貝の世界に触れる

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 4月19日、千葉県立中央博物館で開催された、視覚障がい者向け講座「貝殻の不思議」に参加しました。これは、5月10日まで同館で開催中の企画展「世界の遺跡から出土した貝 現生標本からみる色や形・利用法」 関連で行われたものです。でも、企画展関連というよりも、実際にいろいろな貝に触れながら面白いお話がいっぱいの講座でした。講師は貝類の専門家の黒住耐二先生、参加者は私をふくめ2人、予定の1時間を超えて、次々と面白い話で盛り上がりました。(なお、4月9日のNHK千葉のFMで黒住先生がこの企画展についてお話しされていて、聞くことができます 千葉FM

 まず初めに、貝の動きを実際に体験するということで、カタツムリを手のひらの上に乗せてもらいます。ちょっとひんやりした感じ。カタツムリは殻の径が2cmくらいの小さなもの、間もなくムズムズ・ウニュウニュと動き出します。長い大きな角(長さ2cm、径5mmくらい。角の先は「目」ですが、目といっても明暗を感じるだけで、物の形などは分からないようです)を出す。体に比して角が大きいのにびっくり。やがて指先のほうまで移動。動いた跡にはねばねばの粘液がつきます(このネバネバは、自分にとって移動しやすいルートを作っているのかもとか、あるいは元の位置に帰って来るときの道しるべになるかもと考えたりしました)。カタツムリの食べ物ですが、野菜なども食べるが、岩などに付いたコケのようなのを、やすりのように細かい歯が多数並んだ「歯舌」で剥ぎ取るようにしながら食べているそうです。
 次は、イナズマツノヤシ貝とコゲツノヤシ貝です。イナズマツノヤシは、殻長30cm以上もある大きな巻貝。殻口が大きく開き、全体としては平べったい半楕円球のような感じ。中はツルツルで、中心の軸の回りは螺旋状の溝になっていて、触って心地よい。螺塔の先は5cmくらい窪んでいて、その回りに大きなツノ状の突起が6、7個ある。コゲツノヤシは、殻長15cmくらいで、全体にころっと丸まった感じです。焦げたような色があるのでこの名になっているとか。殻頂(螺塔の先)の回りに、小さなボコボコが二重に取り巻いている。イナズマツノヤシもコゲツノヤシも、螺塔の先は、直径1cmほどの半球形の帽子のような形で、これは胎殻(最初に出来た殻)だとのことです。イナズマツノヤシの大きな殻の表面のほぼ真ん中あたりに盛り上がりがあり、そこを中心に放射状の筋のようなのようなのがあります。これは、捕食者に襲われた後に出来る修復痕だとのこと、殻の内側の同じ場所を触ってみると、小さな、外側にとがった窪みがありました。(コゲツノヤシにもそのような修復痕がありました。)
 修復痕のある例として、リュウキュウタケを触りました。長さ17cmくらい、直径3cm弱くらいの細長い円錐形で、タケノコのように何段も積み重なったようになっています。殻はとても堅い感じですが、段々の真ん中辺にギザギザの深い溝のようなのが食い込んでいます。カニのようなのに襲われたらしいです。
 上のイナズマツノヤシとコゲツノヤシはいずれもアラフラ海(オーストラリアとニューギニアの間)のものだそうですが、南の海の貝と北の海の貝の比較として、イトマキボラ(南の海)とエゾボラモドキ)北の海)に触りました。どちらも長さ10cm余のほぼ同じくらいの大きさですが、エゾボラモドキは軽くて殻が薄いのにたいして、イトマキボラはずっしり重くて殻が分厚いです(またイトマキボラにはぼこぼこの出っ張りのようなのがいくつもある)。エゾボラモドキはふつうツブと呼ばれて、よく食用にされますが、そのまま食べると酒に酔ったような感じになるそうです。エゾボラモドキの内臓の一部(唾液腺)にはテトラミンという毒成分があり、それが原因だそうです(調理する時にあらかじめ唾液腺の部分を取り除けばまったく問題ない)。
 エゾボラモドキのこの話から、径が15cm以上もある大きなホタテに触りながら、ホタテなどの貝毒の話も聞きました。貝毒は、貝そのものに毒があるのではなく、貝が食べる餌のプランクトンの中に毒のあるものがあって、その有毒プランクトンを多く餌にすることで貝の中に毒が溜まるそうです。地域ごとに海水中の有毒プランクトンの量を計っていて、一定量を越えるとその地域の養殖ホタテなどの出荷を止めているそうです。また、ホタテの養殖方法にもいろいろあって、地域によって異なるとか、話はあれこれ盛り上がります。
 さて、ホタテの貝殻ですが、膨らんでいるほうとやや平たいほうがあります。膨らんでいるほうが右殻で、こちらを下にして海底の砂泥に横たわっているそうです。上側になる平たい左殻には、ざらざら、ぶつぶつしたようなのが多数あります。これはゴカイなどが付着した痕だということです(右殻にはそのようなぶつぶつはない。また、色は右殻が白、左殻は茶色っぽいそうです)。
 ここから、貝の前後左右をどのように決めるのかの話になりました。7cmくらいのけっこう大きなハマグリを触りながら説明してもらいました。ふつう動物体では口のあるほうが前、お尻(肛門)のあるほうが後ろとされますが、貝殻ではより尖っている(殻縁の曲線の湾曲度が大きいほう)が後ろになります(そこから水管を出し入れする)。また、2枚の殻が合わさっている殻頂の部分が下になり、2枚の殻を繋ぐ靭帯(四角い薄い突起のようになっている)があるほうが後ろになります(靭帯は殻を開く方向に働き、中の筋肉が殻を閉じる方向に働く。そのため、死ぬと筋肉の力が働かなくなり、靭帯の力で殻が開く)。ちなみに、私が以前から用いていた方法は、殻頂を下にすると、殻頂の前のほうが窪みになっていることです。
 ハマグリから水管の話になりました。ハマグリは深さ数cmの砂中に潜って、そこから水管を海中に出していますが、アカガイには水管はないそうです。そのため潜らずに浅い海底にいるので簡単に捕獲しやすく、寿司種として大量に安価に使われるようになったのではないでしょうか?また、ミルクイ(ミル貝)は水管がとても大きく太くて、その水管は最高級の寿司種になっているそうです(私は食べたことはもちろんありません)。マテガイ(細長くて殻はとても薄い)は砂深く潜って長い水管を出していて、その穴をたよりに猟が行われるそうです。ただし、マテガイは敵に水管を銜えられても、自切して、無事だそうです。
 次に、スイジガイに触りました。長さ10数cmで、5cm近くもある突起が6本出ています。殻口を下にして置くと、どっしりした感じがします。この状態で螺塔を前にして置くと、左下に目を出す溝、右下に水管を出す溝があります。歩む時は、水管のあるほうが前になるそうです。なお、スイジガイは、ボホウラやイモガイ(どちらも後で触った)とともに、弥生時代には、沖縄など南海産のものが、北部九州を中心に、切って加工して、支配階級を象徴する貝輪(腕輪)として使われたということです。
 スイジガイと形が少し似たクモガイにも触りました。大き目のものと小さ目のものがあって、大きいほうが雌だそうです。雌は雄に比べて大きさだけでなく突起も大きく(ちょっと反り返っているようなのもあった)、とくに背側の出っ張りは立派でした。(なお、クモガイの幼貝には突起はありません。)
 宝貝にも触りました。長さ7cmくらいのホシダカラです。表面はとてもつるつるしています(殻の外側が外套膜に覆われているため)。殻口は狭く、口の両側には細かい歯のような凹凸が並んでいます。宝貝類は巻貝ですが、巻いているのが外からはなかなか観察できません。それで殻の一部を切って中の巻いている部分が触って分かるようにしたのも用意されていました。また、若いホシダカラにも触りましたが、こちらは巻き初めの所がちゃんと触って分かって巻貝であることを確認できました。またこの若いホシダカラの表面はそんなにつるつるではなくて、サラアーっとした感じもします(外套膜に覆われている期間が短いからでしょうか?)。宝貝は種類が多いですが、長さ2〜3cmくらいの小さなキイロダカラは最古の貨幣とも言われ、殷墟から多数見つかっているそうです(漢字の「財、貯、賃、賄、購」など「貝」の字が含む字がお金や経済に関連しているのは、宝貝がむかしは貨幣として使われていたことと関係しているようです)。
 
 これまでに触ったことのない、あるいは面白い形の貝にも触りました。ムラサキイガレイシは、径が3cm弱のほぼ球形に近い形ですが、表面には多数小さな尖った突起(毬)があります。殻口は狭くその両側は細かい溝のようなのがあります。殻口がきれいな紫色だそうです。
 オキナエビスは、全体の形は底面の径が7cmくらい、高さ5〜6cmくらいの整った円錐形で、表面はさらさらとした手触りでした。太い紐を巻いたように、各螺層がしっかり膨らんでいて触ってとても分かりやすいです。一番下の巻き終わりには、幅5mm余、長さ4cmくらいの切れ込みが水平にありました。この切れ込みは、アワビの貝殻の外側に並んでいる穴と同様、水の出し入れや呼吸、排泄や放卵などに使われるそうです。オキナエビスは200m前後の深い所に生息しているそうです。オキナエビス貝類は巻貝としては原始的な形態(体が左右対象になっているそうです)で、古生代シルル紀(4億年以上前)に現われ、「生きた化石」と呼ばれています。(今回の講座で一番印象に残っているのが、このオキナエビス貝です。)
 シュモクガイ(カキの仲間でシュモクガキとも呼ばれるそうです)という変わった形の貝にも触れました。T字形をしていて、上の横が10cmくらい、真ん中の縦の長さが15cmくらい、厚さは1cmもないようなとても薄い貝です。お寺などの鐘をつく撞木に形が似ているので、この名になったようです(英語では white hammer)。上の真ん中にある殻口はとても小さいです。殻は薄くて、殻の縁は波打つようにうねうねしています。
 ハシナガソデは、全体の形は細長い巻貝でしたが、とにかくその長い水管にびっくりしました。直径5mmもないような細い管のようなのが10cm近くも伸びていました。形だけでなく、手触りもきれいでした。
 カサガイ類の仲間として、オオツタノハとマツバガイに触りました(私はこれまでカサガイ類にはほとんど触ったことがなかった)。オオツタノハは、長径7cm、短径4cm、高さ1cm余の平たい感じの貝でした。カサガイといえば、中心から放射状に広がっているかと思っていましたが、中心の位置はかなり偏っていて、また放射状の筋もそんなにはっきりせず、途中で切れて段になっていて、その段の切れ目をつなぐと輪のようにもなっているようでした。このオオツタノハは、伊豆諸島南部や奄美諸島などだけに産し、また波の荒い切り立った岩場でしか採取できないけっこう入手困難な貝ですが、日本各地の縄文時代から弥生時代にかけての遺跡から、貝輪に加工されたものがしばしば見つかっているそうです。マツバガイは、径5cm、高さ2cm余の、ぷくうっと膨れた嵩高い感じの形です。表面はするうっとした手触りで、輪のような薄い筋模様のようなのがいくつか触って分かりました。
 貝輪の例として、ベンケイガイの貝輪を持って来てくださいました。6〜7cmくらいの大きさで、幅1cm弱の輪になっています。貝輪の外側には、貝殻の縁のギザギザの凹凸がそのまま残っていました。ベンケイガイはおいしくはないですが、入手しやすい貝だそうです。
 その他、ヤコウガイ(大きさは15cmくらいで、中はつるつるしていて殻は厚い。殻は螺鈿などの貝細工に使われ、また肉の刺身はとても美味しいそうです)やトウカムリ(とてもずっしりした感じ)、ボホウラ(10cmくらいの小さなものですが、貝殻は厚い)、イモガイ(底面の径が4cm、高さ10cmくらいの、薄板を巻いたようなきれいな円錐形で、とても重い)などにも触りました。
 
 最後に、私から質問を2つしました。
 縄文時代の人たちは、貝をどのようにして食べたのでしょうか?これにたいするお答えは、貝塚の貝にはほとんど傷はないので、煮るあるいは蒸して食べただろうということです。そのために土器が使われたのでしょう。土器で貝を煮たり蒸したりすれば、貝の口は開いて食べやすくなり、また死んだ貝は開かないので便利です。
 貝輪に使われた貝には、どのような特徴があるのでしょうか?(貝輪に加工しやすいとかも関係しているでしょうか?)これにたいするお答えは、それはそれぞれの文化だ、たとえ加工しにくくても、入手しにくくても、その地域でこれが貝輪だと決まってしまえば、それになってしまう、ということでした。このお答え、ひとつの重要な文化の見方ですね。ときには、加工しにくく入手しにくいことが、権威などの象徴として相応しいのかも知れません。
 
 1時間余の講座は、時々あちこち脱線しながら次々と貝の話で盛り上がりました。帰りには少し時間があったので、入口を入ってすぐの導入展示にあるだれでも触れられる展示品にも触りました。打製石斧と磨製石斧、縄文土器のかけら2点(斜めの縄模様がよく分かった)、タカアシガニの殻(直径20cmくらい、目が2つ確認できた)、クジラの軽い椎骨とザトウクジラの重い肋骨(恐竜の脚の骨の化石かと思った)、重い磁鉄鉱と軽い軽いしなどがありました。
 遠い所を時間とお金をかけて千葉まで行きましたが、大いに満足できました。黒住さん、スタッフの皆様、ありがとうございました。
 
(2015年4月28)