ガイドヘルパー講習会 講義資料
7月19日、高校生対象のガイドヘルパー講習会の一部の講義を担当しました。以下は、当日のレジメに大幅に加筆したものです。
◆はじめに
●自己紹介
先天性の視覚障害。見える世界をほとんど知らず、見えないことが当たり前の世界で生活していた。
*したがって、私は弱視の人たちや中途失明の人たちのことは実感としてはほとんどわかっていない。視覚障害と言っても、その見えにくさや経験はひじょうに様々。
●上の世代の生活・人生に耳をかたむけよう!
ガイドを依頼する人たちのほとんどは皆さんより上の世代、大部分が高齢者。
ガイドの技術を身につけるだけでなく、そういう高齢の人たちとのコミュニケーション能力もとても大切。その第一歩は、高齢者の方々の話にまずは耳をかたむけること。
§1 障害の理解
§1.1 「障害者」とは、「障害」とは
法的には障害者として認定された人たち(=障害者手帳を持っている人たち)
「障害者基本法」(第2条)では、「障害者とは、身体障害、知的障害又は精神障害があるため、長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう」
*「病気」と「障害」の違い:病気は一時的、障害は長期的・永続的。患者は医療、障害者は福祉。
実際には両者の境界ははっきりしない(はっきり設けないほうが良いともいえる)。患者(一時的な障害)であっても、障害者が受けている福祉サービスを受けられるようにしたほうが良い。
●障害者手帳
身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳
●障害者数
身体障害者351万6千人、知的障害者45万9千人、精神障害者258万4千人 (障害者白書 平成17年版)
(全人口の約 5%。今後高齢者の割合が増加するとともに、その増加率以上に障害者の割合は増加すると思われる。なお、先進各国に比べると、日本で障害者とされている人たちの割合は半分以下)
●「身体障害者程度等級表」における身体障害の種別
・視覚障害
・聴覚又は平衡機能障害
・音声・言語又はそしゃく機能障害
・肢体不自由(上肢、下肢、体幹、脳原性の運動機能障害)
・内部障害(心臓、腎臓、呼吸器、ぼうこう又は直腸、小腸の各機能障害、ヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障害)
*「見える障害」と「見えない・見えにくい障害」
白杖や車椅子使用者は一見して視覚障害者や肢体障害者だと思われるが、白杖を持たない弱視や聴覚障害者・内部障害者等は、一見しただけでは分からない。
●WHO の「障害」の概念
1980年にWHOは障害の概念をめぐって、以下の3つのレベルの障害を示した(障害の医療モデル)。
a) 機能障害(Impairment):心身の形態または機能が何らかの形で損なわれている状態
b) 能力障害(Disability):機能障害の結果として生ずる活動能力の制限または欠如
c) 社会的不利(Handicap):機能障害または能力障害によってもたらされる社会的な不利益
この内、機能障害の観点からみると、近年高齢化の進行とも相俟って、障害の重度化・重複化が一段と進んでいる。しかし、この事はけっして障害のある人が生活の質を向上することが困難となっているという状況を示している訳ではない。
例えば、事故などで片足を失うという機能障害(impairment)を被った人が、車椅子を利用することにより、歩行困難という1つの活動能力の制限(disability)を取り除くことができるし、また、車椅子が利用できる環境を整備することにより、外出困難といった1つの社会的な不利益(handicap)を克服することもできる。
同様に、視覚障害でも、点字を習得することで文字の読み書きができるようになり、さらに、点字や音声で各種の試験が受けられたり公的文書や社内文書が点字化・音声化されれば、社会的不利益はかなり克服できる。
このように、障害のある人の生活の質の向上を図るためには、機能障害を原因とする能力障害や社会的不利をいかに除去または軽減し、個々人が自由な選択に基づき活動できるようにするかが重要なポイントとなる。
§1.2 視覚障害
《身体障害者程度等級表 (身体障害者福祉法施行規則第七条別表第五号)》
その中から視覚障害の部分のみを示す。
一級 両眼の視力(万国式試視力表によって測ったものをいい、屈折異常のある者につい ては、矯正視力について測ったものをいう。以下同じ。)の和が0.01以下のもの
二級 1 両眼の視力の和が0.02以上0.04以下のもの
2 両眼の視野がそれぞれ10度以内でかつ両眼による視野について視能率による損失率が95パーセント以上のもの
三級 1 両眼の視力の和が0.05以上0.08以下のもの
2 両眼の視野がそれぞれ10度以内でかつ両眼による視野について視能率による損失率が90パーセント以上のもの
四級 1 両眼の視力の和が0.09以上0.12以下のもの
2 両眼の視野がそれぞれ10度以内のもの
五級 1 両眼の視力の和が0.13以上0.2以下のもの
2 両眼による視野の二分の一以上が欠けているもの
六級 一眼の視力が0.02以下、他眼の視力が0.6以下のもので、両眼の視力の和が0.2を超えるもの
*視覚障害は視力と視野で判定され、色盲や夜盲などは要件には入っていない。
§1.3 平成18(2006)年身体障害児・者実態調査結果から
在宅の視覚障害児・者は推計31万5千人(18歳以上31万人、18歳未満5千人。身体障害者全体の約9%)。
●高齢化
年齢別に見ると、65歳以上が約60%、50〜64歳が約25%で、高齢化が顕著。
年齢 % (推計人数)
65歳以上 59.9 (186,000人)
60〜64歳 10.5 ( 33,000人)
50歳代 14.7 ( 46,000人)
40歳代 6.7 ( 21,000人)
30歳代 3.8 ( 12,000人)
18〜29歳 1.9 ( 6,000人)
18歳未満 1.5 ( 4,900人)
●重度、重複化
障害程度別では、1級が35.5%、2級が26.5%で、全盲かそれに近い人が合計61.9%。
弱視に相当する3級〜6級の人が約35%
*日本眼科医会によると、「視覚障害者と認定されなくとも、視覚的に日常生活に困難」のある「ロービジョン者」は約100万人いると推定される。
また、視覚障害とともに聴覚障害など他の障害を併せ持つ者がとくに視覚障害児の中に多くなっている。
重複障害の種類 18歳以上 18歳未満
聴覚障害 22,000人 1,200人
肢体不自由 32,000人 1,500人
内部障害 15,000人 --
*以下の調査結果のうち2006年のものは、18歳以上の視覚障害者379人の回答に基づくもの
●パソコンの利用(%)
2001年 2006年
毎日利用する 3.3 7.4
たまに利用する 1.7 5.0
ほとんど利用しない 1.3 3.2
全く利用しない 79.7 72.6
●情報の入手方法(複数回答、%)
2001年 2006年
テレビ 72.4 66.0
家族・友人 58.5 55.7
ラジオ 55.5 49.3
図書・新聞・雑誌 25.9 26.9
録音・点字図書 7.3 14.8
自治体広報 15.6 13.7
携帯電話 3.7 7.1
HP・電子メール 2.0 6.6
●点字の習得と必要性
点字が「できる」は48人(12.7%)。点字が「できない」とした268人(70.7%)のうち「点字が必要」とした人は6.6%、「必要なし」は60.9%。
障害等級で見ると、「点字ができる」は1級で25.2%、2級で13.0%。いっぽう「必要なし」とした人はそれぞれ46.7%、69.0%。1、2級の重度視覚障害者で見ると、「点字ができる」のは235人中47人(20.0%)。
●外出の有無と回数(%)
2001年 2006年
ほぼ毎日外出する 30.2 29.3
週2〜3回外出する 26.6 29.8
月2〜3回外出する 20.3 21.9
年に数回外出する 13.3 10.6
外出なし 6.6 6.3
●就業者の職業(抜粋、%)
就業者は21.4%(2001年は23.9%)、不就業者は73.4%(2001年も同率)。
2001年 2006年
あんまマッサージ・鍼・灸 33.3 29.6
専門的・技術的職業 6.9 11.1
農業、林業、漁業 12.5 8.6
事務 4.2 7.4
生産工程・労務 9.7 7.4
サービス職業 6.9 6.2
管理的職業 1.4 2.5
販売 5.6 2.5
§1.4 失明の原因
●失明の主な原因
・先天素因
・外傷
・中毒
主に未熟児網膜症
・疾病
緑内障、糖尿病網膜症、黄斑変性症、網膜色素変性症、白内障、網膜剥離、視神経萎縮、その他(ベーチェット病、ぶどう膜炎、網膜芽細胞腫など) (詳しくは、資料1を参照)
●世界の失明の原因・要因
白内障 47.8%
緑内障 12.3%
加齢黄斑変性症 8.7%
角膜混濁 5.1%
糖尿病網膜症 4.8%
トラコーマ*1 3.6%
幼少期の失明*2 3.9%
オンコセルカ症*3 0.8%
その他 13%
*1トラコーマ:クラミジアの一種による感染性の結膜炎
*2幼少期の失明:白内障、未熟児網膜症、ビタミンA欠乏症など
*3オンコセルカ症(onchocerciasis):細長い糸状の線虫オンコセルカによって起こる風土病(アフリカや中南米など)。皮下に大きなこぶ状の腫瘤を作る。幼虫が血液から目に入り、角膜炎や網膜変性により失明することがある。ブユにより媒介される。ブユが多くいる河川地帯で発生し失明に至ることがあるため、'river blindness'とも呼ばれる。1988年よりWHOとメルク社が感染予防に大きな効果のあるイベルメクチンの無料配布を始め、現在オンコセルカ症およびそれに伴う失明は激減している。
*世界の視覚障害者数は、推計、全盲(blind)が3,700万、弱視(low vision)が1億2,400万、計1億6,100万人。
(WHOの2002年の推計)
※WHOの定義では、全盲(blind)は視力が3/60未満または視野喪失が10度未満、弱視(low vision)は視力が6/18未満で3/60以上または視野喪失が20度未満となっている。
●日本の失明の原因
2002年の調査結果(視覚障害者として身体障害者手帳を新規交付された人の原因疾患/中江公祐)
緑内障 24%
糖尿病性網膜症 20%
加齢性黄斑変性症 11%
網膜色素変性症 11%
視神経委縮等 9%
白内障 7%
高度近視 6%
その他 12%
1990年の調査結果(厚生省「視覚障害の疾病調査研究」)
糖尿病網膜症 17.8%
緑内障 12.8%
白内障 12.1%
網膜色素変性症 12.1%
高度近視 9.3%
その他 35.9%
〔参考〕 目の構造
角膜 (眼球の前面を覆う透明な膜。目に光を取り入れ、光を屈折させて、水晶体とともに目のピントを合わせる働きがある)
↓
瞳孔 (虹彩が収縮して瞳孔の大きさを調節し、入る光の量が調節される)
↓
水晶体 (透明なレンズ状の器官。像の焦点が網膜上にうまく合うように、チン小帯・毛様体の働きによって水晶体の厚さが調節される)
↓
硝子体 (眼球の水晶体・毛様体の後方から網膜の前面までを満たす透明な寒天様物質)
↓
網膜 (中心部の黄斑部に明所で機能し色を識別できる錐体細胞、周辺部に暗所で機能し光に対する感度の高い杆体細胞が分布する)
↓
視神経
↓
大脳(視覚野)
*これらのいずれかに病変があれば、視覚に何らかの障害が起こる。
§1.5 視覚の特徴 (触覚と比較して)
●他の諸感覚情報の確認と統合
ふつうは、触覚・聴覚・嗅覚などからの情報だけで判断することは少なく、それらの情報を視覚でも確認し、多くは視覚優位で統合し判断している。
例えば、実際の音の方向と音源らしき物体の方向とがずれている時、視覚で確認できる音源らしき物の方向から聞えているように感じる。また、味覚だけで味わって食べているのではなく、その食べ物が何であるかを視覚で確認し、その食べ物の味だと思って食べている(全盲の場合も、ふつうその食べ物が何であるかを言葉で知って食べている)。
●離れた所の物を見ることができる
触覚では、直接物に触らなければなにも分からない(たとえ1mmでも離れていれば、何も存在しないのと同じ)。
●視野が広い
単眼視の場合、上方60度、内方60度、下方70度、外方100度。一度に全体を見通すことができる
触覚では、指先が触っている小部分しか一度には分からない。全体を知るには、順番に触っていってそれを頭の中でつなげていく。
●受け取れる情報量が非常に多い
単位時間当たり、視覚は聴覚の約百倍、触覚の約1万倍と言われる
●分解能がきわめて高い
視力1.0で0.01度=30cm離れた所から0,1mm離れた2点を識別できる。
指先で2点を区別できる最小距離は0.2mm前後
●明暗・色の識別、立体視ができる
触って分かるのは、物の形や凹凸、硬さ、温度など。平面の図形を触って、その触覚情報から直接立体を触覚的に感じることはできない。
*視覚・聴覚・触覚などの各感覚には、それぞれ異なった特徴があり、その特徴に応じた情報の提供の仕方がある。
§1.6 視覚障害に起因するハンディ
日常の生活では、情報の80%以上が視覚からの情報だといわれる。視覚障害に起因する各種のハンディは、結局はこの視覚情報の欠如による。
●文字や映像情報の制限
日常の活動や仕事のかなりの部分は文字や映像情報を使って行われているが、普通の文字や映像情報はそのままでは得られない。
→点字や音声の情報にする。拡大したりコントラストをつけたり、拡大鏡を使ったりする。直接だれかに読み書きしてもらったり言葉で説明してもらったりする。
●行動の制限
移動能力が制限される。(また運動や操作能力も制限される。)そのため、とくに未知の環境での消極性をもたらしやすい。
→杖や盲導犬を使った歩行。点字ブロックや音響信号機などの歩行を補助する設備。ガイドヘルパーなどによる手引き。
*視覚障害者は〈歩けない〉のではない。機能的には歩くのに問題ないが、歩くのに必要な情報が十分に得られないために移動能力が制限される。
●コミュニケーションの制限
対人的なコミュニケーションにおいては、見えない人の方から積極的に声をかけにくかったり、表情や身振りなど否言語的な情報やメッセージの欠如によるハンディがある。
また、とくに先天盲の場合は、言葉を覚え使っていても、視覚経験がまったく無いために、その言葉の具体的な意味内容をあまり分からずに使っていることがある(しばしば「verbalism(唯言語主義)」と呼ばれる)。
→見える人からできるだけ声をかけるようにする。身振りだけでなく、それを言葉に表すようにする。実際に触ったりなどする経験をできるだけ多くする。
●視覚的模倣の欠如
目が見えていれば模倣によって自発的に修得できる動作や技術を、視覚障害児・者は一つ一つ人から教えられなければならない。そのために、自主性が育ちにくく、人に依存しやすくなりがち。
→見えない人の手をとって実際にひとつひとつ操作させてみたり、模範となる姿勢や動作などを触ってもらう。
●社会の態度
視覚障害を理由にした、一般の人たち、とくに身の回りの親・家族・先生・友達・同僚等の特別な態度が、視覚障害児・者のパーソナリティ形成や価値観に大きく影響したり、各種の能力の発達を阻害し、就業の機会を奪ったりすることがある。また、制度的に教育や就業の機会が奪われていることもある。
→視覚障害について学び意識を変えてゆく。障害者も受け入れるような制度にしてゆく。
§1.7 視覚障害を補う他の感覚
視覚障害者は、視覚以外の感覚を総動員して外界の状況を知ろうとする。そのため、経験豊富な視覚障害者は、一般の人がふつうはあまり気にしないような小さな刺激にも敏感に反応して、それらから状況を総合的に判断しようとする。
※視覚障害者が視覚以外の感覚そのものについて一般の人たちよりとくに優れているということはない。プロの音楽家やレンズ磨きなど職人的な仕事をしている人は、一般の視覚障害者以上に聴覚や触覚に優れている(=うまく利用している)。→一般の人たちと同様、視覚障害者も十人十色。
※アイマスクを使用した視覚障害体験では、ふだんは気付かないような様々な音や足の裏の感覚にも敏感になると言う人が多い。
また、残存視覚がある場合は、拡大鏡などその人の視覚に合った補助具も使いながら、残存視覚をできるだけ有効に利用できるよう訓練する。
●聴覚
日常生活で必要な情報の多くは聴覚から得られる。
カセットテープやCDによる〈耳からの読書〉、ラジオ・テレビ・映画の聴取、歩行時における、周囲の状況の把握や危険からの回避等。
聴覚によって、音源の位置やその移動の様子から、人の動きや自動車などの動きをある程度知ることができる。さらには、主に反射音などを利用することにより、大きな建物や物体の存在、空間の広がりの様子などをある程度把握できることがある(障害物知覚)。しかし、これらの聴覚的手掛りは、他の騒音や反響音、風の影響などにより乱されることが多い。(風雨の日の歩行はかなり困難)
●触覚
皮膚感覚の一つである触覚は、聴覚と共に重要な感覚。
指先での点字の触読(高齢になってからの失明者、病気などで指先の感覚が鈍くなっている人には難しい)のほか、調理、掃除、炊事、洗濯等の日常の作業は主に触覚に依っている。歩行時には、杖先や足裏からの触覚情報、さらに皮膚で感じる空気の流れも役立つ。
いわゆる〈バリアフリー〉商品には、触覚で識別できる物が多い。
温覚や冷覚も調理や危険の回避などに役立つ。また、日光は熱として感じられ、天候だけでなく、陽射しの方向から東西南北をおおよそ知ることができる。
なお、触覚により、普通視覚だけではまったくあるいははっきりとは分からない様々な特質(物の表面のテクスチャ、重さ、物の内部の様子、物の裏側や凹んだ所など見え難い場所の細部など)を知ることができる。
●嗅覚
周囲の状況を知るのに大切。歩行時には、コーヒー店、靴屋、本屋、花屋などを知ることができる。また花や草木の匂いで、自然や季節の移り変わりをたのしめる。
§2 視覚障害者の心理
障害者の心理は、その障害に特有な心理というわけではなく、障害のために特別な環境に置かれ、その環境の影響によると考えたほうがよい。(例えば、中途失明者とPTSD、先天盲と施設で長期間育った子どもの心理は、一部類似している)
§2.1 中途視覚障害者
●失明恐怖の時期
失明は視覚を失うだけでなく、社会的地位や家族内での役割などすべてを失い、なにもできない無力な存在になったように感じる(資料2参照)。失明の事実が受け入れられず、眼疾患が治癒する可能性を求めて、病院を何か所も回り訪れる。しばしば自殺を思う。
●失明直後
心理的に混乱し、しばしば一種のショック状態になる。視覚障害という衝撃から自分を守ろうとして、感情の表出がなくなり、自分を取り巻くまわりの刺激から逃れてしまう。さらに、感情のまひやうつ状態を呈するようになることもある。
●障害受容と回復期
視覚以外の聴覚や触覚を少しずつ利用しはじめたり、各種の適応訓練の情報を得たり、他の視覚障害者と接触したりして、一人の人間として生きていこうとしはじめる。社会適応訓練は、単に移動能力・コミュニケーション能力・日常生活の技能などの習得を目指すだけでなく、一人の人間として生きていく意欲や自信を養うことを目的とする。
※これまでは、ショック期・失望期の後、視覚障害者として新たに〈生れ変わって〉人生を再スタートするといった例が多かった(=見えていた時と断絶)。これからわ、医療と福祉が連携することにより、失望期・ショック期を長く経験することなく、見えていた時に身に付けた知識・技能・人間関係などもできるだけ活用して失明以前と連続した生き方ができるようにしたほうが良い。
§2.2 弱視者
心理的に不安定。
@視覚障害者の中では〈見える人〉としてしばしば優位に立ち積極的に行動できる。しかし、普通の見える人たちの社会の中では、〈見えない人〉でありながら、しばしばそれをはっきり表明できず、依存的・消極的になりやすい。
Aその時々でどの程度見えているかに不安がある。また進行性の眼疾患の場合は、視機能の低下にたいする不安が付きまとう。
・普通でありたいという願望
・理解してもらえないというもどかしさ
・見えにくさを訴える表現力の不足
・見えにくさの認識の不足
●弱視の見え方
・屈折異常: 網膜上に正しく像を結ばない(乱視、近視、遠視など)
・眼球振とう(眼振): 眼球が不随意に揺れる
・像がぼやける: すりガラス越しに見るような状態
・視野の障害: 視野狭窄(周辺部が見えない)、中心暗点(中心が見えなくて周辺が見える)、視野欠損(左あるいは右が欠損)
・まぶしさ
§2.3 先天盲
・生まれつき全盲であった人
・早期失明者:5歳くらいまでに失明した人もほとんどの視覚的な記憶を失うことが多い
日常の生活技術は、多くは長年の経験によって、視覚以外の感覚を使ってそれなりに出来るようになる(他人の行動を模倣できないので、しばしば自己流になる)。見えないことは不自由ではあるが、家庭や盲学校で過ごしているとそれを深刻に感じることは少ない。また、そのような環境では、特定の人との接触しかなく、社会性やコミュニケーション能力が育ちにくく、経験の範囲も狭い。
先天盲の人が見えないことの深刻さに気付くのは、盲学校などを出て社会の中で生活するようになってから。回りの人との関係がうまく取れずに、自分の能力を発揮できず孤立してしまったり、さらに深い虚無感におそわれることがある。また、いつ、どのように見られているのか不安で、いつも過度の緊張状態にある人もいる。
*中途失明者の多くは自殺を思うが、自殺する人はほとんどいない。これにたいして先天盲では、自殺する人の割合が極めて高率だという調査結果がある。
§3 移動支援の基礎知識
§3.1 移動支援の役割
・日常生活と健康の維持:買い物、病院、各種の手続きなど
・社会参加:会議、講演会、団体の行事、その他いろいろな活動
・レクリエーションと文化的活動:スポーツ、旅行、コンサート、美術館や博物館、いろいろな趣味の活動
移動支援では、狭い意味での移動支援(手引き)とともに、情報提供・コミュニケーション支援(主に言葉による説明)が大切。これからはコミュニケーション支援がより重視されてくるだろう。
§3.2 移動支援のさいの留意点
基本姿勢など、移動支援のさまざまな技術を学ぶだけでなく、それがなぜ望ましい方法なのかその理由も考えるようにしてほしい。
●会うまで
事前に約束の時間と場所をしっかり確認する。とくに約束の時間にはぜったいに遅れない。
ルートを調べておく。
●会った時
まず挨拶し名前を名乗る。
手引きの仕方について確認する(どちらの側に立つかなど。マニュアル通りの手引きのされかたを知らない人、別の方法が良いという人もいる)。
ルートを簡単に打ち合わせ確認する(視覚障害者が使い慣れたルートがあれば、そのほうが良い)。
歩き出したら速さについて確認する。
*弱視者の中には、白杖を持たなかったり、手引きされるのをいやがって後ろから見ていてほしいという人もいる。
●途中で
とくに最初は歩行に必要な情報をできるだけ細かくすべて言うようにする。(ガイドをして間もない方はなかなか言葉が出にくいことがあるので、次に何を言うべきかそのつど事前に考えておいたほうがよい。)
2人分の幅を確保するとともに、とくに上や横から飛び出している物に注意する。
溝や大きな段差などは、言葉で説明するとともに、白杖を使って確認してもらってもよい。
余裕があれば、周囲の様子や景色など、感じたことを話すのもよい。
一時的に待ってもらう時は、できるだけ壁や柱など位置を確認できる物を触ってもらって待ってもらう(そのほうが安心できる)。また、席をはずす時は、そのことを言い、帰ってきた時もそのことを告げる。
買い物、役所、病院での診察、会議やイベントなどでは、いろいろ手伝ってほしいが、あくまでも本人が中心であって、本人抜きでガイド者と係の人とで事をはこばないようにする。(本人尊重。係の人は見えているガイドの方とコミュニケーションが取りやすく、係の人とガイドの方が中心になり本人は従になりやすいので、注意)
●別れるとき
ガイドが終わって別れる時は、見えない人が場所や方向をしっかり確認し終えたことを確かめてから別れるようにする。
●その他
身上調査のように個人的なことはたずねない。
本人の通帳・印鑑・財布などにはできるだけ触れないようにする。代りに使ったときは、すぐ確認しながら返す。
プライバシーについて知ってしまうことはよくあるが、それについて本人に質問したりしない。また、他人に知らせたり話題にしたりしない。
§3.3 説明の仕方
●方向の示し方
見える人の場合は目で見える外部の物が方向の基準になるが、見えない人の場合は自分の身体が基準になる。
見えない人の身体が向いている方向を基準にして説明する。(説明したい方向と見えない人の向きがずれている時は、見えない人の身体の方向を変えて説明するとよい。)それを基準にして、前、右、右45度とか言う。あるいは時計の文字盤を使った表現でもよい。
ゆるやかなカーブや適当な斜めのルートでは、しばしば視覚障害者は方向を見失いがちになる。できるだけ直線と直角を組み合わせたルートにしたほうが良い。
(階段は、階段に対して垂直に上り下りする。斜めに下りるのはたいへん危険!)
●位置や距離
「あっち」や「こっち」などではなく、視覚障害者の身体を基準にしてどの方向に何メートルくらいと言う。少し離れている時は、手や足や杖などで触ってわかるてがかり、耳で聴いてわかる手がかり、弱い視力で見てわかる手がかりを使って説明する。
●周囲の様子や景色などについて
とくに目立つ物について細かく説明するだけでは不十分。まず全体の様子を伝え、その部分部分の配置やつながり、さらに各部分について細かく説明するほうが良い。
「きれい」とか「すごい」とか、感じたままを言葉にしてよいが、できればどうして「きれい」とか「すごい」と感じるのか、それについても説明できたほうが良い(見えない人もいっしょに楽しめる)。
〔資料1〕 主な眼疾患
緑内障:眼圧が高いために視神経を圧迫し、それが長期間続くと視力の低下や視野狭窄をきたし、失明することもある。先天性緑内障の一つで、眼が大きく見えることから牛眼といわれる疾患もある。最近は、正常眼圧でも高齢になるとともに緑内障を発症する例が増えている。網膜剥離に至ることもある。
糖尿病性網膜症:糖尿病による動脈硬化が進むと細い血管がふさがり、酸素の供給が困難になる。そのため、眼球内で出血などの障害が起きてくる。また、眼と同様に合併症として末梢部の知覚鈍麻が起きていることがあり、その場合には触覚が鈍くなるだけでなく、手足にけがをしてもそれに気づかなかったりする。日常生活の指導を重点に眼科管理が必要となる。
黄斑変性症:黄斑という視力の感度がもっとも高い網膜部位が変性をきたすために視力が低下する。加齢に伴うものが多く、疾患の進行は緩慢だが、最終的には大きな中心暗点となる。文字を読むのがとくに困難になる。
網膜色素変性症:遺伝性素因で起こり、網膜の視細胞が壊れていく病気。幼児期の夜盲に始まり、次第に視野が狭くなる。 見える部分の視力は比較的よい場合がある。
視神経萎縮:遺伝性素因(レーベル氏病)や視神経の病変によって発症する。視力の低下や視野障害(中心暗点や求心狭窄)をきたす。幼児からの場合は、横目の状態で見る人が多く、外斜視や眼球振とうを伴うこともある。
白内障:水晶体の混濁によって視力が低下する。加齢に伴う老人性白内障のほか、先天性白内障もある。くもりガラスを通したようにかすんで見えたり、まぶしく感じる場合がある。
未熟児網膜症:未熟な網膜血管が動脈血酸素濃度の上昇に対して異常な反応を起こし、弱視や失明などの視力障害を残す疾患。保育器内で酸素治療を受けた未熟児に発生率が高い。
網膜剥離:網膜が強膜からはがれて浮き上がった状態。初期症状として、目の前にほこりが浮いて見える飛蚊症や、目をつぶっても光がまたたいて見える光視症がある。進行すると、剥離した部分の視野の欠損や視力障害を来す。外傷・高度の近視眼・糖尿病・高血圧などでみられる。
半盲:脳内出血や脳梗塞のために、視交叉や視索中枢等に障害をきたし、視野の左右どちらかが見えなくなる状態。両眼とも同じ側の視野が欠ける場合を同側半盲、片眼ずつ反対の視野が欠ける場合を交差半盲という。同側半盲の場合、視野が欠けている側がぶつかりやすくなる。
ベーチェット病:アフタ性口内炎・陰部潰瘍・虹彩炎などを主症状とし、発疹・発熱・関節痛などもみられる原因不明の病気。再発を繰り返し、ついには失明することが多い。20〜40歳の男性に多く、特に日本に多い。(1937年にトルコの皮膚科医ベーチェットが報告)
ぶどう膜炎:ぶどう膜(虹彩、毛様体、脈絡膜)に炎症を起こし、充血、眼痛、比較的急激な視力障害をきたす。サルコイドーシス、原田病、ベーチェット病など、全身性の疾患に伴って起こることが多い。
網膜芽細胞腫:眼の網膜にできるがんで、多くが3歳以内に発症する。結膜の充血、視力の低下や、緑内障を起こし眼を痛がることもある。
〔資料2〕 失明による20の喪失
米国のセントポール失明者リハビリテーションセンター(現・キャロルセンター)の創設者トーマスJ.キャロルは、その著『失明』(松本征二監修 樋口正純訳、日本盲人福祉委員会、1977)の中で、中途失明に伴う喪失として次の20を挙げている。
心理的安定の基本的な喪失:@身体的な完全さの喪失、A残存感覚に対する自信の喪失、B環境との現実的な接触能力の喪失、C視覚的背景の喪失、D光の喪失、
基本的技術の喪失:E移動能力の喪失、F日常生活技術の喪失、
意志伝達能力の喪失:G文章による意志伝達能力の喪失、H会話による意志伝達能力の喪失、I情報とその動きを知る力の喪失、
鑑賞力の喪失:J楽しみを感じる力の喪失、K美の鑑賞力の喪失、
職業、経済的安定に関する喪失:Lレクリエーションの喪失、M経験、就職の機会等の喪失、N経済的安定の喪失、
結果として全人的に生じる喪失:O独立心の喪失、P人並みの社会的存在であることの喪失、Qめだたない存在であることの喪失、R自己評価の喪失、S全人格構造の喪失
私はこれら20の喪失の中でも、とくにAの残存感覚に対する自信の喪失を重視したい。失明当初は、聴覚・触覚・嗅覚など残存諸感覚からの情報は、視覚による確認と適切な判断が得られないため、ほとんど意味が分からずいわば雑音になってしまい、自分の感覚や身体にたいする信頼を無くし、不安感や無力感、さらにはアイデンティティの危機にまで至ると考えられる。
(2008年7月30日)