弱小地域勢力だったキャバッローネは若いボスを得て金融マフィアに職業替えををしてぐいぐいのし上がった。ボンゴレの九代目や門外顧問から可愛がられている、という後ろ盾はあったものの、生き馬の目を抜く業界で勝ち続ける実力は本物。
「スクアーロ、スクアーロ」
マネーロンダリングが国内法・国際法で規制強化される中、正々堂々と使えるドルやユーロを調達できる若いドン・キャバッローネは業界の注目の的。よしみを通じたいと思うマフィア関係者は多いが本人はスーツを着たくないというふざけた理由で業界の集まりには滅多に顔を出さない。
「元気だったか?また綺麗になったぜ」
なのにボンゴレ関係のパーティーに招待されると二つ返事で出席する。その理由は誰の目にも明らか。開場ではろくに交流もせず、ボンゴレ御曹司の側近で『剣帝殺し』と称される女剣士にばかり話しかけうざがられている。
「なぁ、たまには休みとかあるだろ?今度はいつだ?一緒にメシくいに行こうぜ。オマエの好きなものなんでもも、好きなだけ食わせてやるからさ」
景気のいいドン・キャバッローネならキャビアをスープ皿にこんもり盛り付けて、ドンペリのピンクを添えて食べさせてくれただろう。
「いらねぇよ」
しかし銀色は物欲の薄い女だった。欲望がないのではなく、自己実現というより高次の欲求にとり憑かれていて、物欲という俗な次元では心が動かない。
加えて日々の暮らしはボンゴレ御曹司の身近で、衣食住ともに最高級のものを無造作に与えられている。今更よその男からそんなものを餌に誘われてもついて行こうという気にはならない。
「つれないな。じやあドライブに行こうぜ。お前が好きな車を買ってやるからさ」
話がてどんどん大きくなっていく。行かねぇよと返事をして銀色は自身のボスのそばから動かない。つれないなぁと、どんなに恨めしい顔をされても、色よい返事をくれてやった事は一度もなかった。
「うるせぇ。そばに来んな」
その徹底した拒絶っぷりは、ボンゴレ関係者の噂になるほど。ふられても拒まれても、挫けずに求愛を繰り返す様子は健気で若者らしく、周囲の共感を呼んだ。
「一度ぐらいデートしてやれはどうだ。スクアーロ衆人環視の中ではっきり求愛している男にそうそう、恥をかかせるものじゃあないぞ」
見かねたらしい沢田家光がおせっかいな進言をしたほど。ランチの時間に押しかけてきた門外顧問の前に、御曹司と同じローマ風のバリバリピッツァの皿を置きながら。
「バカ言うなぁー、てめー何年、オトコやってだぁ、イエミツ」
二十歳になって素晴らしい美女に育った銀色は、十四の頃から変わらないがさつな口を利く。
「女の人生にゃイエスとノーとキープしかねぇけどよぉ、ノーをキープにすんなってのは基本中の基本だろーがぁ」
はきはき、そんなことを言われて家光がうーむと唸る。それもそうだと思いなおしたらしい。美しい女には美しいが故の苦労もある。
「まぁそうだ。でも一度くらい、食事くらいいいじゃないか」
「オレはヤらせる気がねーのにオレとヤりたいヤローと向き合ってメシ喰うのかぁ?仕事しながら乾パン齧ってる方が美味そうだぜぇ?」
「スクちゃん、妙齢の美女がそんなにハキハキ、やるやる言ったらダメよ。聞いてる殿方が困惑するわ」
茶を淹れながらオカマの格闘家は、先輩格の同じオンナとして銀色の言動を嗜めた。
「知ったことかぁー。オレぁマジな話をしてんだぁー。アイツを腹にのせる気はねぇんだよ。イエミツにはっきり言っとかねーと、アッチにミョーに伝えられっかもしれねぇじゃねぇかぁ」
「そんなにディーノのことをキライか?あいつはいい奴だぞ?」
「オレをヤリたがりさえしなけりゃ特にキライでもねぇけどよぉ、股開く気はねーって、ちゃんと言っといてくれよぉ」
と、真面目な顔で自分に告げる銀色に、沢田家光はため息をつく。お転婆だった少女は本当に美しく育った。髪にも肌にも色素が薄くて口を閉じていれば北欧のお姫様のように見える。もっとも、あのキャバッローネの若いボスはこの銀色の、見目を裏切って大雑把で凛々しいガテン系なところをよく知っている。それでも愛しているらしい。
「オマエには苦労ばかりさせられるよ」
沢田家光が嘆く。
「なんでだぁ。オレはちゃんとしてるぞぉー」
銀色は反論。確かにある意味、仕事はちゃんとしている。気難しい御曹司の前でこれほど私語をしていて癇癪を起こされないのは珍しいことだ。つまりそれほど気に入られているということ。
「キャバッローネのヘタレのことだってよぉ、うっとしーけど同盟ファミリーだから始末してねぇんだぜ。偉いと思わねぇのかよぉテメェは」
「始末されてたまるか。あれはこれからもっと大物になっていくんだぞ」
御曹司は黙々と自分の食事を続けているが、実は会話を熱心に聞いていた。そ知らぬふりをそれまでは続けていたが、ふん、と、家光の台詞を鼻で笑ってしまう。
「なんだ、ザンザス。なにかおかしかったか?」
家光が笑った意図を追及するよりも先に。
「ボンゴレ門外顧問さまの後援があれば、そりゃあ出世するでしょうねぇ。ほほほほほ」
「仲いいなぁテメェら。デキてんじゃねぇかぁ?」
側近たちが主人の意を汲んで邪気を含んだ軽口を叩く。
「あらん、デキてるのかしら。まあぁあぁああー」
「責任とって幸せにしてやれよぉー。アイツはいいヤツだぞぉー。ツラとカラダだけはなぁー」
「あらぁ、あの声もスキヨォ、アタシはぁ♪」
嫌味を言われても、『オンナ』からである以上、ムキになって反論するのも大人気ない。沢田家光はため息をついてその場の負けを受け入れた。この銀色には本当に苦労させせられる。そう思いながら。
才能を見出してヴァリアーにスカウトした結果、ヴァリアーのボスだったテュールを倒されるという事態になった。テュールは素行に問題はあったが実力は間違いなく、暗殺者としては役に立つ男だった。それでもまぁ、将来性を買って剣帝殺しを許し、ボンゴレ御曹司の側近に取り立てたらお目見えの日に九代目の甥っ子を絶対的な敵に廻して見せた。
つまりそれだけボンゴレの御曹司に、純に仕えているということ。家光の立場でそれにクレームをつけることも出来ない。
「とにかく、あまり罪作りな真似はするな」
そんなところで話を終わらせようとしたら。
「オれはしてねぇ。しろって言ってんのはてめぇだぁ」
容赦のない追い討ちを掛けられる。そうかもしれないがもう少し優しくしてやったっていいではないかと思いつつ、沢田家光はピザをご馳走になり紅茶を飲み干して、席を立とうとした。
「家光」
そこを呼び止められる。スクアーロにカフェのお代わりを注がせながらの、ボンゴレ御曹司に。
「……なんだ?」
沢田家光は椅子に戻り、テーブルの上のカップを横にやって体の正面で手を組んだ。害意はないという姿勢をとってしまうほど、御曹司の声は重厚で深く、権威を漂わせていた。
「このカスザメは俺の部下だ」
「なぁにいまさら言ってんだぁ、ボスぅ?」
能天気な大声に顔をしかめながら。
「てめぇは黙ってろ」
それでも怒鳴らず、厳しい口調ながら尋常にたしなめ、御曹司は沢田家光と正面から向き合う。
「庇護と愛育の義務はオレにある。そうだな」
「……そうだ」
「愛育ってなぁ、オイ、それマジで言ってんのかよぉー」
黙っていろと御曹司は二度は言わなかった。変わりに無視して話を進めていく。銀色の茶々入れが何を言われるかの不安の裏返しだと察して。
「ドン・キャバッローネに、これからはオレに話を持って来いと言っておけ」
ほんの十四歳の御曹司だが、門外顧問に告げる口調は次代の王権を継ぐ皇太子の尊厳に満ちていた。分かった、と、門外顧問がそれだけしかいえなかったほど。
「なんだぁ、守ってくれんのかぁー?」
門外顧問が出て行った後で銀色が御曹司に尋ねた。にこにこ笑いながら。
「一応、手駒だ」
勝手に持っていかれようとするのは看過出来ないと告げる御曹司は、マフィアのボスとして必要な処置をしただけだと言いたそう。もちろんそれは分かっている。けれど。
「愛してるぜぇ、ザンザス。嫁になんざ行かねぇよ。ずーっと守ってやっから安心しろぉ」
嬉しさの余り銀色はそんなことを新しく誓った。
「……」
御曹司は返事をしない。馬鹿馬鹿しかったから。
それから、ほんの一月後。
「つれなくすんなよぉ、跳ね馬ぁ」
銀色は額をドン・キャバッローネの肩に押し付ける。そうすると背が高いことがよく分かった。
「遊んでくれよ。なぁ?」
右手を伸ばして男の手をとり、自身の腰に廻させる。
「ちょっと、待ってくれ。こんなのは困る」
と、金髪のハンサムは言った。言ったけれども惚れたオンナのカラダに触れた掌を剥がすことはどうしても出来ない。見た目も細いが触れるとさらに細い腰に思わず、もう一方の腕も伸ばして、抱きしめてしまう。
「オマエとこんな風に取引をするつもりはない。こんなことしなくたって見なかったことにしてやるぜ勿論。オレがオマエに惚れてることは、とぉに承知の筈だろう?」
誘惑してくるオンナをぎゅっと抱きしめ頬を摺り寄せながら耳元に囁く。差し出されようとするカラダを取引で抱くつもりはないけれど、願いは叶えてやる、と。
「男らしいなぁ、跳ね馬ぁ」
「そうだ。知らなかったのか?」
「知らなかったなぁ。惚れそうだぜぇ、マジに」
「惚れて結婚してくれよ。何でも言うこと聞くから」
「マジかよ。オレユのこと好きか?すげぇ愛してるか?」
「ドマジだ。死ぬほど好きだ。すごく愛してる」
「オレが頼んだらなんでも聞いてくれんだなぁ?」
「勿論だ。きいてやるぜ。オマエの頼みなら」
「それウソじゃねぇなぁ?」
「しつこい。男に二言は無い」
「あのよぉ」
「とりあえずこの部屋に居ろ。匿ってやるから。外との連絡は、今はマズイ。落ち着いてからにしよう」
「一人じゃ、ねえんだぁー」
「……」