最愛・九
一晩、自室で眠って、翌朝。
彼は仕事に行った。そして退勤後、警察に寄って帰って来た。リビングで電話中だった俺は片手を上げて、お帰りの仕草。彼は驚いた顔で俺を見る。家族が帰って来たから、と言って、俺は相手がまだ喋ってるのにも構わず、電話を切った。
「お帰り。どーだった?」
「そうだよな、当たり前だ」
「ナンのこと?ケーサツ、どーだった?」
「五年も暮らしてたんだ。英語喋れて、当たり前だよな」
「あぁ」
電話のことかと、俺は苦笑。相手はアメリカ、俺自身じゃなくチームのマネージャー。
「いいのか、あんな切り方をして。仕事の用事だろう?」
「俺、今、休暇中なんだぜ?携帯に出なかったら家の方に掛けてきやがった。どっから聞たんだか」
舌うちすると、彼が眉を寄せた。俺の粗暴さが引っかかったらしい。バレたかなと、俺は背中に汗をかく。知られて俺が不機嫌になってるのは電話番号じゃない。あいつの『事故死』のこと。
「警察、寄ってきたんだろ。どーだった?」
重ねて尋ねると、調書をとられたよ、と、当たり前な答え。そして。
「誰も会いに来ないんだってさ」
なんのことか、最初、分からなかった。
「面会も差し入れも、一回もないって。未成年だから、親に連絡はしたらしいけど」
親は冷淡だったという。両親は離婚して、どっちとも一緒に暮らしては居なかった。
「……犯人の話?」
「あぁ」
「あんた、会って来たの?」
「俺じゃない。お父さんだ。財布を持っていなくてな。留置所の食事代にも事欠くみたいだったから、差し入れしてきたって」
「金か?」
「だろうな」
入院見舞いでもあるまいし、花や果物ではない。
「勤めてた頃は明るくて元気な奴に見えたんだが」
そんな風に振舞っていただけなんだろうか。力自慢で親切で、看護婦や受付に頼まれると、力仕事をなんでもしてくれる、気持ちのいい子だったよ、なんて。
彼が溜息をつきそうに言うから、俺は気にいらない。
「あんた、ナニされたか、忘れてねぇよな?その可愛げのある未成年に自分がなにされたか?」
近づいて背後に立つ。『男』を思い知らせるように。
「……量刑をきかれた。重く罰して欲しいか、許してやって欲しいか」
「なんて答えたの?」
「重くって言ったさ。俺だって、そうそうお人よしじゃない」
「当たり前だね」
やっと安心して、俺は彼の髪に触れる。彼の肩が揺れるのを許さずに抱いた。背中全体が竦むのを、目を据えて、俺は全身で感じてた。
「けい、すけ」
「なに?」
「まだ……、痛い」
「怪我でセックス出来ないって意味?なら安心して。無理には、しないよ」
言いながら、俺は彼の腰を引き寄せた。後ろから、尻の間にこすりつけるみたいにする。俺のを。夕べはベッドどころか部屋にも入れてくれないで、今日はずっと朝からあんたのこと考えて、やっと帰って来たあんたの、匂いを嗅いでもう猛り出してる。
「あんたに無理に、シタことないだろう?……最初以外」
俺が今、凶暴な気持ちになりかけているのは、あんたに突っ込めないからじゃない。俺を、あんたが。
「なに。……震えてんの?」
あんたが俺から、離れようとするからだ。今も、ほら踵が浮いてる。こんなにあんたに夢中で、あんたのことが心配で、夕べろくろく、寝てない男に、それはあんまりじゃねぇ?
「ちょっと上、行こうぜ」
二階の、俺たちの寝室。
「……、啓介……。頼む……」
「ヤらねぇよ。心配なら服も脱がせねぇ。ちょっと……、抱き締めたいだけ」
抱きたいだけ、って言ったら誤解されそうで言葉を選んだ。
「な……。上で抱き締めてよ……」
甘える口調で言ってみた。せいぜい可愛らしく。彼は、暫く、じっとしていたけど。
「ごめん。まだ……、怖い」
両手を上げて、肘を張って、彼から離れようとする。俺の腕の中から、俺を置き去りに、何処に行くつもり?
……離さねぇよ。
「啓介……ッ」
手首を掴んで強引に引いた。引かれるまいと彼が抵抗して、もちろん力じゃ俺が強いけど、どう押さえ込んでどこに手ぇつけていいか分からなくって、結局。
「……、ヒ……ッ」
一番、怪我をさせないだろうところ。
傷つく加減を俺がよく、知ってる場所を、掴んで捻り上げる。
彼の狭間の、実り。
「けい……、はな……、い、タ……ッ」
指先だけで彼は大人しくなった。身体を竦めて震え出す。指で抓んで捩じると、
「イヤだ……ッ」
悲鳴に近い、声。
「いやだ……、離せ……、イヤ……」
「手ぇ、俺の肩に、かけな」
「……、嫌……」
嫌だと最後までは言わせずに。
「ひン……ッ」
悶絶寸前、まで思い切り、力を入れて威嚇。
「ほら、掴まれよ……。な……」
せいぜい優しく、耳元で囁く。大人しくいうこと聞いてくれよ。じゃないと俺、何するか分からないよ?体温が上がってきてんのあんたも分かるだろ?興奮してんだ心臓が、ドクドクって、うるさい。大勝負のスタート前、カウント待ってるときみたい。
「夕べ眠れなかった。あんたが撫でてくれなかったから」
びくつく背中に鼻面を寄せて、頬を擦り付けて。
「二階……、行くよな……?」
掌の中の柔らかな、でも手ごたえを返してきだしたモノを、今度は優しく揉み上げてやった。ピクって彼がひくついて喉の奥で息が詰まってる。可愛い。
「あんたが痛いこたしねぇよ。誓うぜ。ただ、ちょっと……」
そうだ。ほんの少しだけ。
「抱き締めて、嗅がせろよ」
ケダモノみたいに、俺は匂いに発情した。その上、肌が暖かい。これで離れろっていうのは、無理だよ。
「ほら……、な」
腕を引くと、今度は彼も逆らわなかった。いい気分で、俺はエスコートするみたいに、彼を支えて歩かせた。階段気をつけて、はい、もーちょっとだよ。そんなことを言いながら彼の、股間をスラックスの上から捕らえた手は離さなかった。逃がしたくなかったから。
俺じゃなく彼の部屋へ。夕べ、彼が入れてくれなかった部屋。それが俺にはずいぶん悲しかった。
「夕べだってさぁ、乱暴するつもり、なかったんだぜ?」
彼のベッドに持ち主を寝せる。寝せて、その上にカラダを重ねる。怖がるように尻でずり下がるのを、腰骨つかんで引き寄せて阻んだ。
「震えんなよ。……、ナンにもしてねぇじゃん……」
あんたのカラダに当ってる俺のが怖い?でもコレは仕方ないの。あんたのこと愛してる証拠だから。
「夕べさぁ、ショックだったんだぜ?風呂入ってる間にあんたに、鍵、かけられて。なぁ……、レイプされて、痛かったのは分かるけど、俺んことまで、嫌がんなくてもいいんじゃね?」
確かに、夕べの俺は、危ない生き物だったけど。あんたの肌に他のヤツの跡が残ってんのが嫌で、一晩かけて、消すつもりだったけど。
「……レイプ」
「ん?」
「あるのか……、されたこと」
「ないよ」
「じゃあ、お前に俺の、気持ちは分からないさ」
「怖がって、震えてんのに口は達者なのな。……逆効果だぜ?」
はあっと熱い息を吐く。威嚇と思ったのか、彼が肩を竦める。
違うよ、熱を逃がしたの。オスの欲求は暴力と紙一重だ。それら晒されて、あんた怖がって可愛そうだね。
……でもさ、うまく、操れよ。
俺のこの熱は、あんたの指先一つで変質する。言葉一つで変わる。あんたが恋しくて募る熱なんだ。暴走させたら暴力になっちまうこれをうまく、コントロールすんのはオンナの役目だろ?
「……、笑って」
表情一つでもいいよ。あんたの目尻がちょっと下がって、唇の端がちょっとだけ上がればそれだけで、俺はあんたの為になんでもする。
こんなに好きなんだ。あんたのことが、恋しくて仕方ない。なのに、怖がられたら俺の立場がない。腹が立ったら、噛み付いてしまいそう。なぁ、俺はあんたに過敏なの。ちょっとしたことで極端に走るぜ。優しく包んでくれないと。
「やめろ……ッ」
目を閉じて俯く頬を撫でながら、俺は彼の脚を開かせた。スラックスは履いたまんまだ。そんな悲鳴を、上げるほどの真似じゃない。
「やめろ……、やめ……ッ」
「ごっこ、だけだよ。……ちょっとだけ……」
あんたを抱いて繋がる時の、姿勢をしてみたいだけ。そうしてもう、苦しいほど張って、吐き出さなきゃどーにもなんない俺自身が、楽になりたいだけ。
「……、いい匂い、する……」
うっとりしなながら、俺は彼の脚の間にカラダを割りいれた。自分の股間を、彼のに擦り付ける。布越しに。
「すき……」
言いながら自分の、指を伸ばして俺自身を撫でる。あんたにさせないこの思いやり、分かって。
「あったかい。……気持ちいい……」
彼の耳元で繰り返し、彼の熱を味わいながら、俺は自分で始末した。自慰もまぁ、こういうのならそれほど惨めでも虚しくもない。観念したのか彼は大人しく、俺の腕の中でじっとしてる。なんかそれがいじらしくて、俺は優しく、やさしく彼を抱き締める。
俺をずっと、こんな気分に、させといて。
気持ちよく吐き出したら、オトコはいくらでも優しくなれんだから。
さぁ、起きてメシでも食いに行こうか。帰って来て早々に、こんな風にして悪かったね。ガマンできなかった。詫びに奢るよ、なんだっていいぜ。そんなことを言いながらカラダを起こす。夢中になってた間にすっかり、彼を覆って、重みをかけちまっていた。
俺が退くと、彼は上体を起こす。起こして髪を、掻きあげる。乱れた黒髪と、ちょっと潤んだ目尻が色っぽい。もう一度シーツに押し付けて、開かせて濡らして突っ込んで揺らしたらどんな声を上げるだろう。どれだけ気持ちがいいだろう。そんな夢想を、頭の中から追い払う。
……愛してるよ。
「同じだな、お前も。
……ちょっと、待って。
それ俺のこと?誰と比べてんの?
「するのにカラダ、使いたいだけか」
彼の目は俺の手に向いてた。彼を思いながら、彼を思いやって、自分で慰めて始末した熱。
「……キタナイ……」
噛み締めてた性で赤身を帯びたきれいな唇に。
そんな言葉を……、言われた、瞬間に、俺の明るい、意識はなくなって。
「なんだって……?」
自分の声が、無残に掠れてんのが分かる。
「なんて言った、今。……もうイッペン、言ってミロ……」
分かってる。分かってた。彼がずいぶん年下のガキに、力ずくでヤられて傷ついてたってこと。だからこれは、彼の八つ当たりだ。俺が近くに居るオトコだから、口惜しさを俺にぶつけただけ。
「言ってみろよ、えぇッ」
でも。
俺だって傷ついてて、ショックで痛いんだぜ?そうして俺の、隣にもあんたが居る。留置場で保護されてる、顔も知らない奴への、座りの悪い憎しみが。
「優しくしてりゃつけ上がりやがって……ッ」
あんたに向いてしまいそうなのを、こんなに我慢、してたのに。
「……頼んだ覚えはない」
どうして火種を、持ち込む、の……ッ。