T・Sex・Ten
手を、繋いで眠るのは初めてな気がする。
私にも少年の頃はあった。好きな相手と手を繋ぎ会って眠る、そんな夜が遠い昔に、あった気もするが忘れた。体ももちろん、素肌で触れ合ってる。だがそれだけじゃなく。
手を、それも、指を絡めて、この子は眠りたがる。最初は落ち着かなかったが最近は慣れた。手首には細い鎖が絡んで、その先端には可愛らしい鈴。私が手を離して何処かへ行こうとすれば、すぐ分かるように。
……かわいいなぁ……。
どうしてこんなに可愛いんだろう。私を煙たがって、嫌っているそぶりさえしていたのに、どうして今はこうやって、私が離れていくことに怯えてさえ見えるんだろう。私とのセックスが気に入ったのか。もちろんきっと、それもある。
でも第一は、本当は。
独りで寂しいのだきっと。物心ついた頃からずっと一緒に居た、この子と弟はまるで同じ巣箱で眠るつがいの鳥みたいだった。肩寄せ合って支え合って、この世に子供が二人きり、お互いだけを信じている絆は深く、強い。
それを突然断ち切られて、この子は崩れかけた。弱ったこの子を私は手に入れて暖めて懐かせて、私のことを慕ってる可愛い雛。でも、これを、自分のものにすることは、出来ない。
それは許されない罪悪。これはまだ柔らかいほど若くて、でもいずれおおとりになることが決まっている雛。高く羽ばたいていく背中に私は、重すぎる荷物だ。
君を、本当に大好きだよ。
だからちゃんと、弟君に、君を返してから、そして。
「……、ん……、ナニ……」
繋いだ手はそのまま、目の前の体をそっと抱き寄せた。私が背中に腕を廻すと、君は少し不本意な顔をする。セックスで抱いてる私に抱き締められるのは屈辱的なのかな。でもいいじゃないかセックスじゃない時くらい、私に抱き締めさせてくれても。
「なに、どーしたの、たい……、ロイ」
ぼんやりしていると、呼びなれた階級を呼びそうになる君が素直で可愛らしいんだ。
「眠れないのかよ?」
君は眠っていいのに、私が起きてることに気がついて、頭を振って目覚めようとする。いいんだよ、眠っていなさい。睡眠不足は健康に悪い。特に若いうちは。
「いーよ、明日、汽車ン中で寝るよ。……起きてンなら、ナンか喋ってよ」
まだ半覚醒のまま私の胸に頬を擦り寄せて、そうして今さら気がついたように、
「……あったかい……」
目を細めながら、呟く君が幸福そうに見えて、私は切ない。
なぁ。
私がせめて、女のコなら、君を本当にしあわせに、してあげられたかもしれないのに。
「これしか持っていないからね、もう」
暖かさを慕ってくる君を、抱き締めるしか、出来る事がない。もう身体だけなんだ、この世で私の持ち物は。荷物の中に現金は束であるけれど、いずれ逮捕されれば没収されてしまう。
「どーかしたの?」
不安定な私に気がついて、金髪をざっと後に流した顔がこちらを向く。切れ長の瞳が力強くて、生意気なほど生気に溢れて鮮やかな、見目のいい子だ。最近は少年らしさに凄みが加わって、大人の男に近づきつつある年代に独特の、精悍さが漂う。
「なんか、あった?」
「……怖い夢を見た」
「ウソつき」
私の嘘を一言で看破して、それでも言葉では追及してこない。伸び上がった唇に言葉を奪われる。手首をつかまれ、シーツに張り付けられるまま、観念しきって大人しく手足を伸ばす。
ぎし、と新代が軋む音。ゆっくり起き上がった少年は、背中から落ちてくる自分の髪が気になるらしい。俺の腰を跨いだ姿勢で緩んだ髪ゴムを一度といて編みなおし、横髪もまとめてきゅ、っと、引き縛る。
君がそんな風に、準備するのを見てるとドキドキする。
「ンだよ。ひと起こしとして、逃げンな」
逃げようとしているんじゃないよ、その。
期待で苦しくて、身体が竦んでいるだけ、だ。
「……って、いい?」
イヤ、だ。苦しい、から。
「させてよ。したい。俺、あいつらがしてないこと、したい」
あんたに、と、告げる息はもう私の耳を噛んで、白い牙の威嚇に逆らう力をなくしていく。『駆け落ち』以来、いやその前の、この子がずぶ濡れになってやって来た夜いらい、私はこの子からの要求を拒めたことはなかった。
シーツで練成したハーネス、羽根枕を造り替えた羽毛の先端で全身を擽られて、眩しいほど明るい部屋の下、手首と繋がれて閉じられない脚を無茶なほど拓かされて、爛れそうな灼熱に貫かれてのたうつ。
もうムリ、もう辛い、もう止めてくれ。涙ながらに懇願しても本気にしてくれない。他の男にさせたんだから俺にもさせてよ。誰にもさせてないことも、俺にはさせて。そんな風に言われると逆らえず、泣きながら耐えているしかなくて。
悲しいほど痛いのに、震えながら、それでも。
「あー、キモチィー……」
それでも君が、そうな風に嬉しそうに、言ってくれると、それだけで私まで嬉しい。
君を、好き、だ。
「はい、もー終わったよ。許してやるから、もう泣かないで」
……うん……。
「痛かった?」
……うん。
「ごめん。でもしょーがないね。まだ俺、忘れらんねーから」
私が、君じゃない男に抱かれて鳴いていた写真を。
「もーちょっと我慢して。そのうち忘れたら、優しく抱いてやるから、さ」
「……、キス」
「はいはい」
ちゅ、っと、わざと音をたてて、吸い上げられる唇は最中、食いしばっていたせいで切れて、少し痛かったけれど。
「ちなみに知ってる?俺、あと十日で十六になんだよ?」
「……九日だ」
「十日だよ。コイビトの誕生日ぐらい覚えとけ」
「行政上の満年齢は誕生日の前日だから」
「……へぇ。じゃ、一日早いんだ」
「そう……」
十六歳に、なってしまえば、自由を得る。
「これで一個、あんた苦しいの減るだろ?」
合意の上なら淫行罪は成立せず、子供として社会に守られるされる立場を失う。代わりに、罪を犯せば相応の罰を与えられる。未成年に対する束縛は、同時に社会の生存競争から、まだ柔らかな雛の羽毛を守る庇護でもある。
「あんたのクルシイの一個ずつ減らしてって、そのうちまた、ちゃんとした部屋に住ませて、やるから。……、だから……」
苦しくないよ、今は。やがて来る時に覚悟は決めていた。
「そん時まで、もーちょっと、待って」
毛布を肩に引き上げることさえ出来ないほど痛めつけられて、身動きできない私をシーツで包みながら。
「もーちょっと、大人になれたら、きっと、あんたに、ちゃんと、優しく……、する、から」
そんなに悔いることはない。君は私を乱暴に抱くけれど、それは私が悪いのだから仕方ない。確かに君と約束をしていた。君以外には脚をひらかないと。それを裏切ったのは私の意志でじゃなかったが、だからといって裏切りの事実は消えないから。
辛いセックスは、相応の罰だよ。
君に嫌われなかっただけで、幸運だったと、私は思ってる。君は十分に優しいよ。私を憎まないでくれて。
「ごめんな」
縛られて傷んだ私の肩を、そっと撫でながら。
「そのうち、ちゃんとするから。……それまで、ちょっとだけ、我慢、して」
いいよ。なぁ、エドワード。何度でも言うけれど。
君を大好きで、心から愛してるよ。
辿り付いた北の国境近く。甲冑コレクターだという、土地の名士の屋敷。
以前なら相応の紹介者をたててコレクションを『拝見したい』と申し込む事が出来た。でも、今はお尋ね者の身の上。結局は忍び込むしかない。そういう真似には、少年は慣れていた。一緒に屋敷に忍び込んだ青年も、案外きびきび、不法侵入を犯す。
軍人の合間に怪盗でもやってたんじゃねぇのとからかうと、対テロリスト訓練の成果だよと笑われた。警報を切って、見張りの隙をついて、屋敷の奥深くへ。そして。
「……、アル……ッ」
やっと、見つけた。捜してさがしていた、鎧の姿の弟。
「アルフォンス……ッ」
応接室らしい広間。月明かりの下、ガラスの向うに飾られた甲冑に駆け寄ろうとした、途端。
「そこを動くな」
続きのバルコニーから声。何人もの足音。軍靴の響きは独特で、屋敷全体を揺らしそうに轟く。
「ロイ・マスタング、およびエドワード・エルリック。軍に対する特別背任罪で、逮捕状が出てる」
バルコニーに立っている男の、構えた銃身が月光を弾いて鈍く、禍々しく、光り。
「……、てめぇ……」
罠に嵌まって包囲されていることを悟りつつ、少年はそれでも黒髪の恋人を、咄嗟に背後に、庇った。