痩せたカラダに触れられることをオンナは辛がった。みっともないから、セックスはもういいから、と、らしくない小さな声で若い御曹司に告げた。戻してくれてとても嬉しいけれど、愛人はもう、引退していいぜ、と。
「……」
御曹司は答えず引き寄せることで意思を伝えた。辛そうに目を閉じながら銀色のオンナは半年振りに主人の腕の中に入った。見た目以上に痩せたからだは抱き心地が悪く、服の上からは分からない痕跡があちこちに残っていた。
決闘を受けるべきだったかなと、若い御曹司がちらりと思ったほど。
覚えている通りに触れてやっても緊張してなかなか蕩けないオンナの耳元に囁く。背が伸びたぞ分かるか、と。話しかけられ驚いた様子のオンナは目を開け、辛そうな表情をほんの少し和らげ、おぉ、と、嬉しそうに答えた。
十六歳の半年は長い。身長は五センチも伸び、体重も相応しく増えた。抱きしめられる感触が違っている。大人になりつつある健やかな若々しい背中を、銀色は自分から右手を廻して、ぎゅっと抱きしめる。
それからは昔どおりだった。撫でられてキスをされ促されるままに潤んだ。繋がる直前に細い声で、衛生具を使って欲しいと哀願されたけれど聞こえないフリをした。
「……、ぅ……、ぁ……」
反射的に暴れようとするカラダを押さえつけながら深い場所を犯す。包みこむ熱は昔どおりだけれど、尻の肉が薄くなっているせいであまり深くへ行くと骨が当たって痛い。オンナも痛いらしく睫毛を震わせる。仕方なく、若い御曹司は腰を少し引いて、痛みを与えないあたりに収まる。
「……ごめん」
苦しい息の下で、途切れがちに、謝らなければならないのはオンナではなかった。
「ご、めん、なぁ。ごめん……」
満足を与えてやれないことを切なそうにオンナの方が詫びる。暖かさを抱きながら若い御曹司は慰めの言葉を告げたかった。ちゃんと美味いから泣くなと言いたかった。けれども、そんな言葉を使ったことが無くて、どういえばいいか分からずに。
「めそめそすんな、気が散る」
結局そんな言い方しか出来ない。でもそんな言い方に慣れているオンナは、うん、と頷いてオスの動きに合わせることに専念。あわされて若い御曹司はたまらずに喘いだ。オンナの胸に倒れこみそうになるのを、シーツに掌をついてギリギリで耐える。
美味い、のは。
粘膜ではなく愛情そのもの、かもしれないと、そんなことを思う。留学先では休日のたびにメスが用意され、拒んで大人たちに勝手な忖度されるのも癪に障るから与えられるままに抱いた。かなり飽きたし途中でうんざりした。
人見知りしがちな自分には、一夜限りのメスを愉しむ適性が薄いと理解出来たのが唯一の収穫。知らないメスとの初夜は、マフィアの御曹司らしく振舞い相手を満足させなければという義務感が先に立って味わうどころではない。
結局は馴染んだ味が一番。久しぶりに何も考えず、若い御曹司は自身の心地よさを味わうことが出来た。痛めつけないよう、せいぜい加減はしてやったけれど、喘ぐオンナの表面も内側も味わいながら、好きなように抱いた。
「ン……、っ、ぁ……」
途中からはオンナの方も夢中。そこ、もっと、と、言葉ではなく、オトコにしがみ付き浮かした腰を蠢かすことで催促してくる。商売っ気の『営業』ではない、正直な本気のヨガリようがイイ。安心できて、たまらなく面白い。
「う……、ぅ、う……」
オンナがのたうつ喫水線を越えたらしい。過度の快楽を恐れて、腕を解き離れようとするのを勿論、オトコは許さずにぐいっと腰を奥へ突っ込む。しまったと思ったが不思議と彫るには当たらずオンナも痛がらなかった。発情で膨れた花弁と分泌された体液が、互いを守っているのだと気がついたオトコが笑う。
「う……、ン」
オトコの機嫌がいいのがオンナには嬉しい。嬉しいと心地よさも深まって、いっそう濡れて喘ぐ。くちづけを交わしながら、でも時々、動きが激しすぎて唇が離れてしまうのをケタケタくすくす、互いに笑いながら。
「あ……」
「……は、ぁ」
お互いを心地よく味わい尽くして、果てる。オンナの上に倒れこんだオトコは、自分を受け止めるカラダの薄さに改めて気づいて横にズレた。繋がったままだったからオンナが悲鳴を上げる。よしよしと宥めつつ、そっと胸を揉む。
余韻と興奮を残したオンナの胸は凝り、手ごたえは見た目より思い。トップは可憐な朱鷺色に染まってツンと尖り愛撫の指先に反応して震える。けれど、可愛がっても、狭間は濡れてこない。
「……」
これだけ痩せてちゃ仕方ないかと、若い御曹司は潔く続きを諦めた。腰を引いてカラダの繋がりを解こうとしたが、銀色のオンナの粘膜は欲深く絡んで離されるまいと抗う。御曹司は苦笑して、そうしてオンナの細腰を押さえつけ、気合をいれて引き抜いた。
「んー……」
「は。おい、すげぇぞ」
抜いたモノとオンナの狭間に零れた体液がシーツに染みを作る。その量に御曹司は笑ったが、オンナがそっと閉じる太腿の張りのなさに気づいて笑いを消した。掌を這わせるとよく分かる。見た目以上に質感がスカスカ、以前も細かったが手ごたえはもっとしっかりしていた。
「……」
こんなに乾いたカラダこれだけの水分が出て大丈夫なのだろうかと、そんなことが真面目に心配になる。若い御曹司はべッドから出て、バスローブも羽織らず部屋の片隅の、つくりつけりの冷蔵庫に歩み寄った。オンナが好きなベルニーナ、飲みやすいミネラルウォーターではなくグレープフルーツのジュースを手にしてシーツの上に戻った。
「飲め」
留守がちな主人の為に用意されていたジュースは缶で、350mlのもの。プルトップを引いて開いて、オンナの口元に差し出すとオンナは不思議そうに小首を傾げた。
「……なんだぁ?」
何が起こっているのか分からない、というような表情に若い御曹司はキレそうになったけれど、掴んだ手首の細さに免じて怒鳴り声を飲み込んだ。右手に缶を持たせる。そこまでしてようやく、飲み物を取ってきてもらったのだということを銀色のオンナは理解した。
「……グラァツェ」
感動というより戸惑い緊張した様子で礼を言う口調にかすかな、北の訛が混じる。それが奇妙に可愛くて若い御曹司はオンナの無礼を笑って許してやる。誰にも言っていないが、この御曹司も出生はイタリアの北部。
ややクセのある黒髪に情熱的な口元という見目は南部っぽい。そうしてイタリアン・マフィアの発祥は南部なので、その容姿は金髪のドン。キャバッローネよりも正統派といれる。
でもそれは、本当は……。
銀色のオンナは缶ジュースをゆっくりと飲んだ。美味しそうに飲んだが若い御曹司は繭を寄せる。元気な頃は好物のトスカーナ風のヨーグルトにカットフルーツを混ぜて、比喩ではなくボウル一杯、ぺろりと食べていたことを思い出す、
「んじゃ、オレ、部屋にもど」
る、と、全部は言わせなかった。ちっと音をたてて唇をついばむ。そうすると、オンナは絶対に黙る。
「ここで眠れ」
下着を着ようとした指先を止める。カラダを腕の中に抱く。オンナは大人しく御曹司の思い通りになった。目を閉じて懐になつく。胸板に顔を押し当てて、そして。
「ホントだ。背ぇ伸びたな」
背丈というより全体的な成長を感じた。腕と胸に包まれて幸福を味わう。けれど。
「なぁ、でもよぉ。あんま、刺激しねぇ方が、いーだろ?」
一旦は大人しく閉じた目を開いてオンナが問いかける。いいから眠れと答える代わりに抱いた頭を撫でながら、若い御曹司は悩む。教えてやるべきか、それとも黙って、夢を見せてやるか?
お前が今、抱かれている相手はボンゴレの血を引いていない偽者だと、教えてやれば、どうなる、だろう。
存在を排除されるのではないかという危惧は薄くなる。殆ど皆無になる。十代目を継げない養子が愛人を何人侍らそうがボンゴレという組織にはなんの利害も無い。いい歳をしていい子ぶった養父が眉を寄せて不快がるだけ。そんなものの為に怯えていることはないぞと、教えてやりたくもある。
けれども知れば、安心よりもがっかりするだろう。イタリアン・マフィアの随一に仕えたつもりで、将来の右腕、補佐役、最前線で大活躍する予定のこの側近は、自分がそうなれないと知ったら悲しむだろう。金髪のドン・キャバッローネ、あの方がずっと大物で頼もしく、惜しいオトコを逃したのだと、知れば自分を恨むかもしれない。
かわいそうに。
と、初めて、御曹司はオンナのことを思った。コレの左手がなくなってしまった時も処女を跳ね馬に投げ与えたときも、なんとなくムズムズしたけれど真剣にはそう思わなかった。コレが裂いた犠牲を数倍上回る報酬を将来与えて報いてやれると思っていた。栄光を与えてやれるつもりでいた。
出来ないのだと、知って、心から。
かわいそうにとオンナのことを思う。
「ザン、ざす……」
毛布を肩まで引き上げてくれる優しさにオンナが戸惑う。
「なぁ、オレよぉ、ちっとも……」
一度捨てられたことを怒っていないし恨んでもいない。むしろ帰って来させてくれた感謝が心の中にある。ということを、オンナは口にしかける。けれどもキスで唇を塞がれて言えなかった。
若い御曹司はオンナが何を言おうとしているのか分かっていた。聞きたくなかった。テメェは怒るべきなんだオレに騙されているんだと、告白したい衝動に耐える。知ればこのオンナは傷つく。悲しんで、怒って、恨んで、二度と自分に笑顔を見せず、寄り付かなくなるかもしれない。
「そばに、居られりゃそれで……。なぁ、ホントなんだぜ、掛け値なしなんだぁ」
ぎゅうっと抱き返してくる腕の力はまた弱い。やせ衰えているよりは自分のそばがマシだろうと、自分自身に言い訳をして引き取ったオンナ。キャバッローネのドン・ナになれるところだったのを撤回されて、自分がざれほどの大損をしたのかまだ理解していない愚かなオンナ。
「すっげぇ愛してるぜぇ、ザンザス」
かわいそうに。
オマエのその忠誠に、オレは何も報いてやることが出来ないのに、と、泣きたい気持ちで、運命を恨みながら。
それでもその時点ではまだ、運命を齎した養父に報復までは考えていなかった。