バレンタインはイタリア発祥である。戦争のために結婚を禁じられた禁じられた恋人たちを法に背いてまで祝福し処刑された聖バレンタイン(バレンティーノ)はイタリア人である。バレンタインデーはカトリックの祝日の一つとして休日になっている。
しかしその内容は日本のものとは少々異なっている。女が好きな男に気持ちや感謝を伝える日ではなく、既に付き合っている夫婦やカップルがプレゼントを交換する日だ。モノもチョコとは限られておらず、もちろんチョコを含む食べ物やワインも多く贈られるが花束や本も多い。そんなこんなの祝日は基本的に、シングルには用がない日なのだ。
「うふ、ありがとう。ご苦労様ぁ〜」
ヴァリアーの隊員の中には妻や恋人が居る者もある。そういう連中は14日、休みを欲しがる。そうして当日に着日指定でボンゴレ日本支部から一抱えもある木箱が到着した。宛先はルッスーリア。差出人はボンゴレ十代目の笹川了平。けっこう『女性』にマメなところがある了平はこういう行事を決して外さない。中にはチョコの包みも入っていたが、山本家の自家製ユズ醤油や日本酒、そしてユニ○ロのヒートてックの股引。
「きゃーっ、コレコレ!これ欲しかったのよぉー!」
まだ学生である了平は分際を弁え、決して高価なブランド品は贈らない。けれどイタリア人のマッチョオカマの気持ちを擽るプレゼントを選べるらしい。カードには英語で、
『北イタリアは日本より寒いと聞く。風邪をひかず極限に元気で過ごしてくれ!』
と書かれている。ルッスーリアはすぐに日本支部へと電話をかけ、愛と礼の言葉を交し合った。
その箱の底に。
「はい、スクちゃん、あんたにも」
片手で持つにはやや重い包みが入っていて。
「山本君からよ」
「……あ?」
渡された包みからは甘いいい匂いがする。中身はチョコレートらしい。ラ・ナミモリームが季節になると売り出すチョコの詰め合わせ。
「なんでだ?」
恋人になった覚えもない銀色の鮫は眉を寄せる。彼らの感覚でバレンタインにプレゼントを交わすのは結婚しているかそれに殉じる関係の、要するに出来上がっている、既成事実のある、ベッドの中でメイクラブしたというくらいにはステディなカップルだ。
「ジャポネではそうじゃないみたいよ。会社の女子社員が上司に感謝チョコとか義理チョコとかをあげる、気楽な日なんですって」
「ふーん」
よく分かってないな様子で、しかし可愛がっているガキがくれるというものを拒むほど意固地ではない銀色はその場で包装紙を剥ごうとする。しかし。
「あんたそれ、そのまんまボスに持って行ったら?」
オカマのマッチョは贈り主の気持ちを一切考えない発言をかました。そのあたりのドライさはさすがにオカマなだけのことはある。
「@Aー?」
銀色は眉を寄せる。なんでだぁと濁音で尋ねる。ルッスーリアはため息。理由なんて決まっているではないか。たった今、話したばかりではないか。
「今日がバレンタインだからよ」
「だからなんだぁ。オレからモノなんざ、あいつは欲しがんねぇぞぉ」
おや、と、ルッスーリアは表情を改める。ここ数年、今日のこの日が来るたびにヴァリアーのボスは機嫌が悪い。理由はただひとつしかない。ステディな関係にある銀色が自分に何も持ってこないから。
「いっぺんノエルに差し出して受け取り拒否されて、俺ぁ学習したんだぁ」
「それいつの話?」
「むかーし、ガキの頃だぁ」
「けっこう根に持つタイプよねぇ、あんたって」
二人を子供の頃から知っているルッスーリアはため息をついた。昔からこの銀色の黙っていれば超美形な人食い鮫と、黒髪の流し目で人を殺せるほどセクシーなボスは『デキて』いた。間に八年間の中断を挟みつつ、もう十数年の仲。
「まだ許してあげないの?」
「許すとかじゃねぇよ」
拒まれたのを恨んでいるのかと尋ねたオカマに銀色はかぶりを振る。
「躾られたのを、覚えてるだけだぁ」
対等な恋人同士ではない。セックスはしているしベッドの中ではワガママも言うが、関係の最初は服従の証を求められたから這った。少年時代のザンザスはマフィアの御曹司らしく厳しい帝王学を叩き込まれていて、抱いている『オンナ』の増長を決して許さなかった。気晴らしに蜜を味わう娼婦ではなかく側近を兼ねさせるからこその厳格さで。多感な思春期にその躾を受けた銀色が自らを律するようになったのも致し方ないことではある。
厳しい躾をした本人はボンゴレの後継者から外されて歳をとり、既に堕落してしまっているけれど。匣生物に名をつけ侍らせ可愛がっているところなどは、昔のザンザスからは想像も出来なかった。ふかふかのライガーはボスとその『情婦』によく懐いていて、二人がヴァリアー本部の上階の一角に築いている奇妙な『過程』の中で幸福に飼われている。
不憫な子、というルッスーリアの感慨を意にも介さず銀色の鮫はバリバリ、乱雑に包装紙を剥がして。
「お、ボンボンじゃねーか。ガキにしちゃ張り込んだもんだ」
銀紙を剥ぎ塊を口に放り込みながら言った。ほらよ、と、気軽にオカマにもおすそ分けを差し出す。ありがとうと礼を言ってカマはヤマモトの気持ちを口に含んだ。甘い。
「ベスターがこれスキなんだよなぁ」
そっちにも食べさせてやろうと、天空ライガーが住むボスの部屋へと登っていく背中を。
「ご愁傷様」
オカマは見送った。気の毒にと思っているのは殴られるだろう鮫のことではなく、我慢の糸がそろそろ切れるだろう自分のボスを、だった。
天気のいい午後の陽を受けながら。
「……、っ、でFGG……」
珍しく椅子から立ち上がったヴァリアーのボスの、かなりの本気での膝蹴りを後頭部に喰らって。
「お……、うE……」
いつもの威勢がいい文句を言えない銀色はどうやら、脳震盪を起こしているらしい。大声の文句を喚くより吐き気をこらえるべく口元を押さえる。
「……」
形だけは彫像のようにいい小さな頭を蹴り抜く勢いで足蹴にした男はそのまま、銀色の髪を鷲掴みにして居間から奥の寝室へ連行。何年も待たせた挙句にやっと持ってきやがった、と思ったバレンタインのプレゼントを、ほぉらベスター美味いぞぉ、と言ってペットに投げられた怒りは激しかった。
「な、に……、んで……?」
男の怒りの意味を理解しない銀色の細い声と、散らばったウィスキーボンボンと、全部食べてもいいのかなと首を傾げる天空ライガーだけが明るい居間に置き去りにされた午後。