂しい感じの男になっていって、嘘笑いをするようになって、そんな顔を自分にも向けられてしまって、いっそこっちが泣き出したいくらい悲しかった。
寂しがらせて飢えさせているのは、自分がベッドの相手を上手に出来ないせいということは分かっていた。いっそ他にも恋人を作ってくれればいいと思っていた。優しい誰かに優しく愛してもらって欲しかった。そして以前のような健やかさを取り戻して欲しかった。苦しめるより、その方がよかった。
「……」
銀色のオンナを、山本は嬉しそうに抱いている。
よかったと繰り返し、獄寺隼人は心から思う。
自分のせいでこの愛しい男まで歪めてしまいたくなかった。自分は仕方がないから。私生児を孕まされ子供を取り上げられた挙句に抹殺されたと思しき士を遂げた母親の、無念を背負ってしまっているから。だから自分がオスであることを愉しめず、オンナとしても役に立たないのは、仕方がないことだと思っていた。
「ん、ん……、っ」
抱きしめられゆっくり刺激され続ける銀色のオンナが喘ぎだす。本当に弱い。その弱さが素人らしくって可愛らしい。おずおずと、男に向かって開かされた膝をそっと、自分から立ててオトコの逞しい腰を挟む。
「……うん」
与える熱をそんな風に喜ばれて。歓迎されて、嬉しくないオトコはこの世に居ないだろう。しかも長年愛していた、極上の美術品のような、オンナに欲しがられて。
「あ、あ……、ぁ……」
盛り上がらないで、いられるわけがなかった。
細い声がまた零れる。今度はでも、さっきまでよりは余裕と言うか、甘さの方が強い。ゆっくり優しく丁寧にされて気持ちがいいのだろう。最後にちゃんとそうやってヨガらせてシメようという山本の、勝負強さに笑いながら獄寺は二本目の煙草に火を点ける。
鳴き交わす番を、可愛いなぁと微笑ましく眺めながら、自分たちの初夜を思い出していた。