ナマエ
ちょっとの間も手放したくないタイプだ、俺は。気に入ったものは。
いつも見ていたい。触れるくらい、間近に置いていたい。
だから俺の部屋は散らかる。これは散らかってんじゃなく、散らかしている、のだ。何もかも、一度に目にはいるように。
そして。
俺には気に入りの楽器があった。触るとキレイな音をたてる。それに触ってるのが、俺はダイスキだった。……けど。
近くに置きすぎだっただろうか?
最近ふっと、考える。何が悪かったんだろう。弦が痛んで、俺が一番好きだった音が出ない。いたんでしまったのはナゼだろう。俺の体温が悪かったのか、それとも息で、湿度が上がってしまったからか。
弦に指を這わせる。篭ったような低い音色しか出ない。あの澄み渡った高音は出てこない。それがとてつもなく、寂しい。
あんまり寂しいから、もう。
捨ててしまおうと思った。
壊れたのを見ているのが辛いから。
壊した口惜しさで、泣きたくなってくるから。
もっと大事にすればよかったとか、一度にあんなにかき鳴らさずに、間をおけばよかつたとか。
優しく、触れればよかったな、とか。
音調が変化して低音が響き出した頃に、もっと早くに、なにかしておけばよかった。
なにをどう、すればいいかも分からなかったけど。
今でも分からないけど。
大事にしていた楽器の、白い喉に指をかける。ぴくりともしないでシーツの上に横たわる肢体。荒れてかさついた皮膚に指を食い込ませると、苦しさに少しだけ目を開いた。
最初から、眠ってはいなかったのだ。
白い美貌が微笑む。俺が愛した、大切だった、それが。
「ラクに……」
掠れた低い、悲鳴しか音を出さなくなった。
「してくれるの、か……?」
楽器が指を俺に伸ばす。関節の長いこの指も、壊れてしまってもう、俺の肩にはかからない。最近はシーツを握り締めるか床に爪をたてる、だけ。
「……けー、すけ……」
細い音が鳴った。それは昔のキレーに澄んだ音じゃなかった。けど同じところもあった。優しかった。
楽器が目を閉じる。俺は指を離す。壊れてないなら、棄てることはない。
腕に抱いて、肌を寄せて抱き締める。動かすと血の匂いがした。白い脚の間と俺が壊してしまった場所から。
胸の、奥から。
「ザン……、ネン……」
いいからもう、オヤスミ。いい子だから。
ゆっくり眠って明日になれば、なおっているかもしれない。
俺はあんたに、優しく呼ばれるのが好きだったよ。
もう一度、あの声で呼ばれたい。鼓膜からからだ全部を包み込むみたいな、あの。
優しい、声で、俺を、呼んで欲しい。
あんたが俺を好きだって。
俺のことをとても愛しているってイッパツで分かるあの、
澄んだ優しい、音で、俺を。