「おー、久しぶりだなぁ。またナンか悪ぃこと企んでうろうろしてるそーじゃねーか。あぁ?メシぃ?俺ぁてめーと二人っきりでは会わねぇぞぉー」
銀色の鮫は本当に何も分かっていない。一応、自身のボスに念入りに言われたことは覚えているのだが、でも。
「てめぇの部下が同席するって?あの眼鏡のオッサンかよ。ならいいぜ。てめぇの奢りならなぁ」
そんな条件で、ふんなに釘をさされていたのにあっさり大丈夫と考える愚かさ警戒心のなさ、いっそ馬鹿馬鹿しいほど。
「時間と場所は?おぅ、分かった。じゃあな」
ヴァリアーの一般隊員たちに私用の携帯電話は許可されていない。電波で居所を割られ、砦の場所を察知されることを警戒している。
が、幹部の数人には特殊な措置を施した衛星携帯が与えられている。それは通話記録が何処からかけてもボンゴレ本邸になるというもの。銀色の鮫ももちろん、持っていた。
「スクちゃん、今の、もしかして跳ね馬から?」
時刻は午後の三時。幹部用の食堂で優雅にお茶を飲むルッスーリアが休憩に現れた仲間にカフェを淹れてくれたところ。場所をはずさず、大して声もひそめずに話をして、通話を切った銀色に優しいオカマは尋ねる。
「おぅよ。明日の昼から、俺ぁちょっと抜けるぜ。よろしくなぁ」
外出の予定であることを告げる銀色に。
「あんたそれ、ちゃんとボスに言って行きなさいよ」
そういう方面に気のつくルッスーリアは、そんな表現で婉曲に止めたのだが。
「言わねぇよ。言ったら行くなって言われちまうじゃねぇか」
しらっとした顔でそう口にする銀色を、ザンザスが見ていたら手が出ていただろう。
「ボスを悲しませないでね?」
「しねぇよ。けどよぉ、ボスさんが引き篭もりの上にオレまで耳目塞いだら、色々困るじゃねぇか」
「アンタって、分かっていないでもなくて知っていないでもないところが、ナンか憎いのよね」
「ほっとけぇ」
ルッスーリアが心配したようなことは実際、起こらなかった。
「てめぇいーかげん、その子供味覚卒業しやがれ」
顔を合わせた場所は、昔通っていた学校近くのバール。
規則の厳しい全寮制の学校だったけれど、休日には街に出て外食することも出来た。その頃、跳ね馬ではなくヘタレだった金髪の若者が気に入って足繁く通っていた。
「うん。自分でも時々、なんでこう、忘れられないかなって思うけど」
そのバールは大きな店で、価格が安くて美味くて繁盛している。そこでバニーニを食べてカプチーノを飲み、ドルチェにティラミスを食べるのがドン・キャバッローネのお決まり。
「ナンかなぁ、子供の頃の、味って懐かしいよなぁ」
「単にいつまでもガキだからじゃねぇかぁ?」
ティラミスの後で更にジェラードを選ぼうとする幼馴染に銀色の鮫は嫌味を言った。お供のロマーリオは近いテーブルに席とをとり、背中合わせの位置で店の入り口を見張っている。
「それで、何の用だ?」
疲れていれば甘いものを食べないでもない銀色は、ティラミスまでは付き合った。が、その上にジェラードというのはムリで、三色盛り合わせを頼むディーノの後でエスプレッソを追加オーダー。
「うん、まぁ、用事っていうか、話っていうか」
「だからぁ、ナンだぁー?」
「びっくりし過ぎてついお前に連絡をしちまったんだけど、よく考えたらなんで俺が、そんなこと心配しなきゃならないんだろう、とか」
「んだぁー?ワケ分かんねぇぞぉー!」
「なんか敵に塩を送る気がしてきてビミョーなんだけど、オマエを呼び出しておいて喋らないで帰る訳にも、いかないだろうしさ」
「当たり前だぁ。キリキリ吐けぇ」
「ザンザスとツナに気をつけろ。なんだか、ヤバイぞ、あの二人」
「はは」
そんなことかと銀色の鮫は笑う。
「ああ。オレも一度は、笑い飛ばしたさ」
ココロの中でと、金髪のドン・キャバッローネは告げる。給仕の女性店員が頬を染めながら持ってきてくれた、黄色と赤と緑のジェラードを掬いながら。
「ツナはああ見えてけっこう性質が悪い。手が早いくて気が多い。二十歳で一妻二妾なんて、そんなの、どうかと、オレだって思うくらいだ」
弟分として可愛がっているし、あっちもそのつもりで頼りにしていますなんてことを口にする時もある。組織を代表して向き合えば利害関係も絡むが、それでも好意を持っている。でも。
「テメェ、あそこの雲。お気に入りだったよなぁ」
「そうだな。オマエの次くらいに好みだった」
金髪のドン・キャバッローネはたいへん正直だった。教え子であるボンゴレ十代目・雲の守護者に気があったことは否定しない。が、相手が若すぎることと互いの立場上、行動を自制していた、ら。
「オレはヒバリが成人するまで待つつもりだった。なのにあっさり手を付けられて、ちょっと、落ち込んだこともあったぜ」
昔から愛していると表明している銀色の前で、若い別の美形をお気に入りだったとしらっと、大した罪悪感もなく告白するディーノはやはりマフィアの男。
自身の甲斐性の及ぶ範囲で好きなオンナを増やしていくことを、悪いこととは、少しも思っていない。
「そりゃてめぇがグスグスしてっからだぁ。相手の様子を見すぎるンだよいつも」
「オマエに言われると反論の言葉が無い」
「こーゆーのはなぁ、早いもの勝ちみてーなとこ、あるだろぉがぁ」
「先を越される、ってのはクセになるのかな……」
ため息をつくハンサムな金髪の青年は、ジェラードをぺろりと片付ける。昔むかし、この銀色に関しても先を越されて、あっさり奪われた。それでもまだ、しつこく愛し続けているけれど。
「でもオレの愛情は純だぜ。オマエの為に余計なことを教えに来た純情はせめて汲んでくれよ。じゃなきゃ、マジ今回はオレの立場が無い」
「骨折り損だったなぁ。テメェほんとは、見た目以外はちっとも甘くねぇのになぁ」
「そんなこと言うってことは事情を知ってるんだな」
「他所のボスをネタに美人局たくらまねぇで、真面目に働けってこった」
「オマエに言われたかないぜ」
「おぉーい、聞き捨てならねぇなぁ。オレぁ真面目だぞぉー!」
「ああ、うん。まぁ、ある意味では……」
そうだなと幼馴染は頷く。強くなりたいという貪欲さを動機とした勤勉さでも、ある意味、真面目といえなくはない。
「寝取られるなよ」
「いつまで経っても、ナンにも分かんねぇバカだなぁ、跳ね馬ぁ。だからテメェはあちこちでマスコット止まりなんだぁ。ツラはいいのによぉ」
「なんのことだ?」
「オレからアイツを取れるヤツなんざいねぇよ」
「アイツのことは自分が一番分かってる、ってか?正妻の特権的な台詞だな。でもそんなこと言っていると足元を掬われるぞ」
「アイツぁオレんだ。未来永劫、それは変わんねぇよ」
「自信満々だな」
「オレぁ誰かと違ってグスくねぇからなぁ。十四の時に片腕切り落として手に入れたンだぜ。オレからアイツを奪えるヤツなんざいねぇ」
「スクアーロ……」
傲慢な幼馴染に、跳ね馬は具体的な危惧を伝えようとした。てっきり勘違いしていると思ったから。
でも。
「アイツがどいつとどんなふーになろうが、アイツが手に入れた、モンがオレのに、なってくだけのことだぁ」
「……」
続けられた台詞にドン・キャバッローネは言葉を失う。うそぶく銀色の、性質の悪そうな、でも綺麗な表情に見ほれる。決して美しいだけではない瞳の光り方は全方位的に広がる宝石の輝きではなくて、研ぎあげられた刃物のような鋭いベクトルで金髪のハンサムの、一番ヤワな、部分を切り裂いていく。
「しらっと全部わかってる、オマエを大好きだぜ」
鮮やかな才能への憧れは、十数年を経ても尚、少しも色あせない。
「……じゃあな」
ランチとドルチェの代金、20ユーロほどを支払って跳ね馬は長年の想い人と別れた。