T・Sex・Four
そんなつもりで隣に寝せたのではなかった。
子供の頃から知っているこの少年に、こんな不埒な真似を。
「……、大佐……」
するつもりで、連れて帰った訳では。
「……キスしていい?」
なかった。
「ん……」
くちづけを、それはそれは切なそうな可愛げ溢れる表情で強請られて、ほだされ目を閉じる。触れる息を感じながら改めて、己の罪を思う。
こんな真似をする、つもりではなかった。
いつもは生意気で強靭なこの子がぼろぼろに傷ついて弱って、凍えていたからベッドに入れて暖めた。抱き締めてやると、鎮静剤が効いてうつらうつら、している間はまるで私に縋りつくみたいにぎゅっと、私のパジャマの裾を掴んで離さなかったのに。
軍医は一晩ゆっくり眠る量を処方した筈なのに、この子が起きたのは夜半。普段から鍛えているだけあって鎮静効果が早く切れたのだ。目覚めたこの子はここを出て行こうとした。行方を眩ませた弟を探しに、あてもなく。
外は雨で、寒くて、この子は薄着だった。濡れたコートを脱がせて私のシャツをパジャマ代わりに着せていた、その姿のままで外へ行こうとした。私はとめた。錯乱していると思ったから。
なのに子供は止まらなかった。力では、敵わなかった。大人の、上官の、面目をかけて引き止めようとしたがあっけなくふりほどかれて、私は。
むっとした。このまま出したら面目を潰される、そんな風に思った。私は負けず嫌いだ。そしてさっきまで自分に擦りついていた金目の猫が、目覚めるなり私の手に爪をたてて離れていこうとする裏切りを許せなかった。
勝手に保護しておいて、身勝手な理屈だ。我ながらそう思う。落ち着いた今では。その時は咄嗟で。
身体は意思のまま動いた。そんな真似を自分が、まさか出来るとは自分でも思っていなかった。けれどしてしまった。私は私が思うより深く、『女』の属性を持っていたらしい。
珍しく懐いてきた可愛いのを、手放したくなかった。
離れて行かれることに怒りを感じた。その気持ちのまま。
子供にいけない真似をした。反論の余地なく、それは犯罪。最初は驚いて竦み上がった温かな体が、やがて快楽を感じて震え出すのに時間はかからなかった。息が上がって、喘ぐような声をあげ初めて、私の掌が濡れだして滑り出す頃になってから。
『……イヤ、か?』
私は尋ねた。これ以上はないくらい卑怯に。本能の刺激にさらわれた後では理性も良識も目覚めないことを承知で。
子供は私に、なにを言われたかよく分かっていなかった。とろんとした目で、甘ったるい表情が可愛かった。出て行こうとしたことなど忘れ果てた顔で、私が身体を離そうとすると追ってきた。その反応に私は心から満足した。そして。
……歪んでいない、本能は強靭で率直で。
ごく若い頃から同性と繰り返したセックスに、性癖の歪んだ俺には想像できないほどの健やかさで。
子供はゆっくり起き上がった。荒い呼吸を繰り返しながら、それでも俺の、上に乗ろうと、して。
俺は心底、驚いた。
頬が柔らかな、まだ子供なのに。俺より小さくて幼くて、間近で眺めれば驚くほど整った顔立ちの可愛い子、なのに。
それでも俺を、『抱こう』とする相手の、オトコの、オスの、健康な本能にびっくりして声も出なかった。
『……、まて……ッ』
正気に戻ったのは機械鎧の手に押さえられて、もう、どう仕様もない体勢になってから。
『まだ、む、リ、……、がねの……、痛い……ッ』
まさか自分が、悲鳴を上げる側に。
『……、め……、ヤメ……、逃げない、から……、マテ……』
あげて哀願する側にまわるとは。
『……、濡らす……。舐める、から……。……、手、離せ……』
思わなかった。意識の表面では。
でもどうだろう。無意識に、誘い込もうと、していたかもしれない。女性とのセックスは何人とも体験したし、好きだし、気持ちがいい。が、男に抱かれる快楽の、焼ききれそうな痛い刺激は、女性相手では求めようがなくて。
『……、ん……』
俺に梃子摺ってから、仕方なさそうに、子供は俺の願いを受け入れた。強姦するにしたって男同士じゃ、前戯をきちんとしないと、そもそもの結合が不可能だ。力では負けている相手に、引き据えられてぐしゃぐしゃに弄られて、涙乍らの懇願を。
『……、ん……、ン……ッ』
自分がするとは、まさか思わなかった。
『……、ふ……、……、ん……』
犯されるのは、もう本当に久しぶりで、こんな子供が相手でも怖くて。
『……、ちゅ……、ん、ぷ……』
そのまま口淫で、誤魔化そうとしていたのを、まるで。
『も、いいだろ、大佐。……、出ちまう……』
はぁ、と、息を吐きながら。
子供が言った。俺の内心の企みを見通したみたいに。口調は途切れ途切れだったが弱さはなく、堂々としていて。
『……続き……』
俺を抱く、本番をもとめてくる。ソレから顔を離されて、シーツの上でカラダを広げられて。
『……、マテ……ッ』
『待てねぇよ』
意外なほどきっぱりした声で答えられて。
『……、ま、って、くれ……』
腕に捉えられれば動けなくなるから、その前に涙ながらに哀願した。怯んだ隙にカラダを捩じらせて、隙間を作って、俺は、自分の指を舐めて、濡らしてから。
『……、ん……、』
『……へぇ、そーやんだ』
自分で、慣らした。快楽の記憶とは別の意味で、俺は男にされるのは久しぶりで、いきなりの挿入は怖すぎた。いくら相手がまだ柔らかな子供でも。
『深いね、けっこう……』
シーツを噛み締めながら、ぼろぼろ泣きながら、慣らす俺の指を子供が、そっと押さえつけて。
『抜いて。俺にさせてよ。教えて』
欲情に喘ぎながら、でも優しい声を、出す。
『どういう加減がイイのか教えてよ』
だから、オトコは、嫌なんだ。
結合を焦って無茶するかと思えば、こっちが崩れたと見るといきなり、余裕を見せて、焦らしだす。
『ココは?もっと?痛い?……キモチイイ……?』
翻弄される、という意味の。
被虐に近い、頭の芯がジンジンと、痺れるような、快、楽。
ぐちゃぐちゃのセックス。
それはまだ、でも、まだ比較的、罪が軽い。
ような、気がする。これに比べれば。
「……大佐」
触れるだけのを何度も繰り返して、私が根負けして開くのを待って、それからそっと、恭しく丁寧に、私の深みへ差し入れられる、舌先は柔らかくて甘い。こんなに甘くて清らかな味は知らない。女性でさえこんなに純粋な味はしなかった。まぁ、確かにこの子は私が抱いた女性達より、さらに十歳ほどは、若い。
……なんてことを。
自分自身に向かって思う。なんて真似をしたんだ、罪作りな。まだセックスにも恋愛にも免疫のない、こんな子供に、手を出して。
「大佐、好き。……大好き」
それは錯覚だよ。一緒に寝れば大切な、愛しいような気持ちになるけれど、遊びのセックスの感傷は、朝になったら忘れなきゃならない。それが大人のルールであって、守らないと、社会の中で、爪弾きにあってしまう。
「気持ち、よかった。……大好き……」
初めてのセックスに引き摺られて、私みたいなのにそんな大切な言葉を、使ってはいけないんだ。朝になったら忘れてくれていい。忘れて欲しい。頼むから。
「大佐、なんで返事、してくれないの?怒ってる?」
まさか。
心配そうに俺の顔を覗き込む子供に、怒っていないとかぶりを振り笑いかける。うまく笑えなかったらしい。子供はみるみる、表情を曇らせて。
「具合悪い?俺らんぼうだった?いたい?ごめんなさい。なんかできること、ない?」
……いいや。
君は上手だったよ。初めてとは、とても思えないくらい。久しぶりの抱かれるセックスは痛みもあったけど気持ちがよくて、私はそれを、したたかに味わった。喉から溢れるまで満足するまで欲しいだけ、くれた君は情熱的で、とても素敵だった。でも。
「ねぇ、大佐」
そんな優しい声を出すんじゃない。今は微妙な、とても複雑な時間だ。上手に出来た初めてのセックスが終わって余韻まで美味しくて、お互いに一番、勘違いしやすい短い時。油断をすればこの瞬間の、罠に嵌まって破滅してしまう。本能に隠れた愛情と言う、罠。
人間はね。
それに正直に、生きてはいけないんだ。
押し殺さなければ社会の、中でこっちが、殺される。
みんな残酷に、無慈悲に断罪していくよ。私はそれを、よく知っているんだ。昔、若い頃、この時間の罠に落ちて深みに嵌まってたことがあって。
君にあんな、憂き目はみせられない。
「これっきり、とか、言わない、よな?」
不安そうに手を伸ばして、願うように私の胸に触れて、真摯そのものの目で、私にそんな風に。
愛情を、乞わないでくれ。与えたくなってしまう。
結局ソレはお互いの為にならないのに。
「今までみたいに、笑ってくれるよ、な……?」
笑って、そうして、抱き締めて。
朝まで愛を囁いてやりたい欲求を耐えるために、その手を振り払った。傷ついた表情を見たくなくって、頭を抱え込むようにシーツに突っ伏して背中を、向ける。
「……、大佐……」
すまない。これではまるで、君が私に、乱暴をしてしまったみたいだ。君は被害者なのに。悪いのは私なのに。
「大佐、たいさ……」
私を呼びながら背中に頬を押し当てて。
「……俺のこと嫌わないで……」
そんなことを願わないで、くれ。
それから。
時々、私たちは、それでも仲良く、した。
子供はまだ勘違いしていて、その間違いを解かない、誤解させたままで、突き放すのも、どうかと思ったから。
「……ナンでそんな寂しいこと、言うかなぁ、このヒトは」
私の胸に懐きながら、ふざけたふりで呟く、君が可愛いからだよ。だから本当のことを言う。これは続かない、間違った関係。いつかは壊れて、お互いに傷を残すだろう。私はいいよ、でも君に。
消えない傷痕は、つくりたくないんだ。
「分かんねーよ。ンな抽象的じゃなくって、具体的に言えよ」
君にね、嫌われて、憎まれたくないんだよ。
「……?」
前にも私は、こんな風に、なったことがあって。
「分かってるよ。俺があんたの、初めてじゃねーのは」
時間切れになって別れた。分かってたことだったのに辛かった。相手をまだ、少し憎んで、怨んでる。少しだけだけどね。
「そいつのこと、まだ好き、なの?」
君に私はそんに風に、思われたくないし、思いたくないんだ。時間が来ても、仲良くしていたい。君を好きなんだよ。
「畢竟つまりよーするに、あんたは俺を、ぜんぜんちっとも欠片もほんの少ぉしも、信用してねーんだ?」
……それは、少し、違うんだが。
「俺がガキだから?いつ気が変わるか知れたもんじゃねーって、思ってる訳だ。ふぅん」
……怒ったか?
「悲しいけど、俺がガキなのはホントだから。まぁでも、いいさ。人間、若返りゃしねーんだし。イマドキのショーネンのセイチョーはハヤイですからねぇ。……俺だって、すぐガキじゃなくなるよ」
子供でなくなったら。遊んでいられなくなったら。
ちゃんと、優しい女性と、きちんと恋愛、するんだよ。
「アイしてますって、そしたら信じて、な」
首をかしげながら、俺の膝に懐きながら、俺を見上げてそんなことを言う、君はとても、可愛い。
「……あんたのことだけ、心から愛してます」
やめてくれ。頼むから。
信じたくなって、苦しい。