愛農高校――ひとつの選択

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 私たちの娘はこの4月から、三重県青山町にある愛農学園農業高等学校(以下愛農高校と書きます)に行っています。私たちの住んでいる所から、電車を乗り継いで3時間あまりの所です。
 今どき「農業高校」などと言うと、周りの親たちの中にも一瞬沈黙、返す言葉もないといった反応を示す人が多いです。(それでも中には、一瞬の沈黙の後「これからの時代は農業ですよ」などと言う方もおられ、時代の変化を感じることもあります。)

 まず、何故農業高校に行くことになったのか、経緯をちょっと書いてみます。
 娘は小学校ではほとんど自分を出すことができず、また先生にも変った子だと思われてあまり理解してもらえなかったようです。家と学校ではまったく違った表情や態度だったようです。
 私たち家族は娘が幼い時から少くとも2年に1回は十和田市の私の実家に行ってゆっくりすごすようにしていました。飼っている鶏や牛とたわむれたり、畑に作物をとりに行ったり、たまには仕事を手伝ったり、まただれにも邪魔されず1人でぼうっと外ですごすことができたり、かなり良い時間をおくることができていたようです。
 小学高学年になると、できれば青森のほうに来て農業をしたいと言うようになりました。一番の魅力は、大阪と青森の環境の違い、広々とした環境であまりいろいろこだわらなくて済むようなところが気に入ったようです。そしてある時、三沢市と十和田市間にかわいいかわいいたった1両の電車が走っているのですが、その窓から三本木農業高校の広大な森とも思えるような所にある校舎を見て、すっかり夢中になってしまいました。どうしても三本木農業高校に行くと言うのです。

 三本木農業高校(三農)は伝統ある高校で、全国的にも知られた農業高校です。とくに相撲では有名でした。しかし今は名は農業高校でも、実際に農業を志して行っている人はほとんどいなくて、大部分は成績の悪い人たちの行く学校になっている……というような話も聞きます。寮もあるのですが、話によるとだいぶ荒れているというかすさんでいるらしく、とても安心して行かせることはできそうにありません。
 それに、何と言っても青森県十和田市となると私たちの所からはあまりにも離れていて、実際のところ寮にあずけっぱなしということになってしまい、私たちとしてはほんとうに困ったなあと思っていました。
 そんな中、1年半あまり前になりますが、あるきっかけで愛農高校という名前を知りました。早速インターネットで調べてみて、その教育方針や実際の教育内容を知り、ここだったら将来どんな仕事に就くにしろきっとしっかりした何かを得ることができるだろうと、娘に薦めてみました。娘は意外とあっさりと良いと言ってくれて、愛農高校と連絡を取り、昨年夏にその夏期生活学校に参加しました。

 愛農高校については
http://ainou.or.jp/gakuen/
でその詳しい内容を知ることができます。

 現代の風潮からすると、多くの人たちは異和感というかとても奇異な感じを受けるかも知れません。私もちょっとそういう面も考えなくはなかったのですが、実際に夏期生活学校などで体験してみると、まったくそんな心配はありませんでした。
 全校生徒70人足らずにたいして、事務や寮母や農場の人たちもふくめ先生は35人もいます。そして、みんなとても謙虚で率直で優しさがにじみでてくる、といったとても良い感じの先生方です。
 愛農高校は建学の精神を今もしっかり持ち続けています。三愛精神(「神を愛し、人を愛し、土を愛する」)です。それに基づく教育は、人間やその生活全般に及びます。とくに食物も重視されています。寮の食事の7割近くは、愛農の農場で実際に生産されたものだそうです。
 確かにかなり厳しい教育です。実際、日課や規則があり、授業時間数も、公立の高校は週30時間に満たないほどですが、37時間もあり、その内半分近くは農業です。夏休みには実習やその他の行事も多いです。
 4月10日入寮式、11日入学式で、私たちはその日に帰ってきました。以後娘はよく手紙をくれます。 1ヶ月近く前、妻が最初のころの手紙を編集して「愛農だより」として親戚や知り合いなど幾人かに送りました。以下にその内容を掲載します。(手紙中のレミは、8年ほど前から私たちの家に住み着いてしまった猫です。白黒というのも近所の猫です)
(ここから引用)

愛農だより

*はじめに
 2002年(平成14年)4月10日、私たちの娘は愛農学園に巣立って行きました。寮の先輩から「待っています」というお手紙をいただき、希望をもって愛農の丘を上って行きました。私たちはまた二人暮らしになったわけですが、娘からの手紙がとてもおもしろいので、まとめてみることにしました。

4月12 〜13 日
 こんにちは。早速ですが手紙書きます。愛農には、レミみたいな変な猫や○●(白黒猫)みたいな太った猫はいません。どの猫も可愛いです。寮の黒猫は「クロ」という名前で、よく懐く白猫は「アオ」という名前でした。山羊は、作物部で育てているそうですが、正式な名前はなくて、皆勝手に呼んでいるらしいです。
 「革袋作り」では、本物の牛革で聖書を入れる袋を作りました。(まだ未完成) 構造は簡単ですが、結構めんどうな作業でした。
 ご飯はとても美味しいです。今日のお昼はカレーうどんだったんですが、こんなにあの「カレー汁」が美味しいと思ったことはありません。ただ、困ったことが1つ。先輩が毎日お菓子を焼いて、沢山食べさせてくれるので、絶対太ります。今日はロールケーキとプリンとチョコがついたクッキーを食べました。昨日はシフォンケーキとちんすこう・・・etc 絶対太ります。困ったもんだ。先輩に「これからどんどん肥えるよ」と言われました。
 明日、1年生皆でクッキーを作ることになりました。(女子だけ) 食べたらしっかり運動しないと・・・。
 単位の説明を今日聞いたのですが、普通高校よりかなり厳しいとのことなので、かなり頑張ろうと思いました。
 さっき、ログハウスから帰るとき、暗い中、池のある道を歩きましたが、何も見えなくて、とても怖かったです。本気で池に落ちると思いました。あそこにいるアヒルは、昔二羽いたそうですが、一羽は鴨にいじめられ、逃走したそうです。その子たちも名前がないので、名前を考えようと思います。
 それでは疲れたので、このへんでさようなら。毎日9時から5時まで寝ています。疲れすぎないように、皆さんも○●、そしてレミを見習ってよく寝てください。

4月14日
 今日は。今日は初めての日曜だったので、女の子全員でクッキーを作って、男の子にあげました。おいしくできたけれど、疲れたし、また太ります。毎週、日曜の昼食は、パンで、食堂では食べずに M-ROOM などで好きな時間に食べることになっています。私はKちゃんと先輩たちと一緒にパン(食パン)をトーストして、マーガリンを塗って食べました。その後にまた、卵を溶いて、タコ焼き器で明石焼きみたいなものを作って皆で食べました。今日は気分的に疲れています。明日から、5日間は7時間授業が続くので、かなりハードっぽいです。参った。参った。
 何度も書くけれど、レミどうしてる?
 愛農も楽しいけれど、早く、G・Wが来てほしいです。帰ったら,
KihachiのソフトクリームとMiel のパンと真っ白なご飯にのりたまが食べたいです。末広庵の和菓子もいいな・・・。それで、綺麗な服を着てニャア子にも会いに行こうと思います。
 さっき三重から来たMちゃんと二人で話していたら、Mちゃんは(も?)「愛農ってホントにハリー・ポッターのマホウ学校みたい」って言っていました。ハリー・ポッターは観たことがないけれど、確かに不思議なことばかりです。Mちゃんの中学時の担任の先生も、県内の愛農の存在を知らなかったそうです。
 今日は、タルト、レアチーズケーキ、プリン、フレンチトースト、牛乳ゼリーなど先輩たちがいろいろ作っていました。昨日、寮コンパの後の10:45(pm)頃に、先輩が「ケーキ食べる?」と言って部屋に来てくれたのですが、さすがに「もう遅いのでいいです」と断りました。皆さんよく食べます。
 大阪に帰ったときに、傘とテーブルクロスと、布とランチョンマット(裂き織り?)と粉やチョコレートなどの製菓用品を買いたいです。とにかくレミのために早く帰ろう。あと2週間半頑張ります。
それでは、また、後日。Good bye.

4月18日
 こんにちは。暫くお手紙書いてないと、書くことが沢山あって、長文だと思いますが、お許しください**
 昨日から本格的に始まった授業は、中学校の手抜き教師や、潔癖で点数(平常点)にこだわり生徒を疲れさせるような教師は一人もいないくて、すごい授業ばかりで、驚き続けています。
 まず、私は英語・数学両方とも、クラス分けテストの結果B(上級)クラスで学ぶことになりました。数学のBクラスは少人数です。もっと驚いたのはテストの結果、私は英語93点数学でさえ92点とれていたことです。テスト勉強といっても少ししかしなかったのに・・・。
 それで、N先生の英語の授業は素晴らしくよかったです。今日は「英語はコンパクトで簡単だが、日本語のように深い表現ができない」ということを教わりました。
 日本語で「自分を表わすことば」と言えば、「私、僕、オレ、余、わし etc,」色々あるが英語は[I]しかそれがないということでした。
 それと日本語は「熊が犬を殺した」といっても「殺した!!熊が犬を」と言っても意味は伝わるけれど、英語では
「The bear killed the dog」
としないと、(ただ語順を変えて「Killed the bear the dog)などと言えないから)難しいと言われました。
 だから英語は「誰がどうした、何を」という語順をしっかり覚えることが基本だそうです。今までこんな当たり前のようなことでも、考えたことがなかったので、英語の授業がとても楽しかったです。
 他の授業も楽しかったけれど全部書くと長くなるのでG・Wに帰ったときに伝えます。・・・中略・・・
 食欲が沸かなかった昨日、末広庵で働いて和菓子を食べている夢を見ました。それで今日、色々美味しいものを描いてみたので、それを同封します。(何か分からない下手なものもあるが)Mielのパンが食べたいなあ・・・。レミ元気? 白黒猫もいますか?
 この頃クロがよくなつくので、大好きです。
 それでは、また。さようなら。

(引用終り)

 いかがでしたでしょうか。少しは愛農高校の様子がわかっていただけたかも知れません。
 かなりホームシックにもなっていたようですが、ゴールデンウィークの時は私たちにずうっとしゃべりっぱなしで、だいぶ元気を取り戻して愛農に戻って行きました。実習やいろいろな当番や行事など今も体力的にはとても疲れることもあるようです。でもこの前の山林作業では、 4mほど木に上って枝打ちをし、チェーンソーを使い、丸太出しをしたりと、本人も愛農でなければ経験できないと言っていました。

 教育は何なのか、私もよくはわかりません。最近はゆとりとか自由が優先していて、それなのにどういう訳かみんなに合せなければならないような圧力があり、本当にしたい事ができるのではありません。
 教育には育むあるいはゆっくり待つという側面とともに、修行というか、厳しさや教え込むといった側面も必要だと思います。できれば1人の先生がその両面を備えていれば良いと思います。
 さらに、それぞれの先生にはそれなりのしっかりした生き方があり、また各学校にもできることならそれなりのはっきりした教育方針があってほしいです。子どもたちはそういう明確な生き方や教育方針が示されたほうが十分にのびていくと思います。
 愛農高校は明確すぎるほどの教育方針を貫き、現代の社会の中での農業者の役割、人間としての生き方をはっきり示しています。先生方も秘められたような心の強さを感じます。また、保護者の方々も、おそらく半数近くは農業に関っていたり、その他とても堂々とした生き方を感じさせる人が多く、私たちもほんとうに学びたいと思います。

(2002年6月1日)