S・Sex・Four
「触っていい?」
「ダメだ」
「それ答え違う」
「わたしに拒否権がないなら尋ねないでくれ」
「俺は『いい?』って聞いたんだから、応えは『いい』か『いや』かだろ。『ダメ』ってどーゆー意味」
「検討に値しないんだよ」
「優しく説明してくれないとわかりマセン。……あんたの言葉は、いつも」
難しくって、よく分からない。
言いながら膝に懐く。ジーンズを穿いた膝はデニムの感触が固い。でもその内側の脚の、しなやかな皮膚を知っている青年の胸を疼かせる。痛みに近いほど切なく。
「君にはわたしに、そう尋ねる権利がないんだ」
「理由を教えてよ」
「奥方が妊娠中だろう」
「……それか……」
忘れていた、という風に青年は低く呟いた。本当に忘れていたのかもしれない。仕方なさそうな溜息。そして。
「怒ってんの?」
大きなソファに深く腰掛け寛ぐ相手の、膝に頬を押し当てながら上目遣いで見上げた。金色の瞳がまっすぐ真摯に見上げてきて、見上げられた『女』につい、優しくしたい欲求を感じさせる。殆ど本能に近い衝動。そのまま暫くじっと見詰めていたが、やがて諦めたようにまた、目を閉じて膝に頬を寄せる。
当然、本人は『女』のそばの床に直に座っている。
忠実な室内犬みたいに。
「ごめんなさい」
「きみが謝る必要はない。君とわたしは、もう無関係だ」
「そういや俺、あんたにふられたんだったね」
五年前、あの嵐の夜。鎧の弟をようやく見付けた瞬間の、引き剥がされるような別れ。
「じゃ、あそこから始めようよ。理由を教えて」
「……背が伸びたね」
「誤魔化すなって」
言いながらそれでも嬉しかったのか、青年が笑う。笑うとますます、若さが眩しくて正視できずに『女』が俯いた。少年の頃から目立つ容姿の、整った相貌をしていたが、世間で鍛えられオスの凄みを目尻に宿した二十歳の若者には女神も惑うだろう。
「俺を嫌いになった、理由を教えてください」
姿勢だけでなく口調まで全面降伏。理由は欲情。目の前のカラダを抱きたくて舌先まで震えそう。背中と足はもうひくひくしていて、これが腰まで上がってきたら理性がとんじまう。だから早く、はやくいいって言って欲しい。
強姦したくないから。
「好きだよ」
案外あっさり、『女』は白旗を揚げる。あまりにも簡単に言われてしまったから、青年は意味を一瞬、理解できずに戸惑った。
「ずっときみのことをだいすきだよ」
甘くさえある口調で囁かれて。
「……『でも』って続くんだろ」
皮肉に口元を歪め、そのくせ瞳は真摯に愛を乞う、落差が切なく、互いを揺らしている。
「結婚は神聖な契約だ」
「……だね」
「きみもわたしも錬金術師だから、それを裏切るのはよくない」
「身を引く、とかって言いたいの?」
「そんなきれいなものじゃないが」
「結婚してる男はイヤなんだ?」
「そうだ」
応えに溜息をつく青年は困っていた。だが、追い詰められたようなギリギリの焦燥感は消えて。
「俺も、ずっとあんたのこと愛してるよ。会いたかった」
苦しみの中にも、甘味をみつけて、舌先で確かめるように。
「あんたが生きててくれて嬉しい。俺はあんたに会うために生きてきたよ」
「……、エドワード」
そんな告白を、愛の言葉を聞くのは今更苦しくて、『女』は青年の言葉を拒むようにかぶりを振る。言葉は柔らかいが拒絶は固く、交渉の余地はない。
すっと膝を伸ばして、青年が不意に立ち上がる。明りを背負う形になる影に飲み込まれて、『女』は少しだけ怯えた。立たれるとよく分かる。これが本当は大人しくも従順でもない、自分より大きな男だという事実。
「言えないことがあるんだ」
金の瞳は欲情に潤みだして、オスの気配を漂わせて、それでもまだ、牙はたてなかった。
「でも『契約』で言えない。だからあんたに察してもらうしかない。俺はあんたに嘘はつかないよ。……女の人の、ココを見た事はなかった」
左手を伸ばしてそっと、膝より上に触れる。張り詰めた太腿を辿って、そのつけねまで。
「俺はあんたの三行半を納得できなかった。だからまだあんたとケッコンしてるつもりだった。あんたが俺のせいで苦労してんのに、放蕩はしないさ。夢の中でもあんたしか抱いてない」
「エドワード」
「嘘ついてるように見える?」
戸惑う相手を正面から見詰めて。
「ウィンリィは、幼なじみだよ。俺とアルと、三人で兄弟みたいに、転げまわって、仲良く育ったんだ」
「……君の子供じゃないって言いたいのかい?」
「返事は出来ない。『契約』があるから」
「誰との、どんな?」
「それも、言えない。あいつのことは大事だし、腹ン中のも、凄く大事だけど、俺は女の人『も』、あんたが初めてだよ」
「……甥っ子か、君の」
返事の代わりに、金色の青年は曖昧に笑って。
「触っていい?」
ギリギリ限界の我慢で最後に尋ねる。
「……それが」
「ん?」
「本当で」
「俺は嘘つかないよ」
「嘘つきはみんなそう言う」
「あんたもそうだったね」
「わたしは色んな相手に、いろいろな真似をされたよ」
「……わかってる」
「それでよくて、ゴムを使ってくれるなら」
「陽性だよ、俺。リゼンブールの医者に電話で問い合わせたらカルテが残ってた。俺もアルも、ウィンリィもね。口唇ヘルペスの湿疹だったけど、免疫はそれでいいんだろ?」
ソファは大きく、クッションは柔らかくて、腰掛けた『女』の身体が沈んでいく。男の翳が被さって、覆い尽くして、重なって。
「……、ん……」
濡れた音。深いキス。
「……ッ、イ、タ……」
「ごめん……」
言葉では謝りながら、でも、左手の指に篭った力は抜けなかった。柔らかな胸の膨らみを揉みしだく。全身を擦り付けて。
「イタイ、って……。乱暴するな……。昔と違う、んだ」
「だね。ちょっと、ビックリ」
「それですませる」
「ん?」
「……君はオモシロイ」
「あんたが白髪でも中年ぶとリしてても愛したよ」
「……、はは……」
「ホントだって。この、身体のどっかに」
「……、くすぐ……、引っ張るな。自分で脱ぐ……、から」
「ウロボロスのイレズミがあっても」
懐きあう愛撫の途中で、視線が瞬間、絡まった。
「愛してる」
スリムのジーンズを自分で、腰を浮かして脱ごうとしていた人の、動きを止めた指先にくちづけて。
「キメラにされた女の子を知ってる」
痛くて重くて、切ない記憶。
「アルの中で死んでた女の人は、蛇と合成されてたよ」
切り刻まれていたが腕の形や骨格が明らかに人間とは違っていた。
「……あんたは?」
「なぁ、エドワード」
「なに?……、ロイ」
「私は悪党で加害者だ。いつでも、何処でも」
「優秀すぎるから。でもそれでも、生きててくれて嬉しい」
「尾を噛む蛇の刺青は、ないよ」
「あんた若すぎるよ」
昔から年寄り若く見える童顔で、ヘタすれば十は若く見られた。でもコレはそれどころじゃない。左手を伸ばして触れる頬はつるつるでやわらかいくせにピンとした弾力まであって、殆ど食欲に似た感覚を指先に伝えてくる。
「教えて。あんたどーなってんの?」
「……自分で調べればいい」
『誤魔化したね、今』
その言葉を青年は飲み込んだ。言いたくないのなら聞かないままで、今は済ませてやろうと思ったのだ。
「女の抱き方、教えてよ」
代わりに、多分同じくらい、大切なことを尋ねる。
「あんた昔、オンナタラシって言われてたよな。詳しいんだろう?教えて」
二人で協力しあってジーンズを脱ぎ捨てて、昔と違って薄い布地の、繊細な形の下着も取り去る。
「……」
腕を顔の前で交差させて、剥かれた白い肢体の持ち主は表情を隠した。
「ナンで顔、隠すのさ」
クレバスに沿って指を滑らせ、草叢の隙間の粘膜にそっと触れながら、殆どうっとりした声で青年は囁き、ぺろんと、耳たぶを舐めた。
「……ッ……」
「男ン時と、随分違うよね、カタチ。感じ方もやっぱり違うわけ?どーすれば、あんた気持ちいいのかな?」
「……、ふ、ッン」
「教えてくんないと、自分で調べるよ……?」
思春期から青年期にかけて、軍隊と戦場でばかり暮してきた。女との接触はごく限られて、しかも性的なそれは皆無だ。
「こういうのナンていうのかな。男も女も、俺あんたが初めてだよ」
嬉しいと、本気で言って、それからここでいいかと尋ねた。置くの寝室まで、もちそうになかった。
「……、ろし……」
「ん?」
「降ろしてくれ……。怖い……」
「はい」
指示どおりソファの上で横倒しになっていた体を床の、ふかふかの絨毯の上に抱きおろす。
「他には?」
「……」
「文句があったら、蹴りな」
『女』は少しだけ笑ったが、そんな言葉を嬉しそうに告げる相手が眩しすぎて、また目を閉じた。