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……メンバー総出演☆真夏のバーベキューバトル??

-------------------------------------------------------------------その3小杉薫子

 ……えっ、嘘っ……!? ちょっと待ってっ、これってどういうことよ……!

 耳にタコができるくらいしつこくしつこく教えられた通りの道のりを進んで、ようやく丘の上の住宅地までたどり着く。知る人ぞ知る地元の人気スポットではあるけれど、私はここまでやってくるのが実は初めて。そりゃ、いつかはお邪魔しなくちゃならないとは思っていたのよ。

 

 ……でもっ、でも!! 何よっ、話が違うじゃないの……!?

 

 一応、私の彼と言うことになっている(んだろうな)槇原樹。彼が5、6人のメンバーが集まる自宅の庭先でどこにいるかはすぐに分かった。白く霞んでその表情までは確認出来なかったりするけど。
 もうもうと煙の出ている黒くて丸いかたちのバーベキューケトル。 あれ、私と一緒にホームセンターまで買いに行ったんだもん。すごい高いんだよ、諭吉さん三枚と小銭を財布から出してるのを見たわ。へー、早速使ってるのかあ……じゃなくて! だからっ、話が違うのよ、話が……!

 

 ウチの学校、私立だったりするじゃない。それで、夏休みに独自の補習授業があったりするの。

 別に一学期の成績が悪かったとかそう言うんじゃなくて、全員が当然のように受講することになってる。だって「補習」とは名ばかりで、普通の授業の続きなんだもん。これを受けないでいたら、二学期大変なことになっちゃう。
  ほら、私立と公立だと、受験に対する取り組みが全然違うって良く言うでしょ? 私立ではこんな風にばりばりと授業を進めて、高校3年間分の学習内容は2学年終了時までで終わらせるんだって。で、最後の1年はずっと受験対策の勉強。クラスも進路先に合わせて細かく別れていくことになる。

 まあ、細かいことはいいとして。

 とにかくその大切な補習授業を、槇原樹は昨日休んだのよね? 何か「どうしても外せない用事があるから」とか、訳の分からないこと言って。で、……日曜日の今日、欠席した分の課題のプリントを家まで届けて欲しいなんてふざけたことを言い出すのよ。一体、何様のつもり? って感じよね。お陰でバレー部の練習試合を休む羽目になったじゃないの。

 

 でさ、……いいんだけど。この際、ごちゃごちゃとは言いたくないけどっ。

 

 確かに奴は言ったはずよ、間違いないわ。私、ちゃんとこの耳で聞いたもん。そのときの会話を携帯機能で録音して証拠にしなかったのが悔やまれるけど、でもでも聞いたっ、絶対に聞いた……!

「平気だよ? 今日は家には誰もいないから」

 まあ、それも別の意味でどうかとは思ったけどさ。でも、私にとっては誰かひとりでも彼以外の家族が家にいることの方が問題だったの。いくら当の本人とはよろしくしてたとしても、やっぱり家族の人たちと会うのって身構えるでしょ? しかも、奴の場合は「普通の家族」じゃないんだよ。地元では有名すぎるほどのカリスマ夫婦と三人の子供たち。80歳のおばあちゃんだって、知ってるんだからね。

 ―― うっ、嘘つきっ! 騙したわね、ひどいっ……!

 

 誰もいないという言葉を信じていたから、ずんずんと歩いて来ちゃって。

 ふっとメンバーが見えた時に、端っこの女の人がこちらに気付いたみたい。慌ててひまわりの影に隠れたけど……分かったかなあ。お願いだから、通りすがりの関係ない人間だったと思って欲しいわ。

 ……あれは、上のお姉さんの方。菜花さんって、名前。

 知ってる、知ってる。一応基本知識として覚えておこうと、兄が大学に戻ったあとにこっそりとサイトを閲覧させてもらってるの。この頃では、宿題の調べ物とかでもパソコンを使うし、隣の部屋のデスクトップは自由に触っていいことになってる。ちゃんとこまめに履歴を消してるし、兄にはばれてないはず。

  へええ、やっぱり噂通りにちっちゃいわ。他の人たちが長身だっていうのもあるんだろうけど、どこもかしこもコンパクト。それでいて、すごい存在感があるのね。辺り一面が、ぱーっと華やいでいる気がするよ。

 で。今、隣に来たのが婚約者の杉島さんね。今は大学の4年生で関西に行ってるけど、すでに食品メーカーへの就職が内定してるとか。すごいよねー、就職難のご時世に。高校までは柔道部で鍛えて、インターハイにまで出場したって話。確かにがっちりと逞しいわ。菜花さんと並ぶとお相撲さんとファッションモデルのカップルに見えてくる。

 菜花さんとなにやら話しながら。彼は中央にあるかまどの前に立って、串をひっくり返し始める。ええと、……さっきまではあそに槇原樹のお父さん・透氏がいたはずなんだけど。

 あ、あっちだ。数人で集まって、何か話してるみたい。

 

 ううう、何でオペラグラスを持参しなかったのかしら?

 私、あんまり視力良くないし。一応コンタクトは使ってるけど、やっぱりこんなに遠くなると見えづらかったりするのよね。

 口惜しく思いつつ、ひまわりの葉の陰からまた覗いてみる。本当にすごいわ、これだけ集まると。もしもウチの兄がこの場にいたら、ビデオをぐるぐると回しっぱなしだろうなあ。このことは内緒にしておかなくちゃ、あとでネチネチと執念深く恨まれたら大変だわっ……!

 

 必死に目をこらしてみれば。立ち話していたのは二組のカップルだった。

 こちらから見て後ろを向いてるのが、中肉中背のお洒落っぽい男の人とすらっとしたさらさらロングヘアの女の人。彼女のノースリーブのブラウスから伸びた腕の細いこと、白いこと! くしゅくしゅした白い素材は今年流行のインド綿かな? くるぶしまでのスカートもスレンダーな体型によく似合ってる。手首にはターコイズのブレスレット。全身が白だから、よく映えること。

 ……ああ、あの人がきっと梨花さん。槇原樹のもうひとりのお姉さんだ。これまたすっごい美人だって聞いてるけど、やっぱ姿勢のいい立ち姿だけでもそれが伝わってくるわ。綺麗な人って前から見ても後ろから見ても崩れないのねえ。これで振り向かれたら、心臓止まっちゃうかも。

じゃあ。その隣にいるのが彼氏さんか。ウチの兄の高校時代の先輩で(と言っても、在学中は面識無かったみたいだけど)、さらに去年一年は同じ予備校に通っていたっていう。学業に一心に打ち込まなくちゃならないはずのその浪人中に、梨花さんをゲットしてしまった強者。しかも結構有名どころ、箱根駅伝にも走ってる大学に合格しちゃったし。
  へええ、画像で見るよりも本物の方が数段格好いいわね?見るからに爽やか好青年ーって感じよ。適度にかしこまったオレンジレンジな服装も好感もてるわ。まあこれくらいこぎれいな男性はいまどき巷に溢れているんだけどね。

 

 ―― うーんっ、駄目だ。ここからじゃ、何とも見づらいわっ……!

 

 しばらくは頭を横にしたりして頑張ってみたんだけど、やっぱ無理みたい。私はひまわりの植え込みに沿って、少し移動して行く。だってさー、せっかくこんなにすごいの見るチャンスに恵まれたんだもの。中途半端じゃ良くないと思うのよね?

 ……あ、別に違うからっ。あの兄の妹だからって、怪しい趣味に走ってるんじゃないからね……!

 

 10歩くらい歩いて立ち止まる。

 よしよし、だいぶ角度が変わったわ。生い茂ったひまわりの葉っぱもいい感じに私を隠してくれているし、言うことないわね。
  向きが変わったことで、今までは若いカップルに隠れていた奥のふたりがしっかり確認出来るようになった。

 

 ……あ、あの人!

 そう、そうよっ、千夏さんだわ。槇原樹のお母さんの……! きゃああ、本物、本物っ! 何か、ひとりですごい盛り上がってるんですけどっ、私ってばどうしちゃったのっ……!?

 

 写真画像で見るよりももっと華奢な感じ。体型としては下のお姉さん・梨花さんに近いと思うけど、こちらの方がもう少し線が細いかな? やっぱり梨花さんは柔道とかやってたみたいだから、その辺が影響してて精悍とした感じがあるわね。
  日差しを避けるためなのだろうか、この炎天下に七分袖。ミルクティー色のカットソーに網目になった生成のベストを重ねたナチュラル・テイスト。アシメトリーにギャザーが寄っているそれは、柔らかく身体のラインに沿って流れ落ちてる。シワ加工のスカートもちょっと変わったデザインですごく可愛い。つばが広めの麦わら帽子、額に影が落ちている。
  背中半分くらいまでの髪はちょうどふたりのお姉さんの色を足して2で割ったみたい。以前見た写真では肩くらいまでの柔らかいウェーブだったよな。今はストレートになってるんだ。遠目に見てもさらさらしていて、とっても綺麗。手入れが行き届いているなーって感じよ。

 こうやって改めて見ると……若いよなあ。

 槇原樹って、末っ子だよね? 確か菜花さんとは5歳離れていたはず。となれば、ウチの両親とそんなにかけ離れて年が違うってわけじゃないと思う。いくら結婚が早かったとしても、彼を産んだときにはそれなりの年齢になっていたはずだし。
  もしかして、これも気合いの違いなのかなあ。何か20年後、30年後の自分を想像してしまう。魅力的に年を重ねるって、実はかなり大変なことだと思うのよね。TVによく出てくる女優さんなんて、「え? 本当にこの年齢っ!?」と思ってしまうほど若々しいけど、あれも日々の努力のたまものなんだろうな。

 

 ――それで、……あれ?

 

 炎天下、ひまわりの影から千夏さんウォッチング。こんなことをいつまでも続けていたら、あとで槇原樹に何て言われるのやら。もうこうなったら、届けに来たプリントは庭先のポストに押し込んで退散しよう――そんな風に考えて、行動を起こそうとした矢先。私は、再び千夏さんの胸元に釘付けになった。

 大きく開いた襟ぐり。鎖骨がくっきり浮き出た真っ白なその部分に、きらりと光るものを見つけた。……あれ、あれれれ? もしかしてっ、あれは……!

 

 その瞬間、私の身体中の血液がものすごい勢いで逆流した。……様な気がしたの。

 だって、だって、あれ。あれって、私の作ったネックレス。一番最初に、槇原樹のお父さんのお店に並べて貰って、色々あって千夏さんが引き取ってくれたって言う。――きゃあああああっ、すごいっ、本当に付けてくれてたんだ……!

 確かにあの日、電話口では「愛用させて頂いてるの」と言ってくれた。でも、でもっ……そういうのって「社交辞令」って奴でしょ? 千夏さんは素敵な大人の女性だもの、とびきりのジュエリーだってたくさん持っているはず。それに素人が作ったアクセサリーが太刀打ち出来るはずないもの。

 今も、月に数回、出来上がった作品を店先に置かせて貰っている。いつの間にか私のコーナーが出来ていて、在庫が少なくなってくると「持ってこい」って自称・「オーナーの息子」に言われるから。でもまだ、自分の作ったアクセサリーが実際に身につけられているところって見たことなかったのよ。自分で試着してみることはあっても、全然知らない人がきちんと服装に合わせてチョイスしてくれるって、何かぴんと来なくて。

 すごーい、すごいっ、どうしようっ! 何か興奮して来ちゃった。

 

 踊り出しそうになる気持ち、かろうじて抑えて。大きく深呼吸をしたその時、ポケットの携帯が軽快に鳴り出した。

 ――うわっ!

 もう慌てたわ。わたわたして、ようやく取り出したときにはもう手が汗をかいてる。だって、そうでしょ? これだけの距離があると言っても、目の前のひまわり林以外には遮るものが何もない空間。自然界には有り得ない電子音はかなり遠くまで響いてしまうはず。

 ……違う、違うのっ。私はただの通行人っ……!

 そう思いつつ、画面確認。――メール着信、一件。開いた瞬間に飛び込んでくる文字。

 

『ボケ、そんなところに突っ立ってないで早く来い』

 

 差出人を確認するよりも早く、私は顔を上げていた。わさわさと茂る葉っぱのはるか向こう、ぴかぴかのバーベキューケトルの前でこちらを睨み付けている仁王立ちの男とばっちり目があってしまう。

 うっ、うわっ!

 ……駄目っ、それだけは勘弁してよ……! こそこそと逃げ腰のポーズでどうにか返信をしようとするけど、全然打てないっ、指が震えるよー! でもでもっ、何であんなに怒ってるの?

 だいたいさ、騙したのはそっちでしょう。私、何も悪いことしてないよ? いきなりの命令調は失礼だと思うんだけどっ。

 ……とか思っているうちに、2件目のメール。今度は音が鳴る前の「ピカピカ」の時点で、着信した。

 

『逃げられると思ってるのか? お前の恥ずかしい写真、そこらじゅうにばらまいてもいいんだな』

 

 ――は? ……何、それ……。

 恐る恐る、再び顔を上げたら。頭にSMAPの中居くんみたいにタオルを巻いた槇原樹が、にやにやしながらこっちを見ていた。



つづく☆(050911)

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