-------------------------------------------------------------------その5★ ・・・ ――おおっ、絶景……! こりゃ、想像以上だぞ。 レンズを覗いた途端に飛び込んでくる情景は臨場感たっぷり。次の瞬間、その画面ごとぐらっと揺れて、はハッと我に返った。
ああ良かった、もう少しでヤバイところだったぞ。 僕としたことが、何を今更こんなにうろたえてるんだ。どんなに気がたかぶったとしても、ここは平常心だ、平常心。冷静に構えなければ、せっかくの苦労も水の泡となってしまう。 何しろ、見てくれよ。今、手にしてるのは巷で話題沸騰のデジタル一眼レフ。しかもキヤノンの最新モデルだ。 売り出し間もないこともあって、まだ値引率は低い。ネットで検索しまくって、さらに某電気街で店頭価格も全てチェック。そこまで頑張っても、母親のパート代の数ヶ月分が最低ラインだった。とても庶民に手の出るブツじゃない。まあ、社会人ならボーナスと言うものが支給されるからそれをあてがえばどうにかなるかも知れないが、こっちはしがない苦学生。しかも駆け出しのぺーぺーだ。 ううう、思い出しただけでお買いあげの瞬間の感動が蘇る。このずしりとした確かな重み、とてもお手頃価格のデジカメでは味わえない優越感だ。コンパクトカメラは手頃ではあるが、被写体が遠くなるときつい。中学に入学したときに祖父から受け継いだ一眼レフは年代物で、これよりさらに重かったっけ。それでもあれは重宝したなあ……思えば長い付き合いだった。 さらに、さらにだ。今日のこのいでだちを見よっ! 身を隠すならミリタリー調と決まっているだろう。迷彩柄のシャツに、ライトブラウンのベストとパンツ。足には見つかったらすぐに逃げられるようにウォーキングシューズ。帽子には、すぐ側に生えていたひまわりの葉を数枚拝借して挿してみた。これぞ完璧な装いだろう。先ほどからすぐ側の道を地元の人間が何人も通っているが、誰も僕に気付いていない。
――小杉高虎(たかとら)・二十歳の夏。 ピカピカの新品レンズの向こうで繰り広げられる夢の世界に、今一度生唾を飲み込んだ。
ああ、夢にまで出てくるほど大好きなファミリーがこんな風に目と鼻の先に揃っているなんて。あまりにも素晴らしくて、レンズに光が入りすぎている気がする。駄目だなあ、一応説明書は徹夜で読んだつもりだったけど、今回はあまり凝りすぎない方がいいか。確か初心者用のお任せモードがあったはず、それにセットしておこう。 ううう、それにしてもいいのだろうか。こんな幸運に巡り会ってしまって……! それもこれも、我が愛しの妹の大出世のお陰。そのとんでもない快挙に、最初に情報が入ったときは頭が真っ白になって何も考えられなくなった。
思い起こせば、僕は「アイドル」という存在にかなり早い時期から尊敬の念を抱いていた。 もちろん、最初はTV画面に登場するヒーローや綺麗な女の子が中心だったが、ああいうのは所詮子供だましでしかないんだよな。 まあ、相手が生身の人間であるから変わっていくのは仕方ない。アニメだってリメイクされれば、整形手術したみたいに顔が変わったりするじゃないか。いくら旧作を惜しんだところで、制作者側の意向がねじ曲げられるはずもない。 そう言う愛好者たちの集団があることは知っていたし、少しの間足を突っ込みかけたこともある。だけど、彼らにとっては楽園であるあの世界も、僕には時間が止まってしまった異空間にしか思えなかった。どうしてもぬぐい去れない違和感に、いつしか足が遠のく。その後も自分の存在すべき場所を探し続けていた。 家族の団らんにも参加せず部屋に籠もりっぱなしの息子を、両親は「勉強の好きな真面目な子供」と勝手に認識していた。机に向かっていれば、それだけで誉められる。彼らが名前を挙げる高校は自分の成績ではまず受かりそうもないところだったが、その事実をどうしても認めようとしない。 部屋に置いてあったTVもゲーム機も全て没収されて、必要最低限の小遣いしかもらうことが出来ない。親のスネをかじっているんだから仕方ないと言われればそこまでだが、それでは高校生活にも支障をきたす。友達と付き合うにもそれなりの金がかかるのに、両親はそんな暇があったら勉強しろと言うのだ。結果、仲のいい友達も出来ずに、僕は暇をもてあますこととなったのである。
――しかし、やはり「神」は存在したのだ。 その日は珍しく休日の街中をぶらぶらしていた。首から提げた年代物の一眼レフ。「部員がこれ以上減ると廃部になってしまうんだ」と親しくもないクラスメイトに拝み倒されて幽霊部員で在席している写真部。幽霊とはいえ名前を置いてるからには文化祭では何らかの作品を出展しなくてはならないらしい。 テーマが「群衆」だと言われたので、人通りの多そうな場所を選んだ。出来たてのショッピングモールはいかにも若者に好まれそうなこぎれいな店が建ち並ぶ。行き交う人たちもみんな花のような色彩の服を着て、制服姿のままの僕はなんとなく落ち着かない気分だった。どうにか気を取り直そうと近くのショップでジュースを買い、花壇のフチに腰を下ろす。フーっと溜息をついたとき、辺りの空気が一瞬変わった気がした。 「ねえねえ、そうじゃない?」 「えー、嘘っ! ラッキーじゃん!」 高校生か……中学生。多分、僕と同年代の女の子たちが足早に目の前を通り過ぎる。一体何だろうと思って彼女たちの行く手を見ると、そこには遠巻きに何かを眺めているのであろう、小山のような人垣が出来ていた。シャッターを切ってる音もする。何となく近寄って、背伸びをしたその瞬間に、僕の胸が強く高鳴った。 ――何だ、あれは……! たくさんの視線の先にいたのはファミリーとおぼしき数名の男女。すらっと背の高い男性の隣にほっそりした女性が並んで歩いていて、あれが夫婦だろうか。そして、そのふたりを囲むようにふたりの女の子と男の子がひとり。と言っても一番幼く見える弟くんでも、小学校の高学年か中学生って感じだ。 そう、いわゆるひと組の「家族」。そのはずだけど……何だか変だ。どうしてこんなにギャラリーがたむろっているんだろうか、もしかしたらこの辺に住む芸能人の一家なのか……!? 僕はその頃、TVのない生活をしていたため、そっちの方面にもかなり疎かった。よくよく見えれば、どれもかなりの上玉。うんうん、その線はかなり当たってるかも。 周囲のシャッターの音に励まされるように、気付けば僕もカメラをしっかり構えていた。そんな状況にありながら、彼らは全く動じていない。たくさんの人の目も向けられたレンズにも全く気付いていないみたいにくつろいでいる。 「今日は、梨花ちゃんの誕生日なんですって」 「へえー、だからみんなでランチに来たのね?」 一番後ろを歩く黒髪ストレートの女の子、その子がいかにも「それっぽい」紙包みを抱えている。白いカチューシャが日差しに反射してキラキラ眩しい。 その一団が通り過ぎて人垣がなくなった後も、僕はその場所からしばらく動くことが出来なかった。 何だろう、この気持ち。しばらく味わったことのないような満ち足りた幸せな心地は。身体の中の細胞がみるみるうちに活性化して、気持ちが高揚していく。ああ、これは。昔、初めて憧れたヒーローを初めてTVで見たときと同じときめきだ。 そう、その時。僕は生まれ変わったのだ。それまでの無気力な自分とは永遠に別離して、新しい目標に向かって走り出すために。希望を全て詰め込んだカメラをしっかりと抱えながら、持ちきれないほどの感動に浸っていた。
「――あれ、これ槇原ファミリーじゃないか」 翌日。フィルムの現像をしに写真部の部室を訪れた僕は、昨日の「彼ら」の正体をあっという間に解明することが出来た。 「すごいなあ、よく撮れてるね。引き延ばしてポスターにしてもいいくらいの出来だよ。小杉くんってなかなかやるじゃん」 数回しか話をしたことのない部員にそんな風に誉められて、恥ずかしくて仕方なかった。だけど、これを逃す手はない。彼らのことをもっともっと知りたいとは願っていたが、その手段を思いつかなかったんだ。こんな近くに情報源があるんなら、それを利用しない手はない。 「槇原……、知ってるのかい? この人たちって、もしかして有名人? 何かTVにでも出てたりする……?」 ちょっと質問が多すぎたかと、言い終えた後で後悔した。でも相手はあまり気にしてもいない様子。ニコニコしながら教えてくれる。 「えー、小杉くんは知らないんだ。槇原ファミリーってね、この辺ではちょっとした有名人なんだよ? 別に芸能人とかじゃないんだけど、ご近所のアイドルっていうのかな。ファンもたくさんいるよ、ファンクラブとかもあったりしてね。……実はボクの兄貴が、こっちの菜花ちゃんの私設ファンクラブに入ってるんだよ。ウチの高校にも結構隠れファンがいると思うよなー」 思わぬ情報を入手した僕は、放課後のパソコン室で検索をかけてみた。 すごい、出るわ出るわ。何だ、この数は。あまりのことに目眩を起こしそうになりながらも、改めてこの現状に感謝する。そうか、あんな風に見るだけで幸せになれる人たちがいて、それを見守る人たちがいる。自分と同じように彼らに憧れを持っている同志がたくさんいるんだ……! 本当に夢のようだった。すぐにそのファンクラブのどれかに入会しようと、またまた調べてみる。でも、どれもファミリーのうちのひとりをターゲットにしていて、しかもものすごくコアな感じだ。いくら探しても自分にぴったりの場所が見つからない。家族フルセットで遠くから見守ってみたいのに……! ――そうか、ないなら作ろう。簡単なことじゃないか。 その後の僕の頑張りは半端じゃなかった。定期テストで上位に入れたらパソコンを買ってもらうという約束を取り付け、寝る間も惜しんで勉強する。錆び付いた頭では教科書の内容もちんぷんかんぷんだったが、そんなことは言っていられない。くじけそうになったときは自分で撮ったファミリーの写真数枚を眺める。そうすると、みるみるうちに勇気がみなぎってくるのだ。 その後の僕の活躍は、もうここで改めて報告するまでもないだろう。パソコンのサイトに続いて、一年後には携帯サイトもオープン。フレンドリーで親しみやすいコンセプトが受けて、今ではこの界隈では他に追随を許さない人気サイトになっている。
そして、さらに。 新しい転機が訪れたのが、今年のGW明けのこと。僕の思いつきから「西の杜学園」の高等部に入学することの出来た妹の薫子が、何とファミリーの末っ子長男・槇原樹くんの100人目の彼女になったのだ。 慌てて戻った自宅では、やはり自分の置かれた立ち場に戸惑う可哀想な妹がいたが、とにかく必死で励ました。この幸運を逃してなるものか、こうなったら藁にでもすがる思いで食いついてくれ。そうだ、お前は今日からハイエナになるのだ。分かったな、頼むぞ……! それでも、やはり不安は不安だ。今までの樹くんの歴代の彼女と言えば、ハッと目を引くアイドル級の美少女ばかり。十人並みの容姿でコレと言った特技のない妹が、彼に飽きられることなく付き合い続けることが果たして出来るのだろうか。 樹くんの女性遍歴はものすごいものがあった。まあ、あの容姿であの頭脳であの性格だったら当然のこととは言える。自分から働きかけなくたって、どんどん女子が引き寄せられるはずだ。そういう風に異性を引きつける魅力があることは他のファミリーも同じ。だが、彼だけが違っていたのは、ひとつのところに決して留まらないという点だった。 槇原ファミリーの筆頭・槇原透氏が奥さんである千夏さんをどれほど愛しているかは、今更語るまでもない。実の子供たちでも当てられてしまうくらいの熱々ぶり。人目を憚ることもなくしかも爽やかに続くラブラブシーンに忘れかけていた自分の中のトキメキを思い出す人も多いと聞いている。 なのに、樹くんと来たら。誰もが憧れるような上玉を手に入れておきながら、すぐに次の子に乗り換えてしまう。後腐れのなさも魅力のひとつだとは思うが、あれでは本人も辛いんじゃないかなと余計な心配までしてしまいそうだ。きっと彼は「最高の女性」を追い求めているんだろう、それは分かる。何しろ、あれだけの女性陣と暮らしているんだ、理想が高くなっても当然だ。 ――そこに現れた100人目の彼女である我が妹。 薫子が全ての鍵を握っているとは到底思えない、近い将来に妹も歴代の彼女たちと同じように彼に捨てられてしまうに違いない。自分の妹だから、特別に幸せになって欲しいとは思うが、そこまで望むのはさすがに虫が良すぎるだろう。
おおおっ、したたる汗を拭いもせず……! 隣に並んだお父さんの透氏にも勝るとも劣らずの魅力的な姿だ。もうもうと立ち上る煙は……ちょっと火力が強すぎじゃないか? 大丈夫か、後ろの方で菜花ちゃんの婚約者・杉島岩男さんがはらはらしながら覗いているぞ。 少しカメラの位置を変える。次に見えてきたのは広々としたガーデンに置かれたテーブルと椅子。そこで今回の会食が行われるんだろう。冷や汗を流しつつ俯いているのが我が妹。ちらちらと煙の方向に目をやりつつ、所在なさげにテーブルの下で握り拳を作ってる。相手をしているのは優しげな表情の千夏さん。ああ、相変わらずお美しい……! 実は、僕のイチオシは千夏さんだったりする。やはり永遠の憧れだと思うんだよな、ああいう女性は。いくつになっても可愛らしくて若々しくて。あれだけ魅力的でさまざまな誘惑も多いであろう透氏のハートをがっちりと掴んで離さないのはすごすぎる。この溢れる愛が伝わるんだろう、僕が撮る写真の中でも千夏さんのものが一番評判がいいんだ。 ――あ、もちろん今日は「マキハラ商会」の管理人としてではない、プライベートなこととしてここにいる。「おさわり厳禁」が我が会のモットー。だから、街角の写真はオッケーでも、こんな風に自宅でくつろいでいるときのシーンは公開することは出来ない。抜け駆けしてしまって申し訳ない限りだが、会員にも今日のことは秘密だ。 だが、僕は薫子の兄だ。妹の行く末が心配でたまらない。万が一、この先も樹くんと上手く行って、あわよくばファミリーの一員に加わる……という日が来れば、その時は兄である僕も「花嫁の家族」としてファミリーと対面することが出来るのだ。千夏さんと直接お話をさせて頂く……あああ、考えただけで動悸肩こり目眩が。たったひとりの妹にそこまでの重責を課すのは心苦しいが、致し方ない。 妹のことにそれなりに好意を持ってくれて、さらに僕の立場も分かってくれる――そんな人間が果たして存在するのだろうか。ああ、会いたい。もしもそんな偉大な人がこの世に存在するならば、草の根を分けてでも探し出すのに。
お、今度は菜花ちゃんもやってきたぞ。飲み物を手に、薫子に何か話しかけてる。ああ、馬鹿だなあいつ。そんな風にしどろもどろになるなよ。ちゃんとお返事しろな。第一印象って、大切なんだぞー! 優しい菜花ちゃんは、薫子の素っ気なさにも全く動じてない様子。隣の席に座って、色々話しかけてくれてる。時々千夏さんも言葉を挟んだりして……ああ、いい光景だなあ……。 ――とと。透氏が何か言ってるぞ。それを横目で見ながら、樹くんがお皿を出してくる。ふたりはほとんど同時にテーブルに自分の焼き上げたものをどんと置いた。そしてまた、ほとんど同時に薫子に話しかけている。うわあ、我が妹よ! 泡食ってる場合じゃないだろっ……しっかりしろ! そこに見るに見かねた梨花さんと杉島さん、上條先輩もやって来た。なかなかいいショット、よし一枚――。
「ご精が出ますね〜、でもちょっとヤバイ格好ですよ? そんなことしてると、不審者で職務質問されちゃいますから」 ……え……? 突然、背後から話しかけられた。つんつんした、若い女性の声。ぎょっとして振り向いた。なっ、何事……! そこに立っていたのは、赤と白のしましまのピザ屋の服を着た女の子だった。勝ち気そうな目をして、髪は後ろでまとめてあるみたいだ。ミニスカートから伸びた足が長いこと、長いこと……! 「えっ……ええとっ……! そのっ……、これはっ……!」 まさか、気付かれるなんて。僕の変装は周囲の風景に溶け込んでしまうほどに完璧だったのに、それを見破るとはこやつ何者っ……! 「んもうねえ……、面白いからもうちょっと眺めていようと思ってたんだけど、そろそろやばそうだから。さっきからこの辺を通る人たちがちらちらと不審の目を向けていたの気付きませんでした? そろそろ巡回パトロールのお巡りさんがこの辺を通りますよ? 撤収準備した方がいいと思いますけど」 ぺろんと赤い舌を出して、くすくす笑いの彼女は手にチラシをいっぱい抱えてる。ああ、そうか。配達の途中と言うわけではなく、あのチラシをポスティングしてるんだな? 時間に余裕があるから暇そうにしてるんだ。 「でも、すごい根性だわ。良く気付きましたね、今日のバーベキューのこと。この情報を掴んだのは私だけかと思ったんだけどな……。ね、『すぎっち』さんv」 ――は……? 一応、助言通りに立ち上がった僕は、彼女の思わぬ言葉にさらにぎょぎょっとしていた。だらだらと脂汗が額を伝っていく。でもそれを拭う気力すら今はないんだ。 だっ、誰だっ、コイツ誰なんだ……! 知らないぞ、会ったことないぞっ、なのにどうして僕のハンドルを……!? 「――あっ! 大変っ! どうしましょう、薫子ってば泡吹いて倒れちゃってる……! きゃああっ、どっちが抱きかかえるかで透さんと樹くんが張り合ってるわっ。素敵素敵っ、ほら、早くシャッターを押して!!」 力一杯向き直らせられて、ばしばしとシャッターを切る。ああ、こんな場合じゃないぞ、薫子は一体どうしたんだっ! とうとうファミリーの魅力に圧倒されてぶっちんきたのかっ、ああ、情けないぞ、お兄ちゃんは情けないぞ……! その場に残ったのは梨花ちゃんと上條先輩、そして杉島さんの3人。網の上に乗ったままの肉を皿に移したり、散らかったテーブルの上を拭いたりしている。
「あー、残念っ。もう終わりかー、じゃあ私も撤収しようかな? どうします、『すぎっち』さんも戻りませんか?」 振り向くと、さっきの女の子がまだそこにいて笑っていた。 はっ、そうだったっけ。この子のことを確認してなかった。僕はオフ会で一緒になった人以外には顔が割れてないはず。この子は今までに会ったことないし、となれば……どうして? びくびくしながら、彼女の横顔をちらっと確認した。やっぱ、見たことない顔だ、全然知らない女の子。なのに……どうして彼女は僕を知ってるんだ。昔からの知り合いみたいに。 「もうねー、薫子がいきなり部活を休むって言うから。絶対にコレは何かあると思ったのよね。前日は樹くんが講習を休んでるし、そのこととも関連あるはずだって。で、来てみたら案の定。でもまさか、『すぎっち』さんにお目にかかれるとは思わなかった。ふふっ、嬉しいかも〜!」 「……ええと……」 だから、あなたは誰ですか。全然分からないんだけど……! よくよく見れば、かなり可愛い子だ。頭の良さそうな感じだし……何か薫子のことも呼び捨てにしてたりして知ってる感じで。でも……? 「ああ、――申し遅れました! 私、『Oga』ですっ! いつもサイトでお世話になってます。私、『すぎっち』さんのファンなんですよ〜!」 ――え? 返事をしたつもりが、言葉にならなかった。『Oga』……さん? ええと、ウチのサイトのBBSの常連の……色々情報を書き込んでくれる……? 「えっ!? ……まさかっ、女性だったんですかっ……!?」 やっと、声が出た。だって、驚くじゃないか。『Oga』っていうハンドルの人は絶対に男だと確信していた。冷静な文章の書き方、無駄のないずばっとした受け答え。数少ない「西の杜」内部のメンバーだと重宝していた。それが……まさかっ!? 「えー、そんなに驚くことないじゃないですか! 私がサイトに薫子のことの第一報を流してあげたんでしょ? もう、感謝してくれなきゃ困ります〜! お茶くらい、おごってもらおうかな。ううん、リッチなディナーがいいかな? 嬉しいなあ、こうして『すぎっち』さんにお会い出来るなんて、夢みたい。 ……うわっ、うわわわわっ……! いつの間にか、ピザ屋の格好をした綺麗な彼女と腕を組んでる僕がいる。何かすごく不釣り合い、すれ違う人たちがみんな注目してるぞ。……ひいっ、ひいいいっ! 僕は注目されるのは嫌いだっ、恥ずかしいじゃないかっ、どうしたらいいんだ〜!
「……あ、これもう取っちゃっていいですよね? かなり目立ってるみたいだから」 余裕の微笑みの彼女はこちらに振り向くと、長い指を伸ばして僕の帽子に挿したままになっていたひまわりの葉をつまみ上げた。
とりあえず、おしまい♪(050928) |
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