焔の錬金術師漫遊記・1(?)

 

 

 年齢はヒミツ、地位もヒミツ。問い詰めれば『私がわたしであるという以上の価値を、君はそれほどに必要としているのかね?』などと訳の分からない台詞を流し目とともに告げて怯ませ逃げるのが得意技の、一応、名前だけは名乗る男・ロイ・マスタングは、今日も新幹線のグリーン車で旅行雑誌のページを捲っていた。

「浅草の揚げ饅頭は美味かったな。蕎麦を食べ損ねたのが残念だ。さて名古屋でひつまぶしを食して、それから大阪で、会津屋のタコヤキとはがくれのうどんを」

「肉、食いましょうよどっかで、にくにくー!」

「わたし、神戸で美味しいお茶をいただきたいです」

「え、ひつまぶしって鰻なンすか?じゃ、それでいーや。うなぎダイスキっス」

「京都でお豆腐も食べたいです」

 お供は金髪の大きな男とヘーゼルの目の美しい女。

「む。次の停車駅の駅弁は美味いらしい。ハボック、買いに行け」

「へいー、って、次の停車時間、二分もないじゃないスか!」

「頑張ってね」

 オンナはしらっと励まし、車内販売のワゴンからコーヒーと雑誌を買った。三人で四人分のボックス席を借り切っている彼らは、とりあえず金銭に不自由はないらしい。

「あれ」

 駅弁の購入に向けて、財布をすぐ取り出せる尻ポケットに入れていた男が声をあげる。列車の速度が、まだ次の駅につく時間ではないのにゆっくりと遅くなって。

「?」

 美しい女が懐に片手を入れながら立ち上がった。事情を聞いてきます、というよりも、先に。

『お客様にご案内申し上げます。この列車は事情により、一時、停車いたしました。お客様にはご迷惑をおかけしますが、お席でお待ちいただけますよう……』

 事情を明確にしない車掌の、緊張した声が響く。

「やれやれ」

「いま何時?あぁ、急がないと、予約している名古屋のお店がしまってしまう」

「ヤですよ、そんなの!もー俺の気分はうなぎなンすから」

「行くぞ」

 旅行案内を置いて奥の窓際から、黒髪の男は立ち上がった。

 

 

「ひかえろひかえろ!ここにおわすお方をどなたと心得る!」

 車内での乱闘。列車ジャックを企んだ集団は床や座席に伸び、黒髪の男は金髪の部下に目もくれず、人質となっていた母子に、うさんくさくも優しい笑顔で手を貸し、助け起こしている。

「おそれ多くも先の大総統、ロイ・マスタング閣下なるぞ!」

 ものはいいようである。

 大総統の地位簒奪には成功したものの、なってみたら面白くなかったのでそれを鋼の錬金術師に丸投げ、いい歳をして『賢者の石を捜す旅』という名目の漫遊旅行中。

「……えぇ、レンタカーの手配をお願いします。大急ぎで、よろしく。……なにやっているの、ジャン」

 現場検証に来た警察に向かって、赤い紋章つきの発火布を掲げていた同僚に、美女は冷たい視線を投げかけた。

「ちょっと、やってみたくって」

「行くわよ、急いで」

「へーい」

 届けられたスポーツカーに乗り込み、名古屋名物・ひつまぶしへ向かう彼らの旅は、続く。