懺悔・2
『それまで仲良くしてたのにSEXした途端に冷たくなったんです』
(相手が身体目当てだったのか、あなたを身体目当てだと思われたか、二つに一つね)
身体目当てならまだいい。
俺は、抱いて懐かせて、辱しめようと、してた。
聡い人はそれに気付いて、俺を徹底的に避けていた。それを無理矢理、引き据えてしまったのは俺。生乾きの傷口を抉るような無神経さで。
「気晴らしにつき合わせてしまって、悪かった。どうしたら許してくれるだろうか」
彼に、辛い言葉を、言わせてしまう。
「あ……、の……」
「なんだね?」
「あの……」
何をどう謝ればいいんだろう。分からず動揺する俺を救うように。
「抱いて分かっただろうが、私は昔、男と付き合っていた。女性の味を知るより早く、そっちを経験した」
後部座席から彼が告げる。バックミラーの中の表情は落ち着いていたが、ハンドルを切ると夕日のあたり方が変わって、その瞬間だけ、ひどく悲しくて、淋しそうに見える。
「随分と久しぶりだったんだが、君を快楽に利用した。すまない」
謝らないで。
俺を許して、そして、俺にもう一回、ちょっと前みたいに笑って。
「申し訳ないことを、した」
あなたを今、本当に、好きになりました。
太陽は地平線の下に隠れ、空の残照が青みを帯びていく。茜が紫、群青、藍、そして薄闇に沈む速度は速い。車ごと屋敷に入り、衛兵の敬礼を受けて車庫へ。そこから直接、屋敷の中に入れるように、なっている。
車を定位置に停め、先に降りて、回り込んで後部座席のドアを開ける。俺が近づくと彼は緊張した。軍服の下で肌がざわっと、する様が目に見える気がした。
怖がらないで、嫌わないで下さい。
精一杯恭しく、ドアを開いた。でもそんなこと、意味はなかった。彼は降りようとはしない。ただ、顔を俺に向けて。
「どうしようか?」
俺に問い掛ける、彼の表情は諦めだけがあって。
どうしようか、なんて、それはこっちが聞きたいことなんです。
どうしよう。どうしましょう。どうしたらいいですか。
どうしたら、あんた笑ってくれますか。苦しそうなのを無理して正面向く、真摯さが凄く痛い。
「抱くなり殴るなり、君の気が済むように」
だから、それは、俺の、台詞。
どうしていいか分からなくて手を伸ばした。彼が俯いて目を閉じる。顎にそ……、っと指を掛けて、引き寄せないで自分から近づいてキスした。恭しく、そっと。今、あなたを本当に好きになった、気持ちを伝えたくて、触れるだけのくちづけを繰り返した。
でも、もちろん、そんなことで。
「風呂に入って」
なくした信頼、もしくはこの人の安心が戻るはずもなくて。
「君の部屋に、行けばいいのかな」
笑ってください。どうすればいいですが。今この瞬間に、俺は本当にあんたを、好きになったんです。
混乱する頭と裏腹に、身体は的確に動いた。抱き締めるように彼を、狭い車内から連れ出す。車にもたれるように、立たせておいて自分は膝をついて、服従の姿勢で指先にキスした。自分が先に床に座って、キスをしたまま包むように掴んだ手を引いて、膝の上に、座らせる。
ここでか、というように眉を、彼はかすかに寄せる。でも文句は言わなかった。目を閉じて大人しく、俺の膝の上に、腕の中に収まってる。どきどき、した。『好きな』人を腕の中に今、捕まえて閉じ込めてる。
もう一度、キスをした。今度はあんまり紳士的には出来なかった。唇を舐めて舌を差し出して、彼の濡れた口腔の粘膜を乞う。内側を欲しくて疼く衝動が、喉から腹に溜まって欲望を目覚めさせる。
彼は唇を開いてくれた。承服というより無抵抗。力を抜いて、俺になんでも、させるつもりなんだ。この前の詫びなの?この前のことをナシにする代償?酷い人だ。俺は凄く、物凄く嬉しかったのに。
あんたにとっては、消してしまいたい時間?
彼の唇を犯していく。湿った口内は暖かく、奥に隠れていた舌を絡め取る。呼吸ごと唾液まで啜りたくて、馬鹿みたいに口を開いて深く噛み合わせる。彼の顎に手をかけて、彼の歯も開かせて、もっと奥に舌で触れたくて、のたうつ。
くちづけの衝動のまま全身を押した。彼が俺の膝からゆれて、コンクリートの床に仰向けに転がる。脚の間に割り込んだ絶好の位置で、俺は彼の服を脱がせる。……何をしているんだろう。
抱くのか。俺は、この人を。抱くっていうか、犯すのか。彼は俺とセックスしたいわけじゃない。詫びのしるしに差し出された肌に、飢えのまんまで食いつこうとしてる。これを喰ったら、アレを忘れなきゃならないのに。
悲しみながら、それでも手は止まらない。上着を脱がせて彼の顔の下に敷いた。シャツの裾を引き抜いて、ベルトを外す。一緒に腰の布も外れて、スラックスの前をはだけた瞬間だけは、彼は少しだけ、反射的に膝を曲げて抵抗の気配があったけど、咄嗟に掴んだらそのまま力を抜いて、スラックスを、引き剥がす瞬間は腰を浮かせて、やりやすいよう協力の素振りさえ、した。
抱かせてくれるのか。悪いことをしたから詫びに?俺のこと好きでも愛してもいないのに身体だけ?
覚悟を決めてもやっぱり辛いのか、閉じた彼の目蓋がぴくぴく、俺の指が肌に当るたびに痙攣する。睫毛の隙間にナンか光って見えんのは気のせい?
「……、っ、て……、れ……」
角度を変えてキスを繰り返す、隙間で声がした。何か言ってくれているらしいのに、慌ててかみ合わせを解いて。
「……、鍵をかけてくれ……」
もっともな言い分だった。上着だけ脱いだ姿で、俺は立ち上がり車を入れるための両開きの扉と、屋敷の玄関に続くドアに鍵をかける。門をくぐった以上はこの人のプライバシーで、例えば俺とこのまま一夜を明かしても、誰も詰問には来ないと思ったが。
鍵をかけて振り向いた、瞬間俺は、本当に悲しくなった。
大人しく床に手足を伸ばしてる、彼の姿は生贄そのものだ。柔らかな皮膚をさらして急所を剥き出しにされて、これから貪り尽くされる怖さを隠し切れないで震えてる。
硬い冷たい床の上。車庫の、埃っぽい空気。天井は低くて、裸電球がそこからぶら下がってるだけの、こんな所で、俺はこの人を犯すのか。犯すんだ。部屋までなんて、我慢できなかった。
「……大佐」
呼んでみたけど反応はなかった。もう一度ちかづいて、重なって髪を撫でながら、キスから繰り返した。唇を重ねながら掌で撫でていく。手触りが、素晴らしい。吸い付くような肌。
そう、肌の艶が、最初から俺は気になってた。潤いのある、水気を含んで甘そうな、掌にひたりと添う、その肌に最初から触りたかった。初めて間近で見たときに、見えたのは手指と頬だけ。それで十分。それだけで俺の本能は煽られた。俺自身は、それを……、恋とか、愛情とか、そういうモノと、思い込んでたけど。
違いましたね。
腕の中の、人が目を閉じる。
辛くて悲しそうな人を、汚れた惨めな車庫で抱く。それに物凄く興奮してる、自分をはじめて、本気で嫌になった。