すべからく、すべて・8


 抱きあう。じゃれつく。幸せに微笑みながら。
 言葉もなくキスを交わして、触れあう、幸せ。
 頑丈な大きな男はでも、裸になれば俺のものだった。俺に、とても嬉しそうに懐いてきた。
  膝を広げられ股間に鼻面を押し付けられて、開いた男の唇に含まれる。何もかも。
 そして……、嘗め尽くされて、べちゃべちゃに、されても。
 俺は平気だった。そりゃモチロン、恥かしかったし、時々は痛くて苦しくて。でも……、そんなの、少しも気にならないくらい。
 満足だった。これをようやく、抱き取れた気持ちになった。 
 愛してた。だから男が満足そうに息を吐くたびに嬉しくて。 
 ぎゅうっと、俺は男の背中を抱いた。俺がそうすると男は、俺に本当に懐くように、俺の肩に顔を埋める。気持ち良さそうに。 
 ……カワイイ。 
 なんて、可愛げのある男だろう。 
 裸のままで部屋に篭った。食事はドアの前までワゴンで届けられ、そこからベッドまでは男が運んできた。
 俺は、ベッドから出なかった。時にはシーツから腕さえ出さずにクラッカーや果物を、食べた。男の手が俺の唇までそれらを運んでくれて。 
 疲れると眠った。それも裸ままだった。男は俺が眠ってる間も、じっと俺を抱いてくれていた。時々は起こされた。
 悪戯に素肌を辿る、指先の刺激で。 
「……、ン……」 
 俺は眠りから引き戻されて。 
「けぇ、すけ……?」 
 名前を呼ぶと目蓋にキスされる。開け、といわれてるようだった。 
 俺はよく眠った。慣れない性交はやっぱり、カラダに負担がかかるのか、交わりが終わるたびに意識は暗い闇に、落ちた。 
 啓介はあまり眠っていないようだった。俺がいつ、起きても啓介は俺を待っていた。
 そんな男が愛しくて、俺は膝を緩めた。腕を開いた。 
 男の、手指に、舌に、全身に。 
 可愛がられるのは……、キモチがよかった。とても……。 
 でも、柔らかな愛撫の終末には、いつも。 
 男のために耐える時間が……、来る。 
 耳元、唇、そして胸の先端。腹を辿って臍に舌を、届く限りに挿しいれられると。 
「……、ぃ、ヤダ……ぁ……」 
 期待で震える俺自身には、あんまり触れてくれなかった。代わりに腿の内側や足指、なんかは随分、熱心にしゃぶられた。
 俺が震えて、もう我慢できなくて、強請っても。 
「……」 
 曖昧に笑われて、それだけ。 
 キタナイから、してくれない、とも思えなかったのは。 
 至近の場所にある、俺の……。狭間は随分、熱心に……。 
「ケースケ、そこ、や、だ」 
 弄られるのは愉しくてうっとりした。気持ちよさに喘ぎながらでも、俺は、それだけは嫌だった。 
「オネガ……、や……」 
 恥かしさに死にたくなる。そこは……、違うと思うから。 
 愛し合うための、場所じゃないよ、そこは……。 
「カワイーんだぜ、ピンク色。でもまだちょっと、幼いカンジ。昔はもっと、深かった。……緋色ってカンジで……。こーやって」 
「……ぁ、あ」 
「指で触ると、ぴくぴくして、中に吸い込もーって、吸い付いてきた。……可愛かった、な……」 
 昔を回想する、うっとりした男の、声。 
 過去を相変わらず、男は話そうとしない。けど、昔の、俺との、俺の……。 
 セクスがどうだったか、についてだけは饒舌だった。 
 愉しそうに、話した。 
 以前の俺を懐かしむみたいに。 
「やらかくって、キモチイーけど」
 「……、あぁ、あ……、イヤ……。そんな、ナカ……ッ」 
「まだ浅い。しょーがねーか、まだ……。早く」 
「擦らないで……、クレ……、イヤ……ッ」 
「もっと高い声で鳴きな。……透明な……」 
「も……、ヤダ……ッ」 
「……まだ感じてねぇの?」 
 男の掌が俺を包む。慰撫というより、試すように。俺は……、後ろを犯される衝撃と痛みに竦んで、いた。 
「おかしーよ。逆だ。ここ、弄ってやったら、こっちも……」 
「あ……、イタ、痛い……ッ、イ……ッ」 
「熟れなきゃいけねーのに。逆だよ、これじゃ……」 
 ぎゅっと捕まれて乱暴に扱きたてられる。手っ取り早く、俺をイカせるタメの動きだった。
  愛情とかじゃない。欲情、でさえない気がして、俺は、なんだか……。 
「ほら……。ココ。気持ちいい、だろ……?」 
 男の声は喉を鳴らす猫科の獣みたいで、それは殆ど、唸り声だった。 
 俺のナカの、ある場所を執拗に、男の指先がいたぶる。その指が二本に増えて。 
「……、ァ……」 
 俺はもう、シーツを掴んで泣くしかない。 
「早くさぁ……、昔、みたいに……」 
 戻れと告げられて、指が引き抜かれる。
 うつ伏せにされて腰が持ち上げられて、下腹とシーツの隙間に枕が置かれて俺は、男に尻を差し出す姿に、なる。 
「……う、ヴ……ッ」 
 セクスというより、陵辱。羞恥を通り越して屈辱を、感じて俺は涙を呑む。 
「スキ……、だぜ……」 
 告げながら。 
「イヤ……、嫌だぁ……ッ」 
「自分で、しろって言っただろ……?」 
 男が俺に入ってくる。固くて熱くて、痛くて……。引き裂かれる衝撃に俺はのたうつ。
 その俺の動きを阻むように男は腕をまわしてきた。……そう。 
 それは抱き締められているんじゃなく、拘束。 
「ほら。力、抜けよ……?」 
 優しいふりで囁かれる。竦んだ体を必死で緩めても、緩めた以上に深くまで。 
「……、イタイ……」 
 攻め込まれれば……、同じコト。 
 無慈悲にぐいぐいと捻じ込まれて、ようやく男の動きが止まったとき、俺はもう、口もきけなかった。 
 ……苦しい……。 
 指先さえ動かせず、浅い呼吸を繰り返すだけの俺。力を入れればそこから裂けそうでピクリとも動けない。そんな俺の背中に、男は。 
「……キモチ、イイヨ……」 
 満足そうなキスを繰り返す。何度も……。 
「すっげぇ、イイ。こーしてんの、スキ。あんたが俺のって……、思える」 
 俺は……、お前のものだけど……。 
 こういうのは、この時間は少し……、辛い。 
 痛いのが、苦しいのが嫌なのとは、違うんだ。 
 なんか今、お前……、違う。 
 ホントに俺のこと抱いてる、か……? 
「……、」 
 声にならない、掠れた吐息の中に、なにか。 
 嫌な何かを、お前、隠してない……? 
「動くぜ。……ちゃんとしろよ……?」 
 俺に、言い聞かせるように。 
「ほら……、ホラッ」 
 優しい声が、どんどん優しく、なくなって。 
「合わせて揺らすんだよ……、いい加減、思い出せ、よ……ッ」 
 …………分からない……。 


 ベッドの端に、カラダを寄せていた。 
 背中を向けてそうしていると、男は起き上がって、溜息。 
 どうすればいいか、って途方に暮れた感じで。 
 そして、そっと手を伸ばして。 
「……そんなに、痛いのかよ……?」 
 包み込むみたいに俺を抱き締めながら尋ねる。痛いけど、痛いのが嫌、なんじゃなくて……。 
「悪かったよ。つい、忘れちまうんだ。……あんたまだ、馴れてねーんだよな……」 
 昔の俺は、お前に挿れられて揺さぶられるとたまらなく蕩けて、高い声で鳴いたの……? 
「ほら。もう今日は俺はヤらねぇから、こっち向きな。……な?」 
 肩を捕まれて、ぐいっとあお向けにされて、ブレた世界の中で。 
「……、ぁ……」 
 視界を掠めた天井の模様が。 
「ん?ナニ?」 
 なんだか、深い、記憶を、くすぐった。 
「ここ……、前から俺の部屋だった?」 
 中庭に面した天井の高いヴィラ。 
「このベッドで昔、お前に今みたいに、起こされた……?」 
 昔の記憶を、俺は本当に何も思い出さなかったけど。 
「今、天井見て、なんか……」 
 思い出しかけた、と。 
 告げる言葉を、阻まれる。 
 男の掌が俺の顔を覆った。片手は口元を、そして片手は俺の、目元を。 
 覆い尽くして何も見せまい、言わせまいと、する。 
「……思い出すな……」 
 男の、声は殆ど、哀願に近い震え。 
「思い出すなよ。……もう、いいじゃねーか。忘れてろ。……、な……?」 
 さっきとお前、言う事が、違う。 
「忘れてくれよもう……。何でもするからさ……」 
 記憶は失ったままで、カラダだけ、もとに戻れってことか?お前が仕込んだ昔みたい、に……? 
 俺を二年も抱かなかったのは、俺に記憶を、戻したくなかったから? 
「も……、離れてかないで、くれよ……」 
 えぇと……。それはどういう、コト……? 
 お前は俺が酷い真似をしたって言ってた。お前を傷つけて棄てたって。 
 でも……、なに?思い出したら、俺、お前から離れたくなる、のか……? 
 それってつまり……。 
 なぁ……、どういうこと……? 
「……ンッ」 
 さっきまでの、痛みの代償、みたいに男の掌が、やわやわ、優しく、俺に絡みつく。 
 優しく弄られてると、思考が止まる。……気持ちいい。 
「は……、ふ……、ぁ、ン……ッ」 
 拒んでいられず、男に腕を廻す。そうして男の、唇にキスした。優しく触れられるのは、スキ。 
「……うん……」 
 男もほっとしたように、俺の体に被さった。肌を触れ合わせて、ゆっくり指を、俺の……。 
「ンーッ」 
「好きだね……、ココ……」 
 くすくす笑われて、でも。 
 反応を止める気には、ならない。 
 とろけ、そうだ……。胸の先端を弄られて、擦られて潰されて。 
「うん……、ん、う、ぅ……」 
 俺の反応に気をよくした男が、胸元に唇で吸い付く。 
「ァ、ア……ッ」 
 や……、ダメ……、駄目だ、よ……、そんな風にしないで……。 
 挿れられる時とはゼンゼン違う、身悶え。 
 そんな風に、される、と……。 
「ヒクヒクしてる。……うまそー」 
 男の唇が胸から離れる。それが嫌で、俺は身悶えた。だめ、イヤ、まだ……。 
「まだこっちがいいの?」 
 ……うん……。 
「はいはい。言う事、きいてやるよ。何でも」 
 ……ホント? 
「あんたの言う事、なんでもきくよ。……別れる、以外なら……」 
 優しい声が、なんだか、苦い。 



 それから。 
 どれくらい時間がたったかは、わからない。けど。 
 朝だった。鎧戸が開けられた部屋は明るかった。 
 男は、居なかった。俺と同じベッドの中には。ベッドの端に腰かけて俺を眺めてた。 
 その視線で、俺は目覚めたのだ。 
「……おはよ……」 
 俺が起きたのに気づいた男が、手を伸ばして俺を抱き寄せる。唇を、重ねる。気持ちよかったけど違和感があった。
  男は、素肌じゃなかった。 
 服を着てた。それも楽な部屋着や、俺が好きなジーンズ姿じゃない。
  肌触りのいいシルクのシャツ、高価そうな、ネクタイ。……スーツの上着は羽織ってないね。廊下で執事が、持って待ってるの? 
 何処か……、行くのか? 
 寂しかったから、懐に頬を寄せた。隣においで。そんなキモチで引き寄せる。男は。 
「……ちょっと、出て来る」 
 俺の手を柔らかく握って……、拒んだ。 
「夜には帰るよ」 
 落胆する俺を宥めるような、キス。 
「寂しかったらテレビつけていな。若い連中のレースの解説だから、声だけだけど」 
 ……。そう。 
「なんか欲しもん、ない?帰りに買ってきてあげる」 
「……一つだけ」 
「ん?」 
「教えてくれ」 
「……」 
 啓介は返事をしなかった。 
 構わず、俺は言葉を続ける。 
「昔、俺たちが別れた時」 
「止めろ」 
「悪かったのは、俺なのか?」 
「やめろよ」 
「それとも、お前?」 
「止めろって言ってるだろ。聞こえねぇかよッ」 
「これだけ教えて。……頼むから」 
 舌打ち、腕を組み、顔を掌で覆って。 
「……わかんねぇ……」 
 啓介は、言った。 
「ずっとそのこと、俺だって考えてた。けど、分かんねーんだ。俺もいっぱい悪かったけど、あんただって……、酷かった」 
「……」 
「もう止めようぜ。昔のことは……、水に、流そう。……な?」 
「……」 
「なんでもするから」 
「……行ってらっしゃい」 
「……うん」 



 昼下がり、レースは始まって。 
 リズムのいいアナウンスが、啓介を紹介する。 
 カメラは切り替えられ、放送席からレースを俯瞰する位置の啓介を映した。気づいた啓介が笑って片手を上げる。
  女の子たちに受けそうな、ハンサムな笑顔だった。 
 その時、俺の胸に沸いたのは。 
 リモコンを握り締める。ぎゅっと。 
 我慢、しきれずに投げた。テレビの画面に。 
 俺の内心の、ざわめきの激しさが乗りうつったのか。 
 軽く投げつけた筈のリモコンが、液晶の画面を貫いて、壊す。 
 真っ黒になった、それを見ながら俺が思ったのは。 
『……ナマイキ……』 
 そんな、気持ち。俺があいつに抱くには不似合いすぎる、でもそれが正直な呟き。 
 裸の時は、俺に縋りつくのに。 
 外に行ったら、……いいや。 
 服を着たら、いきなり余裕綽々。 
 嫌味だよ、お前。そんな風なら、いっそベッドの中でも平然としてろよ。 
 でなきゃ……。 
 こっちのバランスが……、崩れる……。