S・Sex・Fifteen
四度目に尋ねた夜、ようやく会ってくれた。
そのことにまずほっとして、応接室のソファに座って待つ。家主はわざと席をはずして、俺の前には紅茶が出されていた。
待つほどもなく扉が開いて、姿をあらわした人は俺が見たことない服を着てて、そのことに俺は少し落ち込んだ。キャメルのシャツは白い肌によく似合って暖かそうだ。俺はまだ、服の一枚も、この人にあげてない。
「……やぁ」
立ち上がったまま言葉もなくうなだれる俺に、俺が愛した人は微笑んでくれる。嬉しかったけど不安になった。優しいのは、さよならを決めたからじゃないか?
いつも、前も。
この人はさよならの前、身体がとけるほど優しかった。
「さ……」
「さよならいうなら殺してよ」
俯いたまま、相手の言葉を遮るように叫ぶ。
「俺もう、あんたと二度と、はなれたくねぇよ」
分かってくれ。俺がどれだけあんたを愛してるか。心臓を掴まれて息も出来ないくらい。世界中がつまらないんだ、あんたが横に居てくれないと。
「……さむいから、わたしの部屋においで」
確かに応接室は滅多に使われないらしく、広すぎて天井が高すぎて寒々しかった。
「行こう」
優しさにほっした俺はでもすぐに、優しいだけの人じゃなかったことを思い出した。差し出された右手にぎくっと顔を上げる。白い美貌は冴えて、俺の説明を待ってる。
その掌に、右手をのせながら。
「……アルの、腕だよ……」
罪を供述する。
「右手も、左足も。……アルの、なんだ」
俺は俺のを取り戻せた訳ではなく。
「あんたと別れた後、成長期がきてさ。手足伸びればオートメイルのあわなくなる。軋みがひどくって、でもリゼンブールには戻れなかった。戦争中だったから」
シンには、オートメイル技師が殆ど、『居ない』といっていいほど少なく、そして。
「腐り出したんだよ……」
生身との接合部が。
まだそれが戦場でなきゃよかった。医者の手当がうけられた。でも前線で、それも塹壕戦の真っ只中、負傷者は見捨てられる運命にあった。戦争ってのはそんなもんで、弱ったら敵に食われて味方から置いてかれる。
「俺は錬金術師だったから、それでもだいぶ、厚遇されてたんだけどさ。片腕がなきゃ、錬金術も使えない。移動して行く本隊から、ホントに置き去りにされそうになって」
食料も水も不足した砂漠の真ん中で。
壊死しかけた手足のせいで高熱を出していた俺の、意識は朦朧としてたけど、自分が死ぬんだなってことは分かった。心残りなのはあんたと会えなかったことで、アルに、お前は本隊と行けよって、言った。
「遺言を、あいつに言った。アメストリスでもしあんたに会えたら、俺あんただけ愛してたって、伝えてくれ、ってさ」
証明したかったのはそのこと。俺の愛情を大人たちは、あんたも含めてことごとく信じなかったけど。
そのあとで。
「……アルが……」
鎧の身体の、俺の弟が。
「門を、あけて、自分のを、俺に、くれた……」
俺に意識はなかった。目覚めたときには全部終わってて、俺の熱も壊死しかけた手足の痛みもなくなってて、重いオートメイルは砂の上、俺の頭の横に転がってて、俺には生身の両手両足が揃ってて、そして。
「動かなくなった、鎧がそこにあった」
テントの外で、砂に埋もれかけながら。
「全部、俺の、せいだ」
シン国に行ったのも従軍も、俺が選んだことだった。アメストリスに居れなくなったのも俺のせいで、その前、母さんを人体連銭しようとして禁忌を犯した、あの時から、全部。
「あいつは俺の犠牲になってきたよ」
砂に埋もれて死んだ筈の俺が本隊に合流したとき、シン国の皇子さまは俺を見て笑った。そうして言いやがったさ、魔よけの人形が効いたネって、最初は意味が分からなかった。シンには厄災避けの身代わりの人形に息を吹きかけて、穢れを身代わりにして川に流し去る習慣があった。あいつはアルを、俺のそれみたいだって、言いやがったんだ。
「……それで?」
「埋まってるんだ。この中に」
左手で、俺は自分の、右の二の腕を掴む。
「鎧のアルに描いてた血印の部分だけは、剥がして砂漠から持って帰った。戦場から町に戻って、外科医捜して、皮膚の下に埋めた」
シンでは連丹術が盛んで、人体とは異質の金属でも、薄く削いで表面を樹脂で包んで、生身の中に埋め込んでくれた。
「エドワード」
そうして俺も、もう一度開いた。
「黙っててごめんなさい」
「苦労を、したね」
「ごめん。……言えなかったのは、あんたにそれで嫌われそうだったからで、俺はホントに、あんたしか、抱いてな……ッ」
「弟君の魂の錬成はどうした。君がまた門を開いたのか?」
「……ううん。必要、なかった」
右手をロイに預けたまま、導かれるまま、応接間から廊下に出て階段を上がっていく。
「死者を蘇らせた訳じゃなかったから。アルは俺の片手片腕で『生き』てたから」
俺自身の体、正確に言うと、あいつがくれた俺の『生身』のなかにあいつの魂を宿して。
「……なかに、居るんだ……」
最後まで俺の性で貧乏籤を引いた、桶の弟。
「エドワード」
「時々、出て来る。だいたい新月の時に二・三日。俺とは会えなくて、手紙とか、ウィンリィ通した伝言とかがコミュニケーションになる」
アルが出てきてる間、俺には意識がない。
「アル、あんたに何したの……?」
怖かったことを、尋ねる。
「実質的な被害はなかったよ。ハボックが庇ってくれたから」
「……よか……ッ」
「エドワード」
「二度とさせないから。約束するから、帰って来てよ」
「さようならだ」
「イヤだ……ッ」
「仕方がないだろう。君はもともと、弟君のものだ。彼が私を許せないというなら、わたしたちは別れるしかない」
「勝手に決めるな、説得するから、そんな簡単に決めんなっ」
「わたしも色々、考えたんだがね」
俺はまたあんたをしあわせにしてない。
「やはり我々は、許されないんだよ」
なんで、どうして。俺たちは、ただ愛し合っただけ。それを許すとか許されないとか、そんな権利は誰にもない筈だ。
「祝福されない恋は相手から、家族や友人を奪ってしまうから」
俺は、いやだ。俺あんたと離れるなんて絶対にイヤだ。
「わたしにそんな勇気はない。それに、わたしを嫌う君の弟の意見はもっともだ。わたしは君に相応しくないからね」
「俺だって人殺しだよ」
「こんな身の上になってからいろんな男と寝たよ。大総統の命令で、不老不死の秘法を餌に、あいつは将軍達の忠誠を求めていた」
「非戦闘員は殺害しないなんて嘘だ。市街戦になりゃそんなもん、区別つきゃしねぇ。目に付く動いてる奴は殺した。実際、女でも子供でも、銃は撃てるからね」
「ついでに大総統の愛人もしていた。いろいろ面白いこともあったよ。男というものは男同士の時と女性にむける顔では、豹変するものだな」
「約束するから、二度とあんたに、悪いことさせねぇから」
「なぁ、エドワード」
部屋に入って、抱き寄せた俺の腕の中で大人しく、俺の肩に額をこてんとあてながら。
「……もう許してくれないか。十分苦しんだから」
優しい声で、そんなことを言い出す。
「君のことを愛してしまった、わたしを許してくれないか」
「別れろ、っていうの……?」
「君を不幸にしたくない」
「俺を棄てるんなら殺せよ」
「そんな自由もないくせに」
あっさり言われて唇を噛み締める。その通りだった。俺が死ねば、俺の中のアルフォンスも生きてはいられない。
「君を大好きだよ。だから、君の家族や友人に、憎まれて隣に居るのは辛い」
俺も昔、あんたの親友と部下に、憎まれたけど、あんたのこと諦めなかったよ。
「きっと君よりわたしの方が、きみを好きなんだ」
別れ話してるくせに、なにほざいてんの。
「ずっと君の幸福を祈ってる」
「二十五年で、あんた居なくなるんだろ」
逆向きの時計は、終焉に向かって針を進めてく。こうやってる間にも時は流れてく。一緒に入れる時間が決まってんのに、何日か離れてただけでも、俺は口惜しくてたまらないのに。
「なんで今、離れなきゃならないのさ……ッ」
「犬か猫になってそばに居てもいいかね?」
俺の金髪に頬を寄せながら。
「それならきっと黙認してもらえる。セックスできなくても、そばに置いてくれるかい?」
……ロイ。
あんたがなに言ってるか、おれわかんねぇよ。