政略結婚・3

 

 

 

 欲望のカタチは。

「幼児期に決まる、っていう説があるそうだよ」

 最初の刺激は深く肌に彫り込まれ、その後の人生に影を落す。原始的な性欲は肉体の成熟をはるかに置き去って、ほんの幼い、まだ天使の一種だとオトナには誤解されている歳には既に。

「肉欲は僕らの内側に存在するんだって」

 人間のみならず、あらゆる種の生物をつき動かす、いちばんシンプルで率直な生きる意味。

「僕は、それは本当のことだと思う。僕と兄さんは多分、同じものを見て、ずっと引き摺っているから」

 昼下がりの明るい部屋。調度品が整えられた国王の寝室の奥、天幕つきの寝台は当たり前だがふかふかで、広い。女を押さえつけてシーツに顔を埋めていると世界中を包み込めそうなカンジ。

 真っ白の柔らかな織りのシーツの上で、甘そうな蜜を含んでふっくらと、男に抱かれるに相応しく熟れている相手が目を覚ました。身じろぎの後で、うつ伏せに押さえつけられて振り向けないまま、こっちをさぐるようにじっと言葉に、きき耳を立てていたが。

「……、あるふぉんす、くん……?」

 思い当たったらしい。そっと名前を呼ぶ。

 王弟殿下、大公、そうよばれるようになった堂々たる青年は。

「はい。お久しぶり」

 カラダをずらして女の顔を覗き込むような姿勢で笑った。

子供の頃、天使のようだった愛くるしい俤をまだ、容貌に濃く残している。歳相応の凛々しさと相俟って、兄弟で並べば国中の娘達が頬を染めるだろう。

「お久しぶりです、嫂さん。おかわりなくて。……ホントに」

 呆れ声とともに無造作に、王弟殿下はシーツの上に掌を滑らせ、押さえつけられているせいで腋からはみだした胸の膨らみに指先で触れる。

「……ひ……ッ」

「静かに」

 もう片方の掌が無慈悲に女の口元を塞ぐ。胸の膨らみを掴んだ方の手は驚きに身動きした隙を逃さず、柔らかな肉体とシーツの隙間に深く差し入れられ、無慈悲な力で丸みにぎゅっと指をたてた。

「……、ッ」

「あなた本当に変わらないね。びっくり」

 一ヶ月前、休戦の人質として味方に殆どだまされて送り届けられて以来、この女は国王の部屋に置かれていた。再婚ではなく以前の離婚自体をなかったことにされたから、帰国してからも特別な行事は行われず、しみじみと眺めるのはこれがはじめて。

「あなたより、もっと兄さんに驚いたけど。うちを出て行ってから三十も歳上の男を婿に迎えてたあなたをあっさり、また女房にしちゃうんだもん、兄さん。……モノズキだよね」

 思った事を正直に口にしているだけ。意識的な侮蔑ではなく、本当に弟は呆れていた。父親と弟が死んで、母国の王位を継承するために手元から離れていった女を、七年たっても、兄は自分の正妻として扱う。

 証拠に再会したときの言葉は、『お帰り』。

 その一言でこの女の身分はもとに戻り、人質のはずが最上級の貴婦人の扱い。国王が大切に扱う女を他の者が粗雑には出来なくて、王家の戸籍を司る高等法院には戦利品が山のように積まれ、以前の離婚を『処理不適』としてなかったことにした。

「籍を戻したからってあなたがもとに戻るわけじゃないのに。あぁでも、あなたはもともとか。とうさんと義兄たちのオモチャだったもんね」

 その言葉に、嬲られている女が反応した。掴まれ揉まれかれていた胸から王弟殿下の片手を引き剥がそうと足掻く。けれど兄同様、軍人として鍛え上げられた男の腕は、ぐっと力を篭めれられれば固く盛り上がり、華奢な女の爪は表皮に傷さえつけられない。

「そこまでは、あなたが悪いんじゃないけど」

敵国の国王の後妻になるべく送り込まれた異国で、肝心の相手は戦場の怪我で女を抱けない体になってしまった。国家間の婚姻には政治・軍事・経済に関わる思惑が入り混じって、妻とはいえ隷属的な同盟の形代だったから、抱けなくなったからといって母国へは返せなかった。

「……そのあとも、かな。思えばあなたの意志なんて、誰も構わなかったね。グリードがずいぶんあなたを欲しがってたけど、あいつも父さんにくれって言うだけで、あなたがどうしたいかなんて、誰も尋ねなかった」

 王族として、それは甘受すべきこと。生命も肉体も国体の体現としてこの世に存在する以上、国家の利益のために王女が商品のように、国境間で遣り取りされるのは珍しくもない。

 三十歳年上の夫、十五歳年上の妻。そんな例は歴史の中で特に珍しい訳ではなく、大抵の国王や王妃は自己の恋を殺して義務を果たしてきた。夫婦仲が良好だった例もあるが、それは偶然の賜物。

 この女の場合は少し、普通より酷い目にあっただけで。

「めずらしいのはあなたより兄さんだ。あなたのことを、愛してるんだって」

 父親の命令で父親の身代わりに娶らされた随分年上の女。本来ならば飾り物としておき棄てられても、おかしくはなかった。国王の離婚には高等法院の認可が必要だが別居は王の意思で出来る。父王の命令で娶った意に添わぬ妻を後日、王宮から追放、幽閉、そこまではなくても領地と館を与えて身辺から遠ざけた例は多い。

「あなたはすごくラッキーなあたり籤を引いたんだ、分かる?兄さんはあなたより若くていい男で、戦争させれば誰より強い上に頭もいい。国中の女が兄さんに愛されたくて焦れてる。そんな王様に気に入られてて、感謝こそすれ嫌がるなんて、身のほど知らずもいいところだ」

 決め付ける口調は強く、鋭い。

「あなたもいい女じゃない訳じゃないし、母国じゃ王女様でちやほやされただろうさ。でも今は中古で敗戦国の人質だよ。今だけじゃない、最初にうちに来た時から。そのあなたが、不自由なく暮らしてるのは兄さんの好意があるからだ。分かってる?」

 ふる、っと、女が押さえ込まれつつかぶりを振る。

「望んだ愛情じゃないって言いたいの?つけあがるのもいい加減にしなよ。兄さん甘やかしすぎなんだ、あなたを。……思い知らせてやりたい」

 王弟殿下の声が酷薄に掠れる。激昂すれば怒鳴り散らす兄より温和な素振りで静かに怒りを腹に溜める弟の方が怖いと、王室に近い者たちはみな囁きあう、事実。

「あなたには兄さんを拒む権利はないんだ。毎晩あなたのところにあんないい男が帰って来る幸運に感謝して、精一杯に尽せ。ベッドの中でも外でも。暗殺者が忍び込んだら庇って身代わりに殺されるのがあなたの役目だよ」

 言いながら王弟殿下は器用に枕カバーを剥ぎ、それで女の両手首を縛る。抵抗力を削ぐというよりも無力を思い知らせるために縛って、屈辱を感じさせるために口も、指を抜いてもう一個のそれで塞ごうとした、瞬間。

「かわらないのは、君もだアルフォンス・エルリック」

 夜着を乱して胸の膨らみを、トップに近い位置まで若い男の視界に晒しながら。

「相変わらずおにぃちゃんのことを、ダイスキなんだなぁ?」

 嘲笑の代償はしたたかな平手打ち。

 アタマの芯がブレるような強烈な衝撃にくらりと、打ち付けられた枕に顔を埋めて、脳震盪の吐き気に耐えた。

「そうだよ。だからあなたのことを大嫌いだ」

 抵抗も声を上げることも出来なくなしておいて、もう一度うつ伏せに押し伏せる。開きかけた夜着の前をあわせて、布ごしに胸を掴んだ。そのまま容赦なく、指を埋めて絞り上げていく。

「……、んぐ……」

 苦痛に女の背中が仰け反っても力を緩めないで。

「それとは別の、恨みもあるよ。あなたのせいで僕は変質者だ。初めて見たセックスがアレだったからね。あなたが父さんの前でグリードたちに嬲りモノにされてるトコロ」

 六つか、七つか。そのくらいの幼い記憶。白くて柔らかそうで、当時二十歳を二つ三つ越えたばかり、女の全盛期の、艶やかな裸体が男たちに弄られて悶えて、『男』でなくなった父親の目を愉しませていた。

「僕はね、女の子弄ってるのが好きなんだ。セックスの本番より百万倍は好きだね。インサートは義務みたいなもので、本当は面倒くさい。二時間でも三時間でも、半日でも、抱き締めて揉んで吸って、震えさせて鳴き喚かせて、助けてもうヤメテって悲鳴あげさせて、息も絶え絶えに苦しませるのがダイスキなんだよ。……滅多に出来ないけど」

 王弟殿下の素行に関して、複数の恋人の噂はあるが、特殊な嗜好の持ち主だという話しは世間に漏れていない。

「気をつけてるからさ。愛情の範囲からはみ出さないように。外の女は別れた後で誰になに言うか分からないし、奥さんのコトは愛してるから傷つけたくないし。でもあなたならどうなったっていいから、地獄を見せてあげる」

 愛の告白をするように甘い声で、耳朶になすりつける近さで囁かれる。その間も王弟殿下の掌は女の膨らみを撫でて、布越しにトップを指で抓み、なやましい刺激を送り込み続けていた。

「にいさんが帰って来るまでやめないよ。早く帰って来てくれることを祈るんだね」

 耳朶から項を舐めながら、トップを手離して両手でまた、今度は優しく、そっと下から、持ち上げるように触れ始める。

 諦めたように大人しく、女はシーツに顔を埋めて悶えた。

「……あなたけっこう、ぼくをすきだよね……」

 それだけが意外だと、若い声が呟く。