天災は、忘れた頃にやってくる。 そうは言うけど…今朝の出来事はまさにその通りだった。
「もしもし、花菜美ちゃん…? あのね、今、駅」 「…ふが?」 「…ひょ、ひょっと…まっふぇ…」 「…で、駅って? ママの話は要領得ないから、困るんだよね」 「ううんと…花菜美ちゃんのアパートの近くの駅。今着いたの…」 「…は?」 「でね…ここ、たくさん同じような建物があって…ママ、花菜美ちゃんのアパートが分からなくなっちゃったの。ちょっと出てきてくれる?」 ええ〜っ!? 待ってよ、今日は久々にこうちゃんとの日中デートなんだよっ! 半月ぶりなんだから。 ふと左側の窓から私に降り注いだ朝の日差しが照らし出すものを見た。…私の左手の、こうちゃんがくれた指輪。あれきり、また1ヶ月半が経過して。年末とお正月を越えて。私とこうちゃんの間には何の進展もない。それどころか年末はこうちゃんの仕事がらみのスキー、そして入れ違いで私は帰省しちゃって。何と半月近く離ればなれになっちゃったんだ。 曲がりなりともダイヤモンドの入った指輪を渡してくれたのだ、これはエンゲージリングだよね? そもそも婚約指輪は結納で交わすものかも知れないが、恋愛の場合はそんなこともないだろう。女の子がバレンタインにすべてを賭けるように、男だって1つの指輪に託すものがあるんじゃないだろうか。
将来を誓い合った恋人たち、次にやってくるのは…双方の家族への紹介と承諾。ドラマで何回も見てきた。 お正月に…実家に一緒に行こう、と、どうして言ってくれなかったんだろう。 指輪だけして戻って、家で騒動になるのも嫌だったし。
お正月が終わって、ご飯を一度食べたきり…こうちゃんには会えずにいる。 「…じゃ、駅前の喫茶店、あるでしょう? そこで待っていて。支度して…30分はかからないと思うの。人を連れて行くけど…大丈夫だよね?」 「それで…花菜美ちゃん。こっちも実は…」 「花菜美ィ〜〜〜〜!!」 もう少しで。 受話器を落っことすかと思った…。 ゆっくりとつばを飲み込んだ私は…かろうじて体制を立て直し、声を絞り出した。 「…ゴンちゃん…!?」
「…どうしたの? 改札出てくれって…何かあった?」 「…うん…」 「仕事場で何かトラブった? それだったら、一緒に行こうか?」 言葉少なに俯いた私にこうちゃんは全く別の想像をしていた。…その時。 「花菜美〜〜〜!!」 「…あれ、もしかしてみどりさん? どうして彼女がここにいるの?」 みどりちゃんはそんなこうちゃんにお構いなしにタクシーを降りると、カツカツとヒールを鳴らしてやってきた。ふわふわのリアルファーが長い首を綺麗に包み込むカシミアのコート、Aラインの定番の形だけど太めの共布ベルトでウエストをきゅっとマークしているところが今年っぽい。 「もう、花菜美ってばあ〜いきなりでびっくりよ〜慌てて支度して飛んできたわ!」 「こんなで、いいかしら?」 「…大泉さん、ご無沙汰してます」 「は、はあ…どうも」 「あ…あの、今日は…一体どういう…」
「花菜美〜〜〜〜!! 会いたかったぞ!!」 「きゃああっ!」 がばっ。 振り向きざまにいきなり抱きつかれた。 身動き取れずにバタバタしていると、ぱっと腕が解かれる。 「…これはこれは…みどりちゃんじゃないですか! いつもうちの花菜美がお世話になってます! 相変わらずのべっぴんさんですな〜目の保養になりますわいっ!」 「どうも〜」 ボーっと感心していると、背後から声が降ってきた。 「…あの…水橋。俺、良く状況が分からないんだけど…お父さん?」 「ううん」 覚悟を決めた。 「…パパは…あっち。これは…おじいちゃん」 「え? …嘘」
「…ごめんね、花菜美ちゃん」 「パパとママ、今朝の4時半に叩き起こされたの…ゴンちゃんがいきなり…花菜美ちゃんに会いに行くんだって聞かないから…」 「それは…」 思わず、息を飲む。 「あ、あのっ!」 「…お父さん、お母さん…初めまして、大泉です」 きゃ、営業用の格好良さだ! 思わず後光が差しているかと思っちゃった。 「まああああ…」 「ねえ、パパ。この方が…」 でも。 次の瞬間…お互いに顔を見合わせた2人の表情がふっと曇った。 そしてどうしたことか…ママは110度に腰を折って、叫んだ。 「ごめんね!! …花菜美ちゃん、大泉さん…実は」 しかし、ママが何か話し出す前に、また「彼」の「絶叫」が辺りに響き渡る。 「うおおお、楽しいのう〜みどりちゃんとデートしていると心が躍り出すようじゃ…みんな、このことは豊子さんには内緒だぞ!」 豊子さん、というのは…言うまでもなく、ゴンちゃんの奥さんで、パパのお母さんで、私のおばあちゃんだ。きっと今日は留守番なんだろう。 「…お、そうそう。茜ちゃん…今、何時じゃ?」 いつの間にかゴンちゃんはみどりちゃんとしっかり腕を組んでる。 「…ええと、11時半になりますが…」 「おおっ!! …それは、いかんいかん…」 ゴンちゃんは頭をがしがしかいた。生え際がちょっと白い。ゴンちゃんは禿げなかった代わりに白髪なのだ、でも2週間に一度染めているので、黒黒している。 よくパパと兄弟に間違えられるし、ママはゴンちゃんの奥さんにされてしまう。 背筋をピンとのばして、入れ歯のひとつもない歯医者知らず。はっきりした物言いは現役で田舎の農協の組合長だ。しかも県の組合長会長もやっている。そのほかにもトヨペットの会の県会長やら、地元ロータリークラブの委員までやっている。 「花菜美ちゃん、行くぞ…駅前ビルの展望レストランだ!」 ぐいっと、腕を引っ張られる。パパとママはおろおろしている。 「あ、あの…レストランって…」 「私が…花菜美ちゃんにぴったりの素晴らしい結婚相手を見つけてやったぞ! 先方はもうお待ちじゃ、早く行こう!!」 …え? 結婚相手…!? 驚きのあまりパパとママの方を見ると2人はやっぱりおろおろしている。 「ちょっとォ〜ゴンちゃん…ただ、花菜美の顔を見に来たんじゃなかったの?」 私だって、寝耳に水だ。 「…何を、みんなで驚いているんだい?」 「豊子さんが…花菜美ちゃんがこのままだとクリスマス・ケエキとやらになって、大変なことになると言うから…私が一肌脱いだんじゃ。…照れる歳でもないじゃろ? いい男だぞ〜」 …ちょっとお…あの… 「待ってください!!」 その声に、ゴンちゃんの話が一瞬、止まる。 「あのっ、…水橋、困ってるじゃないですか? どういうことなんです? 本人の承諾無く、勝手に話を進めて…」 声の主は、…こうちゃん。 180cm・85kgの山のような姿を目前して、その時、ゴンちゃんはようやくこうちゃんの存在に気付いたらしい。 「…ところで、あんたは、どなた…ですかな?」
つづく(011103)
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