T・Sex・Three
目玉にそれが張り付いて剥がれない。コンタクトレンズみたいに。
おかげで何もかも、それに重なって見える。
女も男も、景色も食い物も。
苦しいっていうか、不自由で不愉快だ。
なんとか、どうにか、してくれよ。
なにを、見てもしても、そればっかりになる。
おかげで彼女にはふられた。セックスに気合いが入ってないと女はすぐ怒る。ベッドの上で棄て台詞を吐かれて、下着を身につけて出て行く背中は、怒ってたけど引きとめられるのを待ってた。腕を伸ばして引き寄せてキスすれば機嫌を直しただろう。そんな気分にはなれなかったから放っておいた。今はそれどころじゃない。
ノリとカラダがよく合うオンナだった。でも、今、俺はそれどころじゃない。そいつの声も肌も好きだったけど、今ほしいのは違う。
静かに、何日もかけて、自覚していく欲望。
自覚は俺には、少しもなかったのに、最初のタマを弾いたのはそっちだ。おかげで俺はブレだして、もうかなり歪んでる。
……ちょっと、そこのヒト。
澄ましてないで、こっち向いて笑えよ。
そんなことを考えながら、視察中の人を眺めていた。消防設備や避難誘導燈を確認していく視線。説明する施設管理者が指し示す図面に頷く白い顔。
イヤミなくらい、やりての上司。二十代の大佐で国家錬金術師。たまたま、この東部で俺はこのヒトの直属になって。時には狎れた口もきくけど、基本的には遠い人。
……だと、思ってた。
なのに今、生々しいくらい身近だよ。白い生身を知っちまったから。一昨日のあんたが視界から消えない。今も軍服のコートごし、二重写しになって俺の脳みそには映る。
軍服のその襟を披いて、胸をはだけて、男に触らせて。
目をぎゅっと、閉じてほんの少しだけ喘いでた表情。
口元を舐められながら、胸をどうされたのか、肩を竦めて、身悶えた瞬間のシートの軋み。
『……、な……』
『だ……、よ』
何を話してるかは分からなかった。公用車の後部座席、俺が送迎の当番で、前の夜に泊まってた鋼の大将を出勤ついでに駅に送れって、言いつけられた時までは、なんとも思っていなかった。
あのガキが時々、あんたの公舎に泊まってることは知ってた。俺だけじゃなく、みんな。鋼の大将は東方司令部に顔を出しにくるといつも、あんたの勤務上がりまで待って、あんたと一緒に司令部を出て行った。メシ食って泊まってるのは知ってた。レストランや公舎に、送った事が、何度もあったから。
……でもさ、まさか。
……セックスしてる、ナンて思わねぇだろう、普通。
今更だけど、はっきり犯罪だぜ。十六歳未満のと二十一歳以上が、ヤっちまったら合意の上でも性犯罪だ。それに性別や立場は関係ない。あんただって、それくらい知ってるだろう。
……なに、考えてんの、さ。
なに考えて、そんなコトしてんだよ。そんなガキと、毎回、セックスしてたのかよ。てっきり兄弟みたいなモンだって、思い込んでた俺たちはお人よしのマヌケ?でもそうとしか見えなかった。鎧の弟をなくした大将が、寂しくてあんたに懐いてるんだって、心からそう、思ってた。
無邪気に仲良く、見えたのに。
裏でなにしていたのさあんた。そんな、ガキ相手に。
……セックス、してたの、かよ?
二人の国家錬金術師を乗せて駅へ向かう車を運転しながら、背後に奇妙な違和感は覚えてた。二人とも黙り込んで、でも、喧嘩したとか、そういう感じじゃなくて。
先に口を開いたのは大佐だった。今度はいつ会えるかな。元気に戻ってきたまえと、それは立派な、上司もしくは年長者としての、言葉。鋼の大将は答えなかった。じっと大佐を見返して。
『……少尉、お願い』
俺には目線を向けないままで。
『どっかの路地に入って。人気がないところ』
妙な頼みだった。それでも俺は、言われた通りにハンドルを切った。繁華街の一角、夜になればネオンが点って魅惑的だけど、明るい時間は寝ぼけたような街の裏通り。
『……、がね、の……』
大佐は少し、咎めるような声で、でも俺に進めとは命令がなかった。てっきりナンか内緒の話があるんだろう、って、思った俺は次の瞬間、心底、驚いた。
心臓が、飛び出すどころか、止まっちまいそうな、くらい。
バックミラーに映った二人が、ナニしてんのかに気が付いて。
キス。
それも、鏡ごしでもはっきり、舌が絡んでるって分かるくらいの、濃厚な。セックスしてなきゃありえない深さの。
『……ッ』
大佐は少し嫌がってた。そりゃそうだ。朝だし、公用車の中だし、運転席には俺が居るんだし。でも鋼の大将を引き剥がそうとはしてなくて、敢えて言えば、早く済ませてくれることを願う。そんな感じの消極的な『嫌がり』方だった。
大将は随分熱心に舐めてた。大佐の唇もナカも舌も。唾液が滲んで絡み合う音がする頃には、大将の方にかかってた大佐の腕はシートに落ちて。目を潤ませてぼんやり、チカラが抜けた体をシートに、もたれさせる様子は。
……ホンットに。
据え膳、以外のナニにも見えなくて。
確かにその時、大佐は待ってた。
……オトコを……?
そんなガキに、させてんの?
大将は大佐の服の、前をはだけて、指先を忍ばせた。大佐がゆるく身悶えして息を吐く。ぴくん、って、全身が竦むのが見えた。見えたのはそれだけじゃない。……ガキが。
不思議な金目で、俺を見た。服の中に手を入れて俺の上司を愛撫しながら、視線を俺が映ったバックミラーに。鏡の中で俺たちは向き合い、俯いたのは、俺の方だった。
『……、さ……』
ほそい小さな声。多分、愛の告白の言葉。肩を竦めて嫌がってた人が、それを聞いて唇を噛みながら、びくびくしながら、身体から力を抜いていく。言葉一つで操られて、いいようにヤられてんの、あんた。
……そんな、ガキに……?
車の中で、朝から、とんでもねぇもの、見せられて、その上。
ガキに、挑発的な目を、されて。
それで初めて、俺は分かった。知ったんだ。それまでは知らなかった。あんたの身勝手や我儘に呆れながら、それでも一途について来た、理由はあんたを、好きだから。
そしてあんたも、本当はそれを知ってる。だから俺には特別に我儘で自分勝手だ。鋼の大将が警戒して、わざと俺の前でエッチィこと仕掛けるくらい。
『……ダロ……?』
牽制されるまで、俺は自覚が、全然なかったのに。
『少尉んこと、なンとも思ってねぇんなら平気ダロ……?』
甘い睦言の、フリをした脅し文句。言われて大佐は大人しくなった。オトコの嫉妬を許して、容れて、俺をなんとも思ってない証明の為に、俺の前でカラダ触らせて?
……馬鹿に、すんなよ……。
いろんな気持ちが渦巻いて、気分までマーブル模様。バカにすんな、っていう怒りの隣には感嘆があった。すっげぇキレェな、声、してた。
高い声で鳴くオンナはキライじゃない。
抱いて突っ込んで繋いで揺らしてて愉しいから。
……してんのか、あのガキは。
ガキのくせに、そんな真似、するのは許せねぇし、させるのは犯罪。ンな真似、やって、いいと思ってンのか?
驚きの裏側に不満。あんなガキより、ずっと、きっと。
……俺の方が、あんたには似合うよ……
歳も、多分、セックスも。
あんなガキより、俺と遊ぼうよ。
マーブル模様は渦巻いて、ゆっくり一つの色になっていく。本気の相手を口説くみたいな、したことないけど多分、女に求婚する時みたいに、神聖な気持ちが最後には浮かんできて。
……そんなガキ、やめて俺にしなよ。
舌の下に、隠した告白の言葉が、声になるのは時間の問題だった。
午前二時、夜勤の俺は飛び起きた。
司令部内じゃない。上司の官舎の、宿直中だった。衛兵の足音。勤務中の仮眠だったから俺も軍服のままで廊下に飛び出す。俺を見るなり、見張りの衛兵が。
「侵入者ではありません。非常ベルは大佐のプライベート・エリアからです」
そう伝えてきて、少しだけ緊張を緩める。襲撃でもテロでもないことがはっきりして。
「酔って帰って来てたから、水でも欲しいのかもな。お前らいいぜ。俺が行く」
今日は中央から客が来てた。そいつと大佐は友人で、二人で呑んで、随分と酔っ払って帰って来た。気分でも悪くなったのか、もしかしたら人に見られたくないことになってるかもしれない。そんな気持ちで衛兵たちを追い払って。
「大佐ぁ、開けますよー」
寝室の扉に手をかける。一人でそうしたことに、本当に他意はなかった。意識しては、なかった。無意識のうちにチャンスだとか、思っていたか、いなかったかは、自分でも分からない。
「しつれい、しまー……」
す、とは。
続けられなかった。
フットライトだけの暗い室内。
薄い間接照明の中で繰り返される、荒い呼吸。
悲鳴混じりの叫び声は、口元を覆った掌に阻まれて嬌声じみた息にしかならない。
逃れようと、必死で本気で、のたうつカラダをベッドの上で、背中から押さえ込んだ、男。
押さえ込まれているのは、俺の黒髪の上司。
そして。
「……来い」
そして。
「こっち来て手伝え。……酔ってて加減が分からん」
押さえ込んでるのは、上司の友人。愛妻家で知られたヤツ。でも別人みたいに見える。細いフレームの眼鏡を外して髪をおろした顔は若くて鋭くて、いつもの明るい、軽いノリは気配も残ってない。
「脚を押さえるんだ。披かせろ」
……なんで……。
……こいつまで、俺の大佐にこんなことを、してる……?