普陀落渡海・三                               

 

 海岸線を一望に見下ろす領主の館。裏手の山には数箇所から温泉が湧き出す。正確に言えば、蒸気が。卵や鶏、野菜を籠に入れて置けばみるみるうちに蒸しあがる、天からの贈り物のような、噴泉。

 竹筒でその蒸気をひいて、領主の湯殿にも蒸気を通してある。天然の蒸風呂。真冬でも暖かなその空間に、冬の海上で冷え切った身体を抱いて、領主はやって来た。自身は汚れた衣装を替えもせず、上等の直垂は巻きつけるように、抱いた体に巻きつけたまま。

 ガタガタ、震える彼がかわいそうだった。頑なな態度と強情さに腹を立て、何も考えず、甲板でそのまま、抱いてしまったけれど。

 彼の……、身体は、あまりにも……。

うぶかった。

 と、いえばまだ、聞こえはいいけれど。

 経験がないのはくちづけた瞬間に分かった。彼の舌が竦んで、声さえ漏らせなくなったから。細い肢体は、なんというか、未通とかそうじゃないかとか、以前に。

 痛々しいほど、ナニも知らなかった。

 快楽に対して、何の準備も出来ていない肌。まるで年端も行かない童女に乱暴を、してしまったような居心地の悪い苦さ。後悔はしていない。けれど……、こんなと、知っていたら。

 あんなに乱暴はしなかったのに。

 今更、後悔しても遅いから、せめてもの償いのために抱き締めた。風の強い海上で、寒さと衝撃に震える人が、可哀想でいじらしくって、ひどく……、可愛かった。

 もうもうと、蒸気のたちこめる空間に、連れ込む。

 巻いた直垂を剥ぐ。抵抗せずに脱いだけれど、肢体は目に見えて強張る。月は、出ていたけれど蒸気を篭らせるために窓の狭い室内は、暗い。その中に、浮き上がる白い肌。

 ごくりと、喉が鳴る。

 ……ホシイ。

 思った時には床に引き据えていた。白い脚を掴んで開かせる。ひっと喉に張り付いたような悲鳴。可哀想、に。でも今は余計に興奮する。

 優しくも、甘やかすのもあとで、たっぷりしてやるから。

 いまは、抱かせて。あんたのこの肌を。

 すぐにも押し入りたいキモチを押さえて、喉に唇を落とし胸元に手を這わせる。なんてぇ肌だよ。……吸い付く。

掌に、しっとり。指に絡みつくみたい。もち肌ってのは、たぶんこういうコト。手のひらを追って胸元に唇を這わせる。震える感触。先端の飾りに吸い付く。舌でつぶし、あいてる方を指で弄る。前歯でしごくと、ぴくんと反応した。痛みにかちっとはヨカッタのか。少なくとも、彼の、前は竦んだままだった。

自分だけ欲情してんのが馬鹿みたいで、けど止まんなくって、ヤツアタリみたいに胸を無茶苦茶に、した。女とは違う膨らみのない体。揉もうとしても掌がすべりそう。そこをムリに、胸筋を寄せるみたいに、力ずくで掴んだ。

「……、イタ、イ……」

 細い彼の、呟き。

 だからやめろとか、優しくしろとか言っているんじゃない。単なる、呟き。

 それきり、彼の唇は開かなかった。声を聞きたくって噛み付く。爪で引っかき、押しつぶしてみる。彼の身体が震えながらよじれる。ヨガってんじゃない。逃げようと、してる仕草だった。

「……逃がさねぇ、よ」

 まさかそんなの、するわけないだろう?この上物を、ようやく手に入れたのに。

 俺は前から、あんたが欲しかった。

 そのたびに、父親に邪魔された。兄弟かもしれないから、って。……馬鹿馬鹿しい。

 兄弟だろうが、なかろうが。関係あるかよ、男同士だ。婚姻しようって訳でもねぇのに。

 白い脚をなでる。つるつるの、しっとりしてて、……イイ。

「……、ヒ、ィ……」

「力抜けよ。キチィから」

「ひぅ、ヒ……、う、ぅ……」

「ン……、その、カンジ……」

 挿れた中は、本当に狭くって、キツイ。でもちょっと、ナンてぇか。

 ちょっと、違う感じがした。予感ってぇか、予兆ってぇのか?

 色子も女とも、ずいぶん遊んできたけど。

 今はキツイ。狭いし、痛みに竦んでる身体も、すげぇいい手ごたえだけど、まだカタイ。

 でも……、深い。

 海中の淵や瀬が地上からもその色で知れるように、彼のナカも。和らぎや潤いが足りなくてそこに手は、まだ届かないけど。

 初めてがヨクなかったオンナほど、先では淫乱になってくっていうし。

 拒む体の動き、俺に暴かれて苦しむ粘膜。そういうのはみんな衝撃の強さのせい。生身の中で接触が、深い場所まで届いてる、証拠。

「ぁ……、あぁ、……ぁ」

 熱を、彼のナカに放つと、絶望的な声が聞こえてくる。それが俺の耳には心地よかった。そう、だよ。あんたはもう、オンナになったんだ。

 俺のを含んで、俺のオンナに。もうもとには戻れない。引き返せない、よ……?

 痛みに、殆ど、身動きをしなくなった彼。

「ごめんな……」

 抜かないままで抱き寄せる。

 破瓜の痛みに対して、俺は謝った。ごめん、ごめんな。でも大丈夫。

 ちゃんと最後まで責任を、持つから。

 あんたが俺を、食えるようになるまで。

 身体の中の楔が怖いのか、彼はうすく目を開けたまま、じっとしている。力を入れれば痛いから、竦んで俺を拒むことも出来ずに。

 ……かわいそうに。

 でも、同時にその姿は、じつに、たいそう。

 ……美味そうで。

 許された柔肌に食いつく。

 甘い果肉を、満腹するまで、堪能した。

 

 東の空がぼんやりと明るくなって。

 やがて、朝日が顔を出すだろう。

「ここが、あんたの部屋」

 部屋というより、それは離れ。俺の住む母屋とは濡れ縁で繋がった建物。四室に浴室つきで、そういうオンナを棲ませるための空間。正妻が住むだろう北の対とは正反対で俺のふだんの座場に近く、気楽に気軽に、昼間でも通える。

「いいところだろ?景色もいいんだぜ。なんか欲しいもの、ある?」

 寝室に敷かれた畳。その上に褥を重ねた上で、彼は俯き、膝を崩して座っている。きちんと座ることは今、出来ないのだ。俺の形に抉られた傷が痛くて。

「眠って、起きたら蔵でも母屋でも入って、ほしい調度があったら揃えな」

 ゆっくり、彼が首を左右に振った。なんか、ヤな感じはしていた。

 少しも俺に親しむ様子を見せないから。ふつう、オンナは抱けば和らぐ。イヤな奴とか口ではいいながら、どんどん遠慮はなくなって、何か寄越せと手を差し出す。その手に玉や絹を載せて、きゃあきゃあ言わせるのが俺はスキだった。なのに、彼は。

 静かにかぶりを振ったまま何も言わない。

「なんか、言えよ」

 沈黙に耐え切れず、声が尖った。彼は俺の恫喝を気にもかけずに、静かな無反応。

 肘を掴んでこっちを向かせる。無表情な美貌が、億劫そうに、俺を見上げた。

 ……その、瞳の。

 ギヤマンじみた、透明度。

 吸い込まれるまま、くちづける。応えるどころか唇を、自分からほころばせてさえくれないひどい人に。

 抱いて可愛がって懐かせる、つもりだった。……なのに。

 掴まったのは、俺の方だった。