焔の諸国漫遊記・6
北国である。海産物である。寿司である。
座敷を予約していた一行だったが、正座できないゲストが増えたので急遽、カウンター席に変更してもらった。
座り心地のいい椅子に腰掛けて、清潔で爽やか、かつ愛想のいい職人に目の前でお好みのものを握ってもらう。実はナマモノが得意ではない焔の錬金術師と、お寿司だけでは加減が分からなくなる、という狙撃手はお任せ懐石を頼んだが、あとの二人はカウンターにべたづきで色艶のいい魚介に目を血走らせる。
「そのエビ握って。腹が緑色のやつ。え、ボタンエビってゆーの?ピーコック・グリーンの腹は卵?へぇー、きれーだねぇー」
「おっちゃん、俺、イクラ軍艦、三人前ぐらい」
「ツブ貝のナマのやつ」
「大佐が食ってるエゾアワビの水煮、こっちにも」
「カニください。カニスプーンはいいです。歯で砕けます」
「サーモンあまい。すっげぇ」
「キンキお願いしまーす」
「ウニもくださーい」
「イカお願いしまーす」
「ハガシってナンすか?え、大トロをスジにそって剥がしたやつ?うまそー、それも」
「サンマ……?じゃ、ためしに。……、あれ、美味い……」
「俺もサンマー。ついでにさっきのボタンエビもーいっちょう」
「ふぅ、ちょっと一休み。ナンかあったかいもの下さい。タラバ蟹の脚肉と甲羅味噌焼き?いただきまーす」
開店早々の早い時間だったから客は彼らしかおらず、カウンター内には三人の板前が居たが健啖家らの注文にてんてこ舞い。その食べっぷりを眺めながら、金髪の美女と黒髪の美形はもう一人の板前がテンポよく出してくるコース料理に舌鼓。寿司ネタにも並んでいるアワビやとり貝を使った細々とした酒菜はカジカの子の醤油漬けキノコ和えがが秀逸だった。旬の魚を使った5種盛りの豪華なお造り。土佐醤油に生わさびが口に清々しい。焼き物には地鶏と生のラム、八角の田楽焼き。カニは殻から身を取り出され盛り付けられて、当地名物としてジャガバターが一口少しずつ八種、箸休めに出た。
「遠慮のない奴らだ」
「そんな言葉を知っていたらあなたのそばで生きてこれませんでした」
煮物はキンキのうま煮、大根とまいたけも一緒に、上品なしょうゆ味で煮付けられている。進肴には霜降り本マグロの木の芽焼きと、牛バラの煮込み。どちらも特産のキノコが添えてあって、コリコリシャリシャリの食感を残した調理法が冴えて、美味い。
「あー、美味かった。えーと、じゃ、ホタテのバター焼きと、活きツブの刺身で、うに丼ください」
「俺は海老のすり身の湯葉包みの煮物とザンギの唐揚げでいくら丼ください」
コースの〆にぼたん海老の寿司を二貫、軽くつまんでいた黒髪の美形がカウンターに突っ伏しそうになる。
「君たちの胃袋は異次元にでも繋がっているのかね?!」
「わたし、自家製烏賊の沖付けで、特製じゃこメシ、というのを」
コースをぺこりと平らげた隣の金髪美女は、形のいい唇をナプキンで拭いつつ、しらっとした顔で言った。
カウンターの内側では板前が、取り出しかけた梅ジャムかけのアイスクリームを、慌てて引っ込める。
「……かすべの煮こごりとホタテシュウマイで、海鮮親子丼をくれたまえ」
ぐっと掌を握りしめ、カウンターからコケかけた男は武門の意地で、かろうじて踏みとどまる。
「その後で、自家製リンゴの白ワイン煮込みもだ」
「わたし、それもいただきたいです」
「俺も」
「以下どう!」
かくして。
四人連れは、一時間と少しの滞在時間で、平均的な一日の売上に等しい金額を店に支払って出て行った。黒髪の男が出した財布は金色のカードと束の万券に詰め尽くされ、指先でぴーっと枚数を数えて一枚余分に置き、もちろんつりを受け取らず出て行った、やり方は格好良かったが、足取りは重い。
四人とも、だった。
腹が重いらしく、ヨタヨタと、出て行った。
「うーむ。寒いな」
駅前大通り公園。雪祭り会場にもなるそこにはイルミネーションが輝き、恋人達が腕を組んで歩き回る。中を、ざくざくと、早足で歩く一行があった。重い腹をこなすべく軽い運動のつもりで、しかし真っ直ぐな道を歩いていると行軍訓練を思い出すのか、妙に姿勢良く川沿いの歩道を闊歩してゆく。
「札幌だぜ、当たり前だろ」
「鋼の、もっと近づきたまえ。保温してあげよう」
「風よけにしよーとしてんじゃねぇか?」
憎まれ口を叩きつつ、厚手のパーカーのポケットに両手を突っ込んだまま、一番若い金髪が黒髪のそばに寄る。部下の男と女は少し離れて後ろを歩いていた。
「久しぶりだね」
「あんたが逃げ回ってたからな」
「会いたかったよ」
「ウソツキヤガレ」
「背が伸びて、驚いた」
「もーちょっとであんた越すぜ」
「もう越されたんじゃないかな」
足を止めてもと焔の錬金術師はほんのり微笑み、もと鋼の錬金術師に向き合う。
「昔は目を見るには、屈みこまなければならなかったのに」
「背ぇまだ、ちょっとあんたの方が高い?」
「少しだけね」
「……越えたら帰って来てくれる?」
「ちゃんと話をせずに出て行って悪かった」
「やっぱ迷惑だった?」
「少し驚いたよ」
ざくざく、二人で歩きながら、小声での会話。
「でも嫌で逃げたんじゃない」
「ウソだ」
「びっくりしたんだ」
「あんた鈍いんだよ」
「そうだね」
生意気な物言いに、黒髪の男は逆らわない。
「……別に、だから、どうこしたいって訳じゃなかったんだ……」
同じ歩調で歩きながら、少年の頃の口調で。
「あんたに別の相手が居るの知ってたし。ただ、俺は、ただ」
座り込んだ場所から連れ出してくれた大人に向かって、言葉を紡いでいく。引きずり出された先は地獄めぐりだった。でも外にいけないよりよかった。
「知って欲しかったんだ」
甘酸っぱいというより痛痒い、気持ちが、なんとなく消えてしまう前に。
「俺あんたのことすきです」
店を出た後にまた被ったフードの中から、大人になりたての初々しさで、金色の目が煌めく。
「告白したら逃げられて、死にたくなったくらい好きです」
何も答えず、ただ抱きしめた。